第28話 イライオコシ

 カランコロンカラン。例の喫茶店の入店音。SE。

「あっ、玲奈さ~ん、こっちですぅ!」

 と武藤さんが入店してきた玲奈先輩を呼びつける。


 作戦の第一歩。オカルト研究会の安藤部長に頼んで、玲奈先輩を呼び出してもらった。実際に来てくれるかどうかは不安だったが、ここまでは予定どおり。なんとか関門突破。

「あなたたち……」

 玲奈先輩が顔をしかめる。そりゃそうだ。匿名で呼び出したんだから。

「とにかく座ってください! 飲み物飲むなら奢ります!」

 俺の財布からね。武藤さんは強引に玲奈先輩の後ろに回って肩を握って席に誘導する。

「ちょっと、待て! 待て! 待つんだコノヤロー!」

 玲奈先輩が叫ぶ。

「わたしは、心霊現象で困っている人がいるっていうから来たんだ! 人助けも霊能力者の仕事の一つ。あなたたちには用は無い! 大体おかしいと思ったよ。無事に解決すれば、心霊現象研究会の部員になるって言うから……。騙したな! コノヤロー!」

 どこかで闘魂でも入魂されてきたのか、やたらとコノヤロー! を連発する玲奈先輩。

 しかし無視だ。たんたんと段取りを進めるしかない。

「だましてなんかいません! その証拠、そのいち!」

 と武藤さんの合図で、三月が段取り通りに切り出す。

「あの……あたし……困ってるんです……」

 迫真の演技。若干白々しいが……。

「だけど! その制服! うちの学校じゃないじゃないか! 部員になるって件は……」

「事態が無事に解決したら……、あたしたちが部員になりますから! あたしとヒャッキンのふたり! これで勢力的にはオカルト研究会と同等になります!」


「…………」

 これは、玲奈先輩にとって悪い条件ではなかったようで……、しばし考えたふうなそぶりの後に、

「話を聞こうか…… コノヤロー!」

 と、着席してくださった。最後のコノヤローは小声でね。

 とりあえず、皆の注文を済まして、ドリンクが運ばれてくるまで待機。

 で、それぞれの想いを胸に秘めながら、一口、二口と飲み干して……、作戦の第二ステップへ。

「あの……これ……」

 と、三月が例の首輪とリードを取り出した。

「うちで飼っていたペロの……、でも……、ペロが居なくなっちゃって……」

 と迫真の演技。

「今までもたまに逃げちゃうこともあったんですけどっ……、もう何日も帰って来なくって……」

 と真に迫る演技。またの名を迫真の演技。

「お前らの入れ知恵か~!?」

 と叫びだす玲奈先輩。

 ちなみに、その叫びのイントネーションは【わるいこはいねが~】に限り無く近く、全ての文字に濁点を付けたいくらいの濁った声質。

 そんなこけおどしには動じない。というか、いやいやながら演技させられている三月は、たんたんと自分の役割をこなすことだけを自らに課している。

 で、三月からあらかじめ決めておいたサインが出る。

 玲奈先輩の心が読めるか、否か……。サインの内容は『読めない』ということ。

 玲奈先輩が超能力者である可能性が若干高まった。確定情報ではないけれど。

 そんな段取り通りの決め事を交えつつも、三月は話を進める。

「もう……、もう帰ってこないかもしれない……と思って……」

「…………」

 一同沈黙。

 数分後、

「で、あたしにどうしろと?」

 しびれを切らすかのように玲奈先輩が口を開いた。そこへ武藤さんが畳み掛ける。

「探偵さんとか、ご近所の愛犬家さんとか……とにかく、頼める人にはみんな頼んだんです! でも見つからないの! ミーちゃんの……ペロが……。

 で、思いついたんです! 玲奈さんならなんとかできるかもって……」

「わたしにどうしろっていうんだ! わたしは霊能者だぞ! 死んでいる犬ならまだしも……、いなくなった犬を見つけるなんていうのは管轄外! お門違い、お役所で違う部署に行けってたらいまわしにされるパターンだ!」

 で、第二の仕込みに入る。

「その……ミーちゃんがペロの声を聴いたっていうんです」

 と、武藤さんの呼び水で三月が再び演技開始。

「さみしいよぉ、くらいよぉって……ペロが……ペロが……、もう死んじゃってるかも知れないんです。でも……どこに居るのかもわからなくって……」

「……なるほど……、心霊現象……ってわけか……」

 で、追加射撃。なんとなくの俺の役割。

「だから……先輩? そりゃあ生きていてくれたほうがありがたいんだけど……。仮に、仮にだぜ? ペロがもう死んでしまっているとして……。遺体を回収できないままっていうのはあんまりじゃあござんせんか? それはひどい。せめて弔ってやるってえのが筋ってもんざんしょ? そこをさあ、先輩の力でさ、ペロの行先を探し出して、せめて亡骸だけでも探し出して……ってのが俺たちの願いなんでさぁ」

 ちなみに、この台詞回し、天然でやっているのではないぞ。武藤さんの演技指導によるものだからな。誤解なきよう。

 なんの意味があるかって? 知らねえ。存じねぇ。緊迫した会話に隙を生むだの一風の清涼剤だのと、理屈をつけていたが、嫌がらせとしか思えない。

 ともかく説得の甲斐あってか、

「それは……、それはてえへんだねぇ。わかるよ、その気持ち。痛いほどにな……、だけど……だけど難しいじゃありんせんか? こちとら霊媒師、地縛霊なんてのはいままで何度も見てきたが、居場所不明の魂なんて探し当てた経験はござんせんよ……」

 ふざけているのか、単に伝染したのだか……。玲奈先輩もおかしな口調で……。それでもこの話は無かったことに……。ではなく、なんとなく協力的な態度になっている?

