第2話 ヒカレアウ
「ヒャッキン! あなた『えすぱあ』でしょ!?」
突然呼び出されて何事かと思えば。なんでバレたんだ?
呼び出した主は武藤芙亜とかいうクラスメイトの女子。
たまたま同じクラスにはなったが、入学してから一週間。特に親しくなったわけでもない。もちろん俺が特別な能力を備えているなんてことは武藤さんにも他の誰にも言ってない。
それはともかく、その『ヒャッキン』っていう呼び名はやめてくれ。
『エスパー』、つまりは超能力者。簡単にWEBの百科事典から引用すると、
――超能力を持つ人
超能力とは、
――通常の人間にはできないことを実現できる特殊な能力
――今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力を指すための名称
俺自身該当してしまっているのだが、それを公にしているつもりもないし、そのはずだ。
それはともかく、武藤さんの発音は、ちょいと舌っ足らずでスマートさに欠ける日本語表記的な響き。独特のイントネーション。『エスパー』ではなく『えすぱあ』。最後の伸ばし棒のところが特に強調されて完全に『あ』という和の発音。
どうにもこうにもひた隠しに隠してきた秘密をいきなり言い当てられて、どぎまぎ。否定も肯定もしたくない。であるならば俺の返答はひとつ。
「ヒャッキン言うな! 地味に気にしてんだ。そのあだ名」
虚を突かれた武藤さんはそれでも臆せず、
「だって『ひゃくき だいそお』でしょ? じゃあ百均じゃない?」
『えすぱあ』の時と同じく『だいそう』が『だいそお』になってしまうのがデフォルト発音なのか? ポリシーなのか?
「『ひゃくき』じゃなくって、『ももき』! それから名前も確かに音読みすれば『だいそう』だけど、それで『だいすけ』って読むんだよ!」
「知ってるわよ、それくらい。でも普通は『相』って書いて『すけ』なんて読まないわよね」
「普通ってなんだよ。お前、大岡忠相を知らないのかよっ!」
ちなみに『大岡忠相』とは通称大岡越前で知られる江戸中期の町奉行だ。俺はそれ以上は知らない。あいにく時代劇を見ないもので。
「知ってる、父は美濃守の大岡忠高。四男で享保の改革を支えた名奉行」
なんだよその中途半端な博識は。じゃあそれを言動に反映させろよ! って感じで返したら、
「いいじゃない、そんなこと。ヒャッキンで。みんなそう呼んでるでしょ?」
「そりゃあ、中学からの連れとかは……」
「そうっ! 親しみよ。親しみを込めてあだ名で呼ぶわけよ。あたしとしては。だけど大丈夫! えすぱあ集団を結成したあかつきにはちゃんとカッコいいコードネームを付けてあげるから!」
いやいや、微妙に話が元に戻ったが、『えすぱあ集団』ってなに? 俺は入る前提なのか? ってか何故ばれた? ここは知らぬふり。誤魔化すの一手。プロ棋士なんかも言ってるよね。
『序盤の一手が大事』って。いや、誰かそんなことを言っていたような気がしたのだが、それは俺の思い込みであり、将棋の序盤は定石さえ守れば、つまりは単純に記憶力で凌げるらしいね。これ豆知識ね。ってそれはあくまで将棋の話であって、他のゲーム、囲碁とかオセロとかで序盤が大事なものも絶対にあるはずだ。話が逸れた。
とにかく、今の段階で『何故? どうして? それを? お前が知ってる?』なんて誘導尋問に引っかかったりするのはNGだ。タブー。知らぬ存ぜぬで通すべし。
「エスパー? なんだそれ? 超能力者? それを集団にしてどうする気? だいたい俺を誘うなんてお門違いも甚だしいよ。俺ってば、なんの特別な能力も備えていない一小市民なんだけど?」
だいたいこんな感じではぐらかせばそれ以上追及されないだろう。という目論み。第一にして証拠がない。俺の能力は完全に俺の制御下にある。勝手に暴走することもないし、寝ている間に誤って使用してしまったなんてこともない。幼少期の訓練のたまものだ。その幼少期だって、気が狂いかけた親父に様々な訓練や儀式を強制されたが、さすがにわが子のことだけあって、親父も俺の能力を一人研究することはあっても公表はしなかった。唯一といっていい俺が親父に対して抱いている感謝の感情。それ以外はいい思い出なんて皆無もいいところだが。
さっさとこの場から逃れたい俺は武藤さんに背中を向けてドアに手をかけた。
一応人目を気にして、内密の話をするためか、わざわざ屋上まで呼び出してくれた武藤さんの計らいはプラス採点だが、あんまり長く話すとボロも出かねない。退散するにこしたことはない。
