第30話 トウチャクマヂカ
もう十分ほど歩いたろうか?
「まだ~、まだなの~」
「もう少しです、はい、玲奈さん、もう少しですから……」
二十分……。
「ほんとにまだ~?」
「あと少しです……」
まあ、始めに三十分はかかると宣言してるんだから、十分やニ十分で急かす玲奈先輩も悪いが、俺も不安になってきた。
線路とほぼ直角に進んでいることから、さっき降りた駅が最短ルートだってのもわかる。
このあたりの地理にそれほど詳しくない俺でも、進んでいる方向に他の沿線がないってこともわかる。
だけど、あたりの風景はどう考えても住宅地。閑静な住宅地。
店なんてほとんどない。たまにクリーニング屋とか美容院とか……、ぽつぽつと小さな店舗があるだけで、ああ、この辺って人が住んでるだけなんだなと。
ペットショップなんてやっても流行んないだろうなって。
もちろん、あと十分進んで、大きな道路にでるってこともない。どこまで進んでも住宅地。その先には山。
辺鄙なところだ。
ふと玲奈先輩が立ち止まる。
「……?」
「どうかしましたか?」
三月が尋ねるが……、
「いや、なんでもない……」
と再び玲奈先輩は歩き出した。
それからしばらくして、玲奈先輩はまた立ち止まる。
「……?」
「なんでしょうか?」
「なんでもないっていってんだろうがよ!」
罵声を浴びせながら玲奈先輩はまた歩き出す。
そんなこんなを繰り返し、予定の到着時刻である三十分は既に超えていた。
いままでほぼ一直線に歩いてき来たのだが、ここでなんどか角を曲がる。
曲がって曲がって曲がって曲がる。
ん? なんだかぐるぐる回ってないか? 同じところをうろうろしているような……。
この経路……、例えていくなら螺旋。螺旋の中心が目的地?
これが最短経路ってわけでもないだろう。曲がり角でさっき通った道とかが見えてるんだから。
玲奈先輩も口数少なくなった。黙って着いて来てる。
三月と武藤さんもそれをいいことに、黙々と歩く。
無駄は承知。玲奈先輩の招致。なにをどこに招致するのやら……。
で、たどり着いた。
古いアパート。昭和の匂いが残る、一軒のボロ――おっと失礼――、ええっと、いい感じに古びれた、雰囲気のあるアパートだ。古風、クラシック。そんな感じのアパート。
その目の前で立ち止まる。
両脇にはごく普通の一軒家たち。だけど目的地はそちらではない。一軒家なら、ペロの飼い主の家である可能性もなきにしもあらずだが、武藤さんも……三月も……視線はそのアパートに据えている。
ペット禁止臭がぷんぷんする。
ってことは、俺の考えていた、生きているペロとご対面からの! サイコメトラー肯定への説得……、という作戦は読み違い?
それとも、ここは最終目的地ではないのか? チェックポイントなのか? あとどれだけチェックポイントががあるんだ?
そろそろ昼飯の時間だ。まさか、昼飯を調達に来たわけでもあるまいに。
「なに? なんなの? どこ? ペットショップは? 次の手掛かりは? 神様からの啓示は? おお! 神よ! 我に行くべき道を指示したまへ!!」
と、武藤さん達への疑惑と、自らの能力への過信をともに、おおげさなジェスチャー”まぢり”で表現しなさる玲奈先輩。
まあ、人通りが無いさびれた道だ。駅とか駅前でこれをやられると俺たちの心にも少なからずのダメージがあるが、誰も見てないならよし。
武藤さんと三月も当然のごとくスルーして、
「玲奈さんと……、ヒャッキンはここで待っててください……」
と言い残してアパートの奥の通路に消えた。階段を上ってどうやら二階に行ったようだが……。
二人残された俺達。ふたりしか残っていない。俺と玲奈先輩。当然、玲奈先輩の不満は俺へとぶつけられる。
「ちょっと? 何? ペットショップがあるっていったんじゃないの?」
いや……、俺もそう聞いてたんだけど……。
「こんなとこ……、ペットショップなんてあるわけないじゃない?」
俺もそう思います。
「じゃあ、あの二人……どこに何しに行ったのよ?」
わからない。
「きいぃ~! 訴えてやるから! さっきの駅へ戻りましょう。こっちは邪悪な気配がするわ。悪魔のささやきよ! 向かうべき道は……、神からの啓示を、メッセージを受け取りなおすのよ!」
と、玲奈先輩は元来た道を戻ろうとする。で、すぐに足を止める。
「ねえ、あんた? 帰り道……どっちだっけ?」
俺もわからん。ぐるぐる回らせられたから……。だけどあっちが山だからその反対側に向ってあるけばいずれ線路にはぶち当たると思うけど……。
それを言ってしまえば、ほんとに帰ってしまいかねない玲奈先輩。彼女が方向感覚を失っているのをいいことに、俺は無言を突き通す。
それでも、
「わかった。一人で帰る。ここはなんだか嫌な予感がするわ。落ち着かない。歩いて、歩いて、第一村人に遭遇してそこで道を尋ねましょう……」
と歩き出した。元来た道とは反対側へ。俺は必死でそれを食い止める。
「どうして! どうして行かせてくれないの!」
「いや、せめて二人が戻ってくるまでは……」
「なんで? なんでなの! わたしはこんなとこには居たくないのよ! 行かせて頂戴!」
はたから見れば滑稽な光景だろう。白衣姿で大声で、オーバーアクションで……。何から何まで目立つ玲奈先輩とそれを引き留める俺。
職務質問されてもおかしくない。容疑者は俺。不審者は玲奈先輩。ともに怪しい。
だが、そんなふうに、行かせろ、いや行かせまい、ここから立ち去りたいんだ、二人が戻ってくるまで待て……と、小競り合いともいえるやりとりが地味に続けられている間、武藤さんと三月はまた違った攻防を繰り広げていたようで……。
ほどなく、カンカンカンという、鉄製の階段に足音が響く。ふたりが帰ってきてくれた。
「話はつきました。さあ、行きましょう。玲奈さん。ここがあなたの最終目的地でもあり、避けて通れない道。ターニングポイントです」
と三月が言う。
「行きましょ!」
と武藤さんが言う。
「いやよ、いやよ、なんだかいやなのよ~」
と玲奈先輩が言う。
「…………」
俺は……、とりあえず二人に任せて、ただ玲奈先輩の退路を塞ぐ。
半ば力づくで、武藤さんが玲奈先輩の手を取り、引っ張り、三月が後ろから玲奈先輩を押していく。
変に触れてしまうとセクシャルハラスメントのそしりを受けかねない俺はただたんに非接触のままそれについていく。
一階のドアが並ぶ廊下を通りぬけ、階段を目指す。
階段を上る。
二階にたどり着く。
二階の廊下を歩く。
あるドアの前で立ち止まる。
表札は出ていない。
「ここです……」
と武藤さんがドアを開ける。中からはなんのリアクションもない。
武藤さんはそのまま玄関に入る。
三月が玲奈先輩の背中を押して玄関にこじ入れる。
ドアの隙間から見えるのは小さなダイニングキッチン。人影は見えない。
無理やりともいえる積極的な動作で……、いやいやをするように首を振る玲奈先輩の靴を武藤さんが脱がして……。
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