第19話 トマリコム
俺の家から30分、武藤さんは走る気まんまんだったようだが、三月に却下されて、俺達はとぼとぼと、世間話なんかをしながら歩いて三月の家へ。
「ここ……」
三月に示された家はぜんぜん想像と違ったよ。四コマ漫画版のサザエさんの家みたいな、旧日本家屋。一応二階建てだけど、今の建売住宅みたいな限りある敷地を最大限に有効に! って感じの思想がまったくない。結構広いのであろう一階部分にちょこっと、二階が乗っかっているような。
学校名はそういえば聞いていないが、三月の着ている制服は、超の付くようなお嬢様女子高だった……はず、という俺の先入観からモダンで洋式な豪邸を想像していたが。
実は隣でした~。みたいなオチも無く。まあ、両隣ともごく普通の一軒家なんだけどね。
「とりあえず入って……、おばあちゃんは……もう寝てるかな?」
と、ガラス格子の引き戸を開けて三月が招き入れてくれる。
「おじゃましま~す」
と、俺は多少控えめな声で。まだまだ早い時間だが、老人が寝るのは早い。おばあ様がご就寝になっているのなら騒がせたらまずい。他の家族はいるのかいないのか、多分いるだろうからその人たちには聞こえる声でという、いろんな配慮を重ねた結果の声量。
「ただいま~」
と武藤さんは大声で叫び、さっさと靴を脱ぎ始めた。
「ご飯作っちゃうね。おばあちゃんの分はいらないんだよね?」
とそのまま家の奥に消えていった。
靴を脱いで、しばしその場で躊躇していた俺を、
「あっ、こっちこっち」
と三月が手招きしてくれる。
お通ししてくれたのは居間。リビングではなく居間。ちゃぶ台が部屋の中央にどんと居座り、テレビはさすがに薄型液晶の大型インチだが……昭和の匂いがプンプンする居室。
居間から見える半開きになった扉の奥はキッチンらしく、武藤さんが着々と夕食の準備をする気配が伝わってくる。
手持ち無沙汰で……、なんか三月のイメージとギャップがあるなぁなんて考えつつ。
しばらくすると、長袖のTシャツに、ジーンズ姿というカジュアルな格好にエプロンを身に着けた三月が現れ、
「わたしもファーちゃん手伝ってくるから……。テレビでも見といて」
と、言われるままにリモコンでスイッチオン。作動しない。主電源が切れていたということに思い当り、番組表を出していつも見ているバラエティーを探す。
お客様気分満点。居心地はいいのか悪いのか。
ほどなく、夕飯が運ばれてきた。今夜のメニューはハヤシライス? それでワインが必要だったのか。
「違うよ、ヒャッキン、ハッシュドビーフ!」
なるほど……、違いがまったく分からん。
まあ、それとサラダというまあシンプルなメニュー。
これがまたすげぇ美味い! 正直にそう告げると、
「今日は材料が良いからね! 隠し味も入れてるし!」
とご満悦な武藤さん。で、一応手伝っていた三月にも礼を言おうとするが……
「わたしは下ごしらえを手伝っただけだからな」
と機先を制して言われてしまった。だけど一応感謝の念は二人に告げる。
で、うまいうまいと言いながら食べていても、話題はすぐに尽きるわけで。隠し味の秘密とか玉ねぎの炒め方とかそんな話が一段落した時、
「夕方の件なんだけどな……」
と三月。やっぱりその話は避けては通れないね。
「あれからいろいろ考えてみたんだが……。どう考えても普通の火……ではなかったよな」
「うん、ふぁいあすたあたあの仕業だよ! 絶対!」
俺も同意。
「ということは……だ」
もったいぶる三月。
「ということは?」
好奇心まんまんの武藤さん。
「……」
話の展開を見守る俺。
「やっぱり偶然とは考えられないんだ」
激しく同意。
「この中の誰かの……自分でも気付かない力が暴走した……ってのも考えてみたんだが……」
言いづらいが、その誰か……俺はあるとすれば三月の可能性が一番高いと思っている。一番現場の近くに居たわけだしな。第一発見者だ。
自作自演ってのは……よほどの演技力が求められるし……考えたくもないが……。
「もちろん、その場合、可能性としてはまず、わたし。だけどわたしの能力は、透視、テレパシー、いわゆる発火をもたらすPKじゃなくってESPよりの能力なんだ。だからといって、絶対にわたしじゃないっていうのも言い切れないんだが……」
少し不安げな表情の三月。一応……気にしている様子だ。可能性としてないわけじゃない。自分が迷惑をかけたんだったら……。
「違うと思う……。なんかあの炎には悪意? そんなのが感じられたし……。あれで一番ピンチだったのはミーちゃんなんだし!」
武藤さんはズバッと言い切った。直観だけで。続けて、
「それにヒャッキンも違うと思うの。ヒャッキンは火を消せるし、能力の系統的には近いと思うけど……なんか自分で燃やして自分で消してってそんな風な感じじゃなかったし」
それは俺も思う。ふたつの能力の同時操作なんて無意識下でもできそうにないし……。そんな器用な人間じゃないってのは俺が一番わかってる。
「ってことは、私たち以外に能力者がいるってことだろう?」
問いかける三月に対して、武藤さんのテンションが上がる。何故だか知らんが。
「そうよ! あたしもそう思う! 第四の能力者よ!」
えーっと、考えるとそうなるのか。武藤さん、三月、俺、今んところ三人だからね。でも武藤さんの考えはぶっとんでいた。
「考えられる可能性、ポシビリティそのいち!」
そのいちなのね。そのいくつまであるんだろう?