「!? ん?」
何故だかドアノブが回らない。このドアは内側からしか施錠できないはず。鍵穴すらついていない。
「なんで鍵がかかってんだよ? 誰かに頼んだのか? さっさと開けてくれ! おい! 誰か? 居ないのか?」
俺は乱暴にドアを叩く。
「騒がないでよ。話が終わったら開けてあげるから、ねっ?」
なんて笑顔で語りかけてくる武藤さん。柔和政策の開始か。
確かに、この武藤芙亜とかいう女子生徒。ルックスはそこそこだ。そこそこというか、上位ランクに入る。俺のタイプともそうかけ離れていない。認めよう。タイプだ。
肩にかかるくらいのストレートヘアは陽光にきらめきエンジェルリングを形成しているし、目も大きい。黒目も大きい。鼻筋も通っている。かといってモデルのような個性的な顔立ちってわけでもなく、純和風という感じでもない。どこにでもいるちょっと可愛めの女子高生。いや、まだまだ幼い顔立ちは早熟の小学生よりもよっぽど子供っぽい。でも魅力的。スタイルも上々。もちろん現時点での平均以上ってだけで、巨乳でもなければ豊満なヒップも備えてないが、幼児体型を卒業したスレンダーで健康的な体つき。
そんな武藤さんが、仲良くなってくれるってんなら好都合というかこちらからお願いしたいぐらいだが、エスパー談義だけはしたくない。
だが、そんな俺の想いはぶち破られて、
「あたしの能力なの。中で誰かが鍵をかけたんじゃないの。あたしがここから鍵をかけたの」
どこか自慢げに語り出す。で、決めポーズなのかなんなのか、武藤さんは人差し指を突き出してドアを指す。そこで一言。
「あたしの能力のひとつ、ええっと、鍵だから、ロック? 開けたんだからアンロックか……。でも閉めるだけじゃなくって開けることもできるから……。ロック……ロック……。ねえ? なんかいい呼び名ない? かっこいいやつ。自由自在に鍵を操れるって意味の。英語とかがいいな。なんとかオブなんとかみたいなの?」
一言じゃないじゃん。決め台詞ぐらい事前に練っとけよ。
「知らん。知らんし、信じん。離れたところから好き勝手に鍵を開けたり閉めたりされてたまるもんか。誰かに頼んだんだろう? 正直に言え。いや、言わなくていい。とにかく開けてくれ。俺をここから返してくれ」
「だ・か・ら・あぁ、話が終わったら開けるから。ちょっとくらい付き合ってよ」
柔和な態度は早くも限界を迎えたのか、武藤さんは不機嫌そうに、自分の都合を俺に押し付ける。漫画だったら頭の上にに『ぷんぷん』ってな文字が浮かんでるような表情。負けてたまるか。機嫌が悪いのはこっちだって一緒だ。
「もう十分だ。俺はエスパーなんて存在を信じないし、もちろんそんな能力をもっちゃいない。なんの冗談だかしらんが、ふざけるんなら別のやつを当たってくれ」
吐き捨てるように言ってやったが、鍵が開かない限りここから立ち去ることはできそうにない。フェンスを乗り越えて雨どいを伝って階下になんてアクションは四階建てのこの校舎の高さを考えた時点で、いやそれ以前の一般常識的に却下だ。
「……」
「…………」
「……………………」
「………………………………………………………………」
気まずい沈黙。倍々ゲーム。我慢比べ。沈黙を破った方が負け。なんの勝ち負けかわからないが、そんな気持ち。根競べ。コンクラーベではない。教皇を選んだりする必要性は皆無だから。武藤さんなら変な宗教ぐらい立ち上げかねないが。
だが残念ながら切り札はあっちにあったらしい。予想もしないところに罠がしかけてあったようだ。血迷った親子愛。俺に高校デビューを飾らせようという意図からなのか、単に嫌がらせの一端か。とにかく、俺の秘密は漏えいの危機を迎えていた。危険性が現実のものとなるその一単語。武藤さんから発せられる。ぼそっと、無感情に。それが逆に気味が悪い。
「ふぁいあ……すとっぱあ…………」
とにかく、発音はともかく、武藤さんの口からこぼれ出た単語は俺以外、いや俺と親父以外、俺と親父とお袋以外に知る由もない言葉。世間的にも認知されていない造語ですらある。少なくとも超能力の名称としては定着どころかまったく認知されていないはず。
『ファイアストッパー』。すなわち火消しの能力。俺の特別な力。幼少期に何の気なしに使って俺の人生を、親父とお袋と俺の三人のつつましい家庭をぶち壊す遠因となった力。家族以外には誰にも知らせていない極秘事項。それが何故?
