第5話 トビコエル

「百円ある?」

 唐突に切り出す武藤さん。俺は尻のポケットから財布を取り出して小銭を探る。百円玉は何枚かあった。

「一枚でいいのか?」

 なんとなく嫌な予感にさいなまれつつも、百円を武藤さんに差し出す。

「ううん、あたしがやったんじゃ信用されないだろうから……ヒャッキンが持って」

 あいかわらず、ヒャッキン呼ばわりするのはまあいいとして……。

「それをどっちかの手で握ってください」

 沸き起こる違和感をぬぐえないまま、それを言いだせないまま俺は従った。右手で百円を握り込む。

 すると武藤さんは、

「反対の手も同じように握って出して」

 言われるままに俺は左手も突き出した。二つのグーを武藤さんに向けている状態。結構滑稽だ。というかこんなかんじのマジック……テレビで見たことがあるような。

「じゃあいきます!」

 という武藤さんの掛け声とも宣言ともつかない中途半端な声。軽く目を閉じる武藤さん。

「左手開けてみて」

 えっ? 終わり? あっけない。恐ろしいほどあっけない。念じるとか気合を入れるとかそんな大層なパフォーマンスは一切なしにだ。俺は恐る恐る左手を開けると……、そこには百円玉が握られていた。右手も開くと当然のように百円玉が消えていた。

「ねっ」

 と、俺へ向けて満面の笑みを浮かべる武藤さんだが。

 確かにすごい。すごいっちゃすごいよ。これだけで飯が食えるかも。でも俺の見たかったのはこんなパフォーマンスじゃないんだよ。武藤さん自身がテレポートだかテレポーテーションだかするところが見たかったんだよ。自然に俺の顔に不満が浮かぶ。それを見て取った武藤さんは、

「だめ……?」

 と聞いてくる。そりゃあね。こんな手品もどきじゃね。信用おけないね。さっきのいいぶりだったら武藤さんがテレポーテーションできるって感じだったじゃん。てな文句をぶつけると、

「やっぱり……」

 神妙な顔つきで俯いて考えこんだ。

 で、だ。で、だよ。そこはお互い歩み寄り。俺は派手な超能力が見たい。もちろん武藤さんのできる範囲で……だけど。そしたら信じるし、なにやらどうやら初期の目的を見失い、ただただ俺は武藤さんが凄いことをするのを見たいってだけのただのオーディエンスになってしまっているような……いないような。

 そして打ち合わせが始まる。武藤さんいわく。百円玉のような物質もそうだけど自分自身のテレポートも人に見られているとできないらしい。理由はわからん。が、そこは信じるしかないだろう。そしてその跳躍距離は数十メートルの範囲。それはいい。それだけできたら大したもんだ。移動先は武藤さん自身が見たことのある、そして行ったことのある場所に限られる。とかなんとかいろいろと。その他もろもろの制約事項が明らかになり、折衷案として武藤さんが切り出したのは、

「窓とかが無くって、一か所だけからしか出入りできない部屋ってある?」

 無くはない。偶然だが、我が家には一部屋だけそういった部屋がある。ドアが一つあるだけの窓もない特別な部屋が。もちろん隠し扉や隠し通路もない。その情報を伝える前に、

「無ければ、二階とかの部屋でもいいんだけど。そしたら窓から出入りはできないから……」

 なんて言いだしたが、俺は、迷わず、いや、多少の迷いを生じさせつつも、忌まわしい思い出しかない、とある一部屋へ武藤さんを案内した。俺の家のど真ん中。一階の中央にある部屋だ。通称『研究室』。またの名を『実験室』。

「ここは?」

 と、その部屋の作りの異様さに戸惑いつつ尋ねる武藤さん。

「詳しいことは今は言えないけど、親父がわざわざ作らせた部屋だ。見ての通りドアはこれだけ。窓もないし、壁も外には接してない」

 まあ、言葉を濁したが、部屋に置かれているアイテムを見れば、ここが何の部屋なのかなんとなく察しはつくだろう。壁を埋め尽くす本棚には超能力関係の書籍がずらり。幸い、ESPカード、ゼナー・カードなどと呼ばれるいわゆる透視実験に使われる『○』やら『+』やら『□』やら『☆』やらの模様が書かれたカードは、使わなくなって久しいので引き出しにしまわれている。

 要は親父が俺の超能力を研究、開発するために作った部屋。だけど今はそんなことは言えない。

 そんな俺の考えを推し量ってか、武藤さんは気にせずに、

「じゃあここで」

 と、テレポーテーションへ向けて段取りを組み始めた。

 要は、一度見て入ってしまえばその場所へのテレポートはできるようになるらしい。んで、部屋に入る。うろうろと部屋の中を歩き終えたら、

「うん、もう大丈夫」

 と、納得したご様子。実験開始だ。俺の超能力を研究していた部屋。武藤さんの能力を推し量るにはおあつらえ向きといえばそうだろう。

 俺は部屋には入らず、ドアを見張ることになるらしい。一枚しかないドアだ。俺の視界に入らずにこの部屋に入室することは不可能だ。

 で、武藤さんは別の場所。さっきまで居たリビングへと移動する。そこが起点。終点はさっき確認した超能力部屋。簡単な帰結。リビングから俺の目の前の部屋の中へ。瞬間移動。できるのか? できたとしたら驚きだが……。

「いくよ~」

 と、リビングのほうから武藤さんの声が聞こえる。

 次の瞬間……。

 コンコンとノックの音がした。俺の目の前のドアから。出入り口がたったひとつでその出入り口さえ俺の監視によって入室を防がれているはずの。ついさっきまで誰もいなかったはずのその部屋の中から。

「ね、できたでしょ?」

 今度は部屋の中から武藤さんの声が聞こえてくる。明らかな肉声。

 まさか! ほんとにテレポートしたのか?

 疑うわけではないが、その驚異的な現象をもっと確実にしたくなった。今の段階でも十分すごいが、このドアを開けて武藤さんの姿がほんとにあったのなら。

 それはもう信じないわけにはいかない。反射的にドアに手をかける。そのまま開ける。が、開かない。何故? このドアには鍵はない。

「だめ、開けないで!」

 と中から武藤さんの声がする。

 かまうものか! 俺は見たいんだ。衝撃の事実を。この目で。力を込める。

 所詮はか弱い少女の力。俺は男だ。男対少女。いや厳密には少年対少女。少年隊ともばってん少女隊とも関係ないがいわゆるそういうことだ。武藤さんの腕力小なり俺の腕力。記号で表すと『<』ってことだ。

 俺の力に抗しきれなくなってドアは開き始める。

「きゃ~、開けないで~!」

 悲鳴とともに武藤さんの最後の抵抗。若干ドアの開きが鈍くなったが、少し開いてしまえばこっちのもんだ。俺はできた隙間に体を滑り込ませてそれ以上ドアを閉まらないように、そして全身を使ってドアを開きにかかる。

 で、室内を見れるようになった俺の目に飛び込んできたのは。

 全裸でうずくまるか弱き少女。

 生まれたまんま。

 一切の衣類を纏わない……。

 成長段階とはいえ、いいお年頃の女の子。

 恥じらうには十分の体つき。

 俺には刺激強すぎ。

「開けないでって言ったのにぃ~。ばかぁ~~。もうぅ~~~~。え~~~~んっ」

 裸で泣きじゃくる武藤さんの姿……があった。

 なんだこれ?

 一応……、武藤さんも馬鹿じゃないので頑張って丸まって肝心な……大事なところは見えないように隠してたってことだけは申し添えておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る