「悪のえすぱあ軍団が、あたしたちの秘密を知って、攻撃してきた!」
「悪? 武藤さんもえすぱあ軍団作ろうって言ってたよね、そういえば……」
「あたしたちのはえすぱあ集団! 軍団でもないし、悪の組織でもないの!」
はい、で、なんで悪の組織が攻めてきたの?
「そりゃあ……、まだ結成してないけど、出る杭は打たれる、若い芽は摘んでおけ、の精神よ。あたしの提唱するえすぱあ集団は世界平和のための組織だから……。きっと将来的に邪魔になるわ! そうだ! 向こうには未来予知能力者もいるかも! それであたしたちの力を恐れて嫌がらせしてきたのよ」
いやいや、攻撃ってか嫌がらせ? それって意味あるの?
「警告よ! あんまり派手な行動に出るなって!」
「だけど……、警告だとしても……あんまり意味がないんじゃない? そんなメッセージは送ってこなかったから結局誰がなんのためにやったのかわからないままだし、本気でわたしたちを襲おうっていうんなら何となく中途半端だし……」
と三月。
「じゃあ、可能性そのに!」
と武藤さんは指を二本突き立てる、ハッシュドビーフのスプーンを握りしめたまま。あやうくルーがこぼれそうになるが気にしない。
「力試しね。あたしたちは試されたの! えすぱあ集団に入ってもいいなって思ってる超能力者が居て……、でもほんとにこいつらで役にたつの? って疑問に思ってあたしたちの力を試すためにやってきたのね」
そういう発想は無かったなあ。だけど……、それだったら俺達は合格したのか? 失格したのか? なんの連絡も来ていないんだが……。なんて考えたら三月がほぼそのまま代弁してくれた。
「それだったら、一応危機は乗り切ったんだしなんらかの接触をしてくるんじゃない? それともテストに合格しなかったってこと?」
「絶対合格だよ! だけど……タイミングを逃しちゃったんじゃないかなぁ。あたしだったら、その場で『お前たちの力は見せてもらった! 力不足な点はあるが一応合格にしておいてやろう。これから世界平和のためにともに力を尽くそうではないか!』って登場するけど……」
なに? その芝居がかった台詞まわしは。テレビの見過ぎじゃないですか? おもにヒーロー系。それかゲームとかでありきたりだよね。敵と思ってたら味方だったって設定。
「どちらにせよ……」
「いやいや、まだあるよ、第三、第四の可能性が……」
まあ、一応三月も俺も武藤さんに付き合って、自然発火説だの、超能力者ならぬ超能力動物がやったことだの、宇宙人説だの、未来からやってきた炎だのの計十通りほどの可能性ってやつを聞いてやったわけだが、数が多くなるにつれて信ぴょう性、現実性が乏しくなる。
三月があらためてまとめにかかる。
「どちらにせよ……」
第三以降の案はほぼ無視だ。あわてて言い直し。
「どれがほんとうだとしても……、今日とか明日とかは注意しておいたほうがいいかもね。相手からなんらかの接触があるかもしれないし……」
「わあお! 敵がまた攻めてくる? それとも……メンバーが増えるのかな?」
とあくまでリーダー気分の武藤さん。えすぱあ集団のメイン、武藤さんとその仲間たちなんだろうな。本人の頭の中では。というか、あんまり期待したくないなあ。そういうこと。俺はできれば平凡に暮らしたい。
なんだかんだと話ながら、夜は更けてゆき……。就寝タイム。
俺は一階の一部屋をあてがわれ、三月はもちろん自室。武藤さんも昨日まで使っていた部屋がそのままあるらしいが念には念を入れて三月と同じ部屋で寝ることになった。
まあ、夜中に……なんか攻撃なり接触なりあったらいやだけど、離ればなれになっているよりかは一つ屋根の下で居た方がずいぶんと精神衛生上もプラス査定だ。
俺は、初対面のしかも男子で共通の知人が一人いるだけなんていう薄い絆の――超能力者というカテゴリーではくくれるけど――俺なんかを家に泊めてくれた三月に感謝しつつ眠りに入るのだった。
おやすみなさい。
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