第4話 ウチアケル

「ファイアストッパーなんて言葉どこで知ったんだ?」

 武藤さんのペースで会話を進めてもよかったのだけど、なんとなく……というか、話づらそうな雰囲気で「えっとぉ」だの「あのね……」なんてのを繰り返す武藤さんを見ていて進展が無さそうだったので俺から思い切って切り出した。待っていても一向に本題に入らないそんな序盤の攻防。攻撃権は俺が頂戴した。

「学校に出した……調査票……」

 と、白状してくれる武藤さん。

 そういえば、そんなのがあったような……。自宅の地図やら通学経路やら、アレルギーの有無やら……。高校に入ってもこんなのいるのかよ? ってな感じで書類自体は見た記憶がある。提出は入学前だったからまだ親父が日本に居る時だ。俺が書いた覚えはない……ってことは親父が書いたってことか?

「何が書いてた?」

「えっと、名前とか家族構成とかは普通に。でね、特記事項みたいなところにね……」

 そこで武藤さんは言葉を切った。俺は待つ。しかし、武藤さんからの続きはない。仕方なく、

「俺が……超能力者だって書いてあった?」

「直接じゃないけど……」

「どんなふうに書いてあったんだよ?」

 いかん……。若干語尾が鋭くなってしまった。これは武藤さんに対する怒りじゃなくって親父に向けた憎悪が発端だから誤解しないでね。

「そこに……ふぁいあすとっぱあって……それだけ……」

 なんてことをしてくれたんだ! くそ親父。まあ、それだけでよく超能力に結び付けられたな。

「なんとなく……それは直感で……、ふぁいあすたーたあだって有名な超能力者だから……その……消す方の人もいてもいいのかなっって」

 それはそうと、そんな個人情報どうやって閲覧したんだ? と俺は武藤さんに尋ねる。話は横道に逸れるがこれくらいはいいだろう。

「えっ? ああ、夜にね学校に忍び込んでみたの……」

 あっさり暴露してくれる武藤さん。いやいや……それって犯罪ですから。

「盗んだり壊したりしないよ。ただなんとなく、見といたほうがいいような気がして、つい」

 出来心って奴ですか。しかも確信犯。動機はなんとなく。なんだそれ。

「で、俺のその記述を見つけたわけだ」

 なんてことを。余計な置き土産を残してくれた親父。近くにいたらぶん殴ってやるところだ。

 で、武藤さんはそんな俺の怒りの表情に気づかずに、

「うん!」

 と、何故だか非常に喜ばしそう。表情が一気に明るくなる。

「だから……嬉しくなっちゃって……つい……」

 と、こんどは沈む武藤さん。浮き沈み、感情の変化が細かいね。小刻みに上下するね。

 それと、ふと思いついた疑問。

「なあ? 今日、最後のHRまでは一緒だったよな? 教室にいたよな? 確か」

「えっ? そりゃあそうだけど?」

「なんで俺より早くここに着いたんだ? 俺だって寄り道せずに自転車で帰ってきたんだけど? それに家の場所がどうしてわかった?」

「おうちは調査票に書いてあったから……コピーしといたから」

 おぃおぃ。思わず小文字で呟いてしまった。コピーまで取ったのかよ。で、俺より先に着いた件は?

「走ってきただけ……」

「えっ? ここまで走ってきたの? 自転車より早く? まじで? タクシーとかそんなオチじゃなくって?」

「うん。走るの得意だから!」

 なんか、嬉しそうな武藤さん。自慢げに語る。

「なんだよ……てっきりテレポートでもしたんだと……」

「長距離は無理だから……」

 !!!! できるの? テレポート? マジで? ウソ!