「それで……、ペロがいつもつけていた首輪を持って来たんです。そこの、ファーちゃんから聞いた、偉大な霊能力者の先生なら、なにか手掛かりがつかめるかもしれないって……」

 マイペース、あらかじめ定まった台詞を、抑揚をつけて上手に表現する三月。

 おずおずと、首輪を玲奈先輩の元へ差し出す。

「……」

 怪訝そうにそれを受け取る玲奈先輩。

「まあ……、ダメ元でやってみるけど……」

 と手に取った瞬間に顔色が変わった。

「どうですか? なにか……感じませんか?」

 という三月の問いに、

「…………、わからない……だけど……」

 と口ごもる玲奈先輩。

「……感じる……子犬のイメージ。白? 柴犬? いや雑種……?」

「そうです! それがペロです!」

 なんていいながら、こっそり玲奈先輩に見えないようにVサインを作って俺に向ける武藤さん。

 三月はあくまでマイペースに、

「すごいです! さすがです! 噂で聞いていた以上です! お願いします! 明日……」

 と、最後の一押し。

「今日はもう遅いんで……、明日、一緒にペロを探すの手伝ってくれませんか? 失敗したって構いません。協力していただいただけで十分です。このふたり、ファーちゃんとヒャッキンは喜んで心霊現象研究会に入部させますから!」

 と……。

 部員増員の一押しが聞いたのか……。

「わかった……。やるだけやってみよう……。明日、どこに行けばいい?」

 と問いかける玲奈先輩に、三月の家の近所の公園を指定して、本日の任務は終了。


 玲奈先輩と別れてからの帰り際……、武藤さんと三月と俺の三人で歩きながら……、

「あのさあ、結局、明日は玲奈先輩が協力してくれることになったけどさあ……」

「大成功だよ! でもでも、まだ気は抜けないの! あしたが勝負なの!」

 とのたまう武藤さんに、

「いや……、明日のこと……俺は何にも聞いてないんだけど……? 一日連れまわしたところで……」

 そうだ。ペロなんて犬は実は存在しない。多分、実際に元気な子犬ちゃんの首輪を三月が借りてきて……。

 サイコメトラーである玲奈先輩は、首尾よくその首輪からペロの情報を読み取った。そこまではいい。

 だけど……。

「そこからどう転がすのかが、さっぱりわかんねぇ。玲奈先輩にサイコメトラーとして自覚させる、あるいはご両親を見つける……ってのが最終目標だろ?」

 例えばだ。行き着く先に……、生きているペロが居たとして……。玲奈先輩は自身の力が霊能力ではなくサイコメトリーだと気づくかも知れない。

 なんだかんだ言い訳を付けて否定するかも知れない。そうなったら……、

「覆水盆に返らずじゃないか?」

 俺の不安を聞いて、スマホをいじりながら歩いていた三月が、

「『覆水盆に返らず』……。

 太公望が周に仕官する前、ある女と結婚したが太公望は仕事もせずに本ばかり読んでいたので離縁された。 太公望が周から斉に封ぜられ、顕位に上ると女は太公望に復縁を申し出た。 太公望は盆の上に水の入った器を持ってきて、器の水を床にこぼして、『この水を盆の上に戻してみよ。』と言った。 女はやってみたが当然出来なかった。 太公望はそれを見て、『一度こぼれた水は二度と盆の上に戻る事は無い。それと同じように私とお前との間も元に戻る事はありえないのだ。』と復縁を断ったという故事にちなんだことわざね。出典は後秦の時代に成立した『拾遺記』」

 ↑上記情報はウィキペディアより。

 とそらんじた。すらすら読み上げているような……。だけど特にスマホの画面を見ている感じでもない。続けて、

「まあ、この場合の使用は適切ではないわね。そもそも、まあ確かに、玲奈さんとあなたたちは昨日いろいろあったみたいだけど……」

「ことわざ談義はいいよ。明日……、玲奈先輩をどこに連れていくのか? いやそれ以前にどうやって玲奈先輩の行先を……、俺達に都合いいように誘導するか? だ。そろそろ教えてくれてもいいだろう?」

 と、俺の意見は却下され、

「ヒャッキンの明日の役目は、リアクション芸人のそれなのだ! いちいち玲奈さんの霊視に驚いてみせること。それ以上は望まない。だけど、ヒャッキンの演技力じゃあ心もとない……。だから……、作戦は内緒です。舞台監督は、真の演技を見たいとご所望なのです」

 なんて言いだす武藤さん。舞台監督って誰だよ?

「もちろんあたしだけど? 監督兼、助演があたし。主演は玲奈先輩。で、助演女優がミーちゃん。ヒャッキンはエキストラ!」

 助演が二人いるが……。それがいいことなのか悪いことなのかは、演劇界に詳しくない俺にはわからねえけど。とにかく俺はすみっこのほうでうろちょろとしてればいいんだなってことだけは理解できた。


 というわけで明日へ続く。

 

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