「どうしてそれを……?」
そんな言葉が無意識に口をついて出てしまった。まずい。非常にまずい。
武藤さんの目が輝く。表情が明るくなる。
「そうでしょ~! やっぱあるんじゃん! 超能力! 『えすぱあ』なんだよね! ねっ、ねっ、やって見せて! ほら、ライター持ってきたの! 消せる? ねぇ、消せる?」
一気にテンションが上がる武藤さんと引き換えに俺の後悔は大きくなる。しまった。だがまだ遅くは無い。誤魔化せるはず。
「他には? ねぇ? 他にはないの? 超能力? 火を消すだけ? それだけ?」
武藤さんの目はらんらんと輝いている。水を差すようで悪いが、完全否定させてもらうしかない。
「そんな能力ねぇよ!」
「だって、今言ったじゃん! なんで知ってるの? って!」
「そんなことは言ってない!」
「言ったよ~。言った、言った。完全に言いました。白状しなさい! もう無理です。ばれちゃいました~」
「……」
「ねぇねぇ、もういいじゃん。誰にも言わないから。あたしだけの秘密にしといたげるから~。教えてよ。『えすぱあ』なんでしょ?」
「……」
「教えてくれないんだったら、最後の手段があるのだ! テレパスの友達呼んじゃうよ。いるんだよ。人の心の中がわかる子が。そしたら隠せないよ。諦めようよ。暴露しちゃいなよ。悪いようにはしないから!」
『テレパス』? テレパスって言ったか。人の心が読めるのか? そんな知り合いがいるのか? だったらここに連れて来いよ! 読んでもらおうじゃないか! 俺の心を。そしたら諦めてやるよ。などとは言えず。
「なあ、頼むから……そっとしといてくれないか?」
精一杯の落ち込み、沈降、世界逆最高峰のマリアナ海溝にでも潜った気持ちで表情を作り――そんな小細工しなくても自然とそうなったのだが――、俺は武藤さんに背を向けた。
そのままドアノブに手をやる。半分だけ振り返って武藤さんに懇願する。
「開けてくれ。そこからでも開けられるんだろ? 超能力者さん?」
「ヒャッキン……」
俺の態度の豹変を見て取った武藤さんはしばしの間を置いて、ドアノブを指さし……突き出した手をでぱちんと指を鳴らした。
同時にカチャリと鍵の開く音がする。厄介のことに本物のエスパーさんだったようだ。ドアを開けて確認するがもちろん誰もいない。誰かが急いで立ち去った形跡もなければそんな物音も気配もしなかった。
超能力者は超能力者と引かれあってしまうのか? 出会うべくして出会ってしまったのか?
武藤さんは『テレパス』の友達がいるなんてこともほのめかしていた。ひた隠しに隠してきた俺の能力。超能力。エスパー。ファイアストッパー。言葉にすると軽い。だが現実にそんな能力を備え持つせいでまともな幼少期を送ることができなかった俺は武藤さんのように能天気に振る舞うことなどできそうにない。
このひとときは俺にとって負の感情を植え付けるものでしかなかった。
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