「短い距離ならできるよ。ちょっとだけ。数十メートルくらいかなぁ」

 いやいや、いやいや。短かろうが長かろうができることが驚愕だ。俺の能力なんて比べ物にならない。

 それが事実なら、鍵を開けたりする能力にテレポート。

「他には?」

「なに?」

「いや、他にもいろいろできるのか? 透視とか、物を動かしたり」

「透視はできないけど、小さなものなら動かせるよ。あとはぁ」

 結局細かく聞いてしまった。その話を要約すると。

 武藤さんができるのは、いわゆるPK。サイコキネシス系の能力に分類されること。ESP、つまりは超感覚系、透視やテレパシー、未来予知なんて能力は兼ね備えていないらしい。

 そういう意味では現実にはエスパーって表現は適切ではない? まあ、そんな細かいことを気にする奴らはいないのかもね。おおざっぱに言えばエスパーなんだろう。

 武藤さんいわく、短距離のテレポート、それから物体の移動、いわゆる念力だ。それになんか特殊なフィールドを形成するなんてこともできるらしい。小規模ながら。絵的にはバリアーみたいなものなのかもしれない。で、一番得意なのが鍵の施錠、開錠。なんか偏ってるなぁ……。

「ヒャッキンは? ふぁいあすとっぱあ! だけ? 他には?」

 今度は武藤さんからの質問タイムが始まるようだ。まあ聞くだけ聞いておいて自分は答えないなんてことは相場が許さないだっけ? 問屋が卸さないだっけ? とにかく経済的によろしくない。

 だけどいきなりは無理。確かに武藤さんが鍵の開け閉めをしたのは見た。本来なら一生徒が見れるはずもない書類を見たのも信じよう。

 しかし……だ。それが本当に超能力を使ってのものなのか。その確信までは得られていない。なんらかのトリックが使われている可能性もなきにしもあらずんば虎児を得ずだ。意味違う。

 とにかく虎穴に入る前に……石橋を叩く……べし。

「それに、そのことを話す前に確認したい。武藤さんが本当に超能力者なのかどうなのか?」

「えっ? だって一回やったでしょ?」

「ああ、鍵のやつか。あれくらいならなんかの仕掛けがあったともとれる」

「じゃあ、どこかこの家の鍵を開けたり閉めたりする?」

 いや、それだって武藤さんが超能力ではなく……単にピッキング……つまりは鍵開けの技術に長けているだけなのかもしれない。鍵屋の娘かなんかで。

 さらに言えばそんな技能があるのなら、この家の鍵を開け、無断で侵入し仕掛けを施している可能性は否定できない。うがち過ぎと言えばそうだけど。

 といったことをオブラートに包んで説明すると、

「じゃあ念力で、何かを動かすのは?」

「う~ん」

 と考え込んでしまう俺。

「あんまり重いものとか、大きいものは無理だしちょっとしか動かせないけど」

 との武藤さんからの補足も入る。

 なんか違うんだよね。証明には十分なのかも知れないが、インパクトに欠ける。トリックが使える余地もある。

 それに折角の機会。大技を期待してしまっている俺がいる。

 俺のファイアストッパの力なんて非常に地味で使い道もないし、使いどころも難しい。超能力者であるが故のコンプレックスに、その能力自体のしょぼさがさらに劣等感を上乗せしている。

 単に余興レベル。このあとその技を披露することになったとて武藤さんからの感動は得られないだろう。

 そこで、自分勝手な思いと、折角のイベントを盛り上げるために。

「テレポートが見たい」

 と素直に吐露する。

「テレ……ポート……?」

「できるんだろ? 短距離なら。この家の中で移動する分には誰にもばれないし。それが見れたら信じるよ。武藤さんの話も、その能力も」

「…………」

「そしたら。今度は俺の番だ。その時にはちゃんと武藤さんの質問に答える。真剣に」

 と交渉。悪い話ではないはずだ。非常に疲れるとか、テレポートは一日一回とか、短距離しか無理とか、昔のアニメのエスパー少女みたいに危機に陥らないと無理なんて条件があったとしても。

 いっそのこと後日改めてだっていい。

 俺の前でありえないレベルの超能力を見せて、ひれ伏せさせてください。そしたら、ちょっとはなんか前向きに武藤さんとのお話が進むかもしれない。

「わかった……」

 武藤さん、決意の表情。

「OKってこと?」

「うん。テレポーテーション……する……。だけど……ちょっと条件があるんだけど……」

 ということで、実際の段取りが進んでいく。なんだかんだで、ちょっとずつ深みにはまっていく感覚は否めないが……。見たいんだから仕方ない。

 俺のようなちっぽけな能力ではない、本物の、超絶な超能力。期待に胸が膨らみつつ、あとあと後悔してしまわないかという不安。

 いろいろないまぜになりつつも淡々と物語は進んでいく。武藤さんを中心に。俺を巻き込みつつ……。

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