第18話 アトノシマツマツリ

 超能力部屋に武藤さんの着替えを取りに行く三月が、俺の前で立ち止まる。なにか怪訝な表情をする。そしておもむろに口を開く。

「お前……ヒャッキン……、案外悪い奴じゃないのかもな……」

 そりゃそうだけど、そうだと嬉しいけど……何? 突然、助けてあげたから? 感謝の言葉?

「エロいのは、エロいが……、さっきもファーちゃんの裸を見て鼻の下を伸ばしかけていたしな」

 と、皮肉を挟むのも忘れない。

「だけど……ありがとう……助かったよ」

「お礼なら武藤さん言ってやってくれ。俺は……武藤さん無しじゃ助けられなかったよ」

 とほんとの気持ち。あと付け加えて……、

「それに……さっきはごめんな」

「ん?」

「いや、剣道の話……」

「ああ、あのことか……気にするな。誰にだって失言はある」

 なんて物わかりのいいご様子で。なんとなく災い転じて福となす? わだかまりが解けてくれたようだ。ありがとう。運命。まあ、命からがら助かったわけだから、あんな惨劇にはそうそう出会いたくないが、雨降って地面が固まってくれたんだから悪いことばかりではなかった。


 武藤さんが悠長に着替え終わるのを待って、俺達は再びあのドアの前に集合。

 火は完全に消えていた。

「わぁ、焦げ焦げだねぇ」

 なんて、呑気な感想を述べる武藤さん。

 だけど……、

「専門家じゃないからわからないけど……、なんか火炎放射器であぶったような燃え方だな。ガソリンとか灯油とかをぶっかけて火をつけたというわけでもないし……、壁とかドアは確かにかなり焦げてるけど、床はそんなに燃えた感じじゃないだろ?」

 と俺は疑問を口にする。

「どうする? 一応、消防署か……警察にでも連絡するか?」

 と三月が模範解答的意見。

 俺としては乗り気じゃない。うまく言えないけど……、

「あたしね、ここに来るとき……部屋の前に来るとき……、ううん、家に入る前かな? すごく嫌な気配がしたの……」

 確かに……。俺もそうだった。

「わたしは……、それどころじゃなかったから……」

 三月は一人で部屋に残されていきなり燃え出したんだから仕方ないわな。パニックにも陥るだろう。

「だけど……その時は……なんだか、このドアだけじゃなくって家全体が燃えてるって感じがