第3話 マネキイレル
学校から自宅まではチャリで二十分。家に帰っても誰もいない。夜になっても誰も帰ってこない。だから家に何時に帰ろうと別にかまいやしない。さりとて他にすることもない。
部活にも入る気はないし、バイトを始めるつもりもない。一応生活費は十分に与えられている。
とはいえ俺も含めてクラスメイトはつい先月まで中学生だった身分。寄り道するにも先立つものが不足していれば、買い食いやゲーセン通いなんて贅沢も敵。
当然の帰結として下校即帰宅という結末。中学時代からクラスメイトだった連中と同じ方向を似たようなチャリで並走。幸いなことにその帰宅路のほとんどが住宅街の中の一画で、だらだらとだべりながらゆっくりとチャリを漕いでも迷惑にはならない。かといって女子のように長話をするのもあまり性に合わず、帰り道が異なればそこでおさらばするわけで。
二、三分前に帰路をともにした谷口君とおさらばしてからは、若干スピードをあげつつも一人でのご帰還。
我が家が見えてきた。
なかなか立派な一軒家。間取りには異常な点は見受けられるが外からみればごく平凡な建売住宅。実際は設計段階で親父が注文を付けた特殊な空間が実はしつらえられているのだが、その存在を知る者は家族だけ。
いつもなら、さっさと門を開けて自転車を格納して、自室に引き上げるかリビングでテレビのスイッチを入れたり入れなかったりとだらだら過ごすのだが。
門の前には、見慣れた制服。俺の通う高校の制服を着た女子が一人。ついさっきまで学校で一緒だった武藤さんだとすぐに気付く。
一瞬……無視してしまおうかと考えた。が、それはあんまりだと思い直し、結論としてやっぱり無視することにする。
視線を向けない。興味もない。もはやいっそのこと視界に入っていないように、いつも通りに家の門を開けて自転車とともに入る。
ちらりと見えた武藤さんはうつむき加減で、なにやら神妙、というか反省のお顔つき。若干心が痛むが、それは態度に出さず。
そのまま玄関の扉を開けて、無情にも武藤さんを置き去りにしようとしたその時、
「さっきはごめんなさい!」
と、威勢のいい声が背中越しに投げつけられる。とりあえずの謝罪。いや、その場しのぎやいい加減な気持ちでの発言ではないことはその口調から察せられた。
そのまま無視しても良かったのだけど。
第一に、俺はそこまでクール&ドライな人間ではない。第二に武藤さんの超能力――屋上で見た鍵を開閉する能力だ――に興味がある。第三に、同じ超能力者として妙な連帯感が芽生える予感。第四に、単に可愛いくて魅力的なクラスメイトとの親交を深めて損はないなという打算。第五に暇つぶし。どうせ家に帰って一人になっても特にすることはない。ゲームか漫画。その程度。
第六に……、数え上げればきりはないが、いろいろな感情がぶつかりあって……考えるのも面倒になった。
「いいよ、そこまで気にしてない。ちょっとびっくりしただけだから」
少しばかり歩み寄り。実際はのところ鬱でブルーなひと時であったわけだが、時間を置いた今となってはその記憶も薄れつつある。希薄への変貌。人間って嫌なことを引きずってても良いことない。さっさと切り替えるに越したことはない。それを実践できるぐらいの能力と社交性は兼ね備えられつつあるわけだ。十五の春。青春まっただなかの俺ってば。
「あの、あのね、えっとぉ……」
何やら俺に伝えたいことがあるようだが、まとまらない様子。自分の利益は封印し、俺への気遣いを全面に出してくれているような、そんな勝手なフィルター越しに眺めた武藤さんは妙にいとおしく、ちょっと話を聞いてやってもいいかな? ぐらいには思えてきた。先ほど挙げた第四の理由と第五の理由が大きいっちゃ大きいが。俺はそういうお年頃なのだろう。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだ。よかったら入るか?」
振り返りもせず、ぶっきらぼうを装ってそう問いかけた。ここで引き下がるのであればそれはそれで仕方ない。ご縁が無かったということ。後日改めてになるのか、今後一切この話は無かったことになるのか。それは武藤さんのみぞ知るが。
「うんっ! お邪魔します!」
先ほどまでの沈痛な表情、口調は消え失せて、武藤さんは元気一杯に大復活。さっきの反省ってば演技じゃないよね? どっちでもいいけど。ってか、なんか俺を追い越して玄関のドアをくぐって靴を脱ぎ始めた。
「お邪魔しまーす!」
なんて叫びながらね。
「おいおい……」
まあ、玄関までは上がったものの、そこからどこへ向かうのか、その選択権は俺にあるわけで、武藤さんは一応待機。訓練されたワンちゃんの待て! の状態。俺が靴を脱ぐのを待っていてくれた。さすがにそこまでずうずうしくはないようだ。
「とりあえず……、そっちの部屋。待ってて、鞄だけおいてくるから」
と俺は武藤さんをリビングの中へ案内して、二階の自室へ向かう。着替えてもよかったんだが、面倒なのでブレザーだけをハンガーにかけてそのまま階下へ。
リビングと隣接したキッチンの片隅、冷蔵庫の中を物色する。一人暮らしになって数週間。金銭面の余裕から中には豊富な食材、ドリンクも数種類。全部もちろん俺の趣味、好みに合わせて独断と偏見で買いそろえた飲み物の中から数種類をチョイス。
「麦茶とコーラとパイナップルジュースがあるけど?」
とちゃっかりソファーに腰を下ろして落ち着いている武藤さんにお伺いを立てる。
「パイナップル!」
というわけで、黄色く濁った液体で満たされたグラスを二つ。ソファーの前のテーブルに置く。どうでもいいことだが、果汁百%だから。結構高いやつだから。ほんとにどうでもいいことだけど。
で、俺は武藤さんの向かいに座る。余談だが、お客様の武藤さんは意識してかせずしてか自然に上座に鎮座してなさる。
さっそくコップを手に取りちびちびと舐めるようにジュースを飲まれる武藤さん。ぐいっと飲んで「かぁ~! 美味い!」なんて状況もあるかと思ってたからちょっと意外。小動物のような可愛さだね。
武藤さんは、引き続きジュースに口を付けつつ、自然と上目使いで俺の顔色を伺いながら、
「あのね……」
と切り出す。
こうなれば仕方ない。何故だか覚悟はできていた。武藤さんのお話に、いや超能力者でる自分自身と真摯に向き合う……そんな決意。
どうしてそんな心変わりが生まれたのだろう? あえていうならばここまでの武藤さんの振る舞い。思いやりと明らかな反省。それでいて無邪気に俺のお誘いを受け入れる純粋さ。ジュースを飲む仕草の可愛らしさ。そこからの上目使いの生んだ憂いの表情……その他もろもろ。決して下心があったわけじゃない。
だけど。心を許しつつある俺が居た。
十年近くふさがれていた胸の内の壁に隙間が生じようとしている。
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