第29話 ソウサクケイロ

 というわけで、学校も休み、時間を持て余した我々――三月は除く――は、約束の待ち合わせ場所である公園へ。

 まあ、やることが他にないのは確かにそうだが、暇を持て余したってのは言い過ぎだ。

 現に三月は部活をさぼり……、俺と武藤さんはどうせやることないけどね。

 無かったら無かったで、俺の失われてしまった火消しの能力の再発へ向けての努力なんていう地味なイベントが待っているようだが。

「ヒャッキン! 新たな力に目覚める予兆よ! さあ、ふたりで頑張って、超能力者の高みを目指そう!」

 なんて言われながらね。おさらいと復習を兼ねて、基礎的な超能力をひとさらえ。で、全てにおいて能力を発揮しなかったのを確認して、俺の持ち味である――正確には俺が唯一持っていたファイアストッパーの能力の再獲得へ向けて特訓……。ってのは実は昨日の夜にこなしたジョブ。

 結局……なんの成果も得られないまま、今朝が来た。もちろん夜通しぶっ続けでやってたわけじゃない。適度に早寝。

 なんたって、今朝は早い。日が昇るころに起きだして、八時前には公園に来たんだから。


「お待たせ~」

 と軽いノリで、白衣姿の玲奈先輩がやってきた。

 いや、目立つから……。家からその格好? 今日一日ずっと一緒にいるの?

「なんでよ? これはわたしの正装よ! ユニフォームなのよ!」

 なんて言って気にしてない様子だが、よくよく考えたら霊能力者で白衣って……。合ってないよね。

「ちっ、ちっ、ちっ」

 と、指を立てて横に振る玲奈先輩。

 彼女曰く、

「心霊は科学なのよ! 今はまだそのメスが入っていないだけ! じきに……解き明かされるわ! 動植物の持つ、その体から発せられる未知の粒子……魂の根源。霊魂が科学で語られる、その時……、全人類はわたしの前にひざまずくでしょう!」

 はいはい。俺もいっぱしの人類だから、その跪きの群衆の中に入ってるのね。もちろん、武藤さんも、三月も。

 だけど、今はその時ではない。

「おはようございます。わざわざありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

 と、丁寧に挨拶を述べる三月。ごく普通の高校生が見せる演技のお手本のような、白々しすぎて、逆に怪しい態度。

「やるだけのことはやってみせるわ! 心霊能力者の名に懸けて!」

「…………」

「心霊能力者の……名に懸けて!」

 大事なことだから二回言ったようだが、俺達どうすりゃいい? 拍手でもしたら盛り上がるのか? この人けのない公園で……。

 私服女子二名。白衣女子一名。私服男子一名。全員一応高校生。

 どっかの、演劇サークルが朝練でもしてるとかって思ってくれりゃあいいけどね。

「それじゃあさっそく……」

 と、昨日も見せた首輪を玲奈先輩に渡す武藤さん。この人もこの人で段取りを崩さない。

 玲奈先輩はそれを、近くのベンチの上に置き、自らはその目の前で、

「おんまかまからうんけんそわか……おんまかまからうんけんそわか……」

 なんて呟きだした。どこまで本気なんだろう。

 あんたの能力ってば、サイコメトリーだから! 呪文とか関係ないから!

 とは突っ込みませんよ。今後の展開なんて知らないし。

 超能力の発揮には気分も重要だというのは三月にも聞いた話だし……。


 おそらくは……、今日の行動指針を俺なりに推測している。

 出来レースのスタンプラリー、あるいはオリエンテーリング。おそらくそんなところだろう。

 随所に手掛かりを巻いておく。で、白々しくそれを発見する。

 それらのアイテムにはわかりやすい残留思念を残しているのだろう。

 例えば……、この近辺だと滝だとか。滝っていえばあそこの、滝しかない。地元の名所。

 つぶれた病院跡だとか、まあ有名かつわかりやすい手掛かりをねつ造する。

 撒き餌だ。問題はどうやって残留思念を残すか? だが、そこはそれ。テレパシストの三月が居る。あいつの力で、超能力者にメッセージを送るように……、物にも、物体にも念を込められるのかも知れない。

 で、徐々に核心に迫っていき……、最後には生きているペロとご対面。

 玲奈先輩の能力がサイコメトリーだと実証される。めでたしめでたし……。

 そんなところじゃないか?


「き、キター! 来たわ! 来たわ!」

 なんて、突然騒ぎ出した玲奈先輩。うろうろうろうろうろうろうろうろと、ベンチの周りを歩き回った挙句、そこらじゅうの匂いを嗅ぎ始めた……。

「こっちね、こっち……」

 と歩き始める。なんだ? 犬の霊でも憑依したか? 超能力者でありイタコ? そんな稀有なキャラなのか?

 そんな設定で大丈夫か? 食い合わせが悪そうだぞ? サイコメトラーとイタコだと……。

 だが、周囲の事など気にしない。玲奈先輩はついに四つん這いで這いまわり始めた。地面に顔を擦り付けて……。

 犬そのものだ。

 ズボン姿でよかった。スカートだったら、パンツが見えてしまいそうなくらい、腰を上げ、無理な姿勢で地表をくんくんと匂っている。

 ほんとに、犬。犬なのか狼なのか、その他の動物なのかはわからんが四足歩行。

 やっぱり犬だった。

 で、その証拠に、

「わおーん!!」

 と吠えた。

 で、そのまま犬のまま追跡作業を開始するのかと思いきや、

「失礼、取り乱しました……」

 とすっくと立ち上がり、白衣についた砂埃を払う。かけてもいないメガネを治す仕草を入れながら、

「どうやら、新たな能力を得たようです。すなわち! 神との交信!! わたしが選ばれたんだ……。天国のお父さん、お母さん。わたし……やったよ……。○×△以来の預言者だよ……」

 と恍惚の表情。伏字にしたのは宗教的な理由からです。具体名は察してくれ。

 とにかく、霊能力者から、預言者、神の使いに昇格なされた玲奈先輩は、

「導く、導かれる、導かれる時!!」

 と叫んで走り出した。

 我々も後を追う。トランス状態の玲奈先輩の脚力はそりゃあすごいが、実は俺は自転車。

 武藤さんの駆け足と持久力はおそらく誰にも負けない。自転車プラス俺の実力を凌駕している。

 日頃は部活で精を出している三月も体力にはそれなりに自信があるようで、

「はあ、はあ、はあ……」

 と、目的地まで達した喜びと安心感、そして体力的限界から、肩で息をしている玲奈先輩に難なく追いついた。

 白衣で目立つし、追跡は容易だ。

 で、呼吸と整えて……。

「ここからは電車ね……」

 なんて言いだす。財布から定期――なのかチャージされたICカードなのか――を取り出し、改札を超えていく。時空を超えて。いや、時空は超えない。

「先輩! 目的地は?」

 定期券も乗車カードも持ち合わせていない俺達は、目的地がわからないと切符も買えない。しかし、

「風にでも聞いとくれ……」

 と、のたまる玲奈先輩を前に、それ以上問い詰めることなどできようか……。

 後で乗り越し精算することを前提に、俺達三人は一番安い切符を買った。

 そのままの勢いで、電車に乗り込むかと思えた玲奈先輩だったが……、追いつくとホームできょろきょろしてる。

「おお、神よ~、どっち? どっちなの!?」

 天を仰いで叫ぶのはいいが、いや、注目を集めるからそれもやめて欲しいが、上を見ても屋根しかないよ先輩。

 早くも行き詰ったのか?

 二択だぞ? のぼりの電車かくだりの電車か。どっちかわからんって……。

 そもそもなんで犬の探索をしてるのに電車に乗るんだ? 犬が乗車するのか? 深く考えない。考えない。考えないで流れに任せよう。

「おお、これぞお導き!」

 と、やってきた電車に乗る玲奈先輩。もちろん俺達も後を追う。同じ車両に乗る。同じドアから。

 ただしできれば知り合いと思われないように、距離を取って……。

 なんて羞恥心を欠片でも持っているのは俺だけのようで、武藤さんは、

「どこで降りるんですか?」

 と普通に玲奈先輩と会話。

「う~ん……わからん……」

「じゃあ、一駅一駅降りて行って、そこでお導きを受けましょう。さすれば、我ら、いずれはペロの元へ……」

 三月も三月だ。面の皮が厚い。俺も無関係ではいられない。周囲の視線を一身に集めながら、とりあえずは一駅の我慢。


 一駅目……。

「どうですか? 玲奈さん?」

 さっそく手ごたえを確認する武藤さんだが……、玲奈先輩は首を横にふるふる。

「わからん……、しかし、しかしだ、念には念を入れて……」

 と、今度は駅のホームで四つん這いになって地面を嗅ごうとする玲奈先輩をさすがに制して、

「じゃあ、次の駅行きましょう!」

 と、乗車の列に並ぶ。5分少々で次の電車が来た。

 乗車。

 次の駅で下車。

 また乗車。

 またまた下車。

 なんてことを繰り返しながら……。

 終点間際のとある駅。

 下車した途端に玲奈先輩は、

「おかしい……、この方向でよいはずなんだ。だって、お導きがあったのですから! 選ばれしものだけが与えられる啓示が与えられたのですから……。ここじゃないってことは……まさか乗り換え? 神は乗り換えを指示されるのか?」

 なんて、迷走しはじめたが……。

 そこで、ダイコンならぬ……、はて? なんて言うんだっけ? 演技の下手な役者はいわゆる大根に例えられるわけだが、演技の上手い役者は野菜に例えると?

 どうでもいい疑問に、

『大根は消化がいいから、めったに当たらないって意味で、ダイコン役者なのよ。上手い場合はその理屈だと、消化が悪いってことになるけど、特にそんな表現はないんじゃない?』

 と、どうでもいいテレパシーが三月から送信された。ほんとにどうでもいい。豆知識を俺は得た。

 豆知識を与えてくれた三月は、そこそこの演技力で、最後の仕上げ、ラストシーンの上映を始める。

「ああ……、この駅は……、玲奈さん……あなたのお力はさすがです。この駅こそ……、ペロと出会ったペットショップの最寄駅。ここから北へ30分ほど行ったところにペットショップがあります」

 と、RPGの待ち人のごとく目的地を指し示す。

「きっとそこに手掛かりがあるに違いないわ!」

 好奇に満ちた視線にさらされた、俺たちの短い旅も終わりを迎える時がきた。

 心霊能力者は預言者を経て、超能力者へ。

 そのペットショップにおそらくは、ペロがいるのだろう。駅からおそらくは徒歩で30分。なかなか辺鄙なところにある店だが。もっと手近なロケ場所は無かったものかと思うが、今回の茶番。仕掛けはすべて、武藤さんと三月に任せてある。

 文句も言えず、道案内を買って出た三月に従って俺達は歩き出す。

 三十分後に何が待ち受けているのか……。

 俺は知らない。

 武藤さんと三月は知っている。

 玲奈先輩は知らない。

 これがオセロであるならば、俺、武藤さん、三月、玲奈先輩で●○○●と並んで、真ん中のふたりがひっくり返って全員真っ黒になるのだが……。

 

 実際のはなし。こっから先に何が起こるのかは、誰も知らない。

 真の舞台はここからがスタート。

 あとは……、実のところ行き当たりばったり。

 そんな作戦だとはつゆ知らず。

 とりあえず、進む。目的地へ向けて。

 とりあえず、歩く。未来へ向けて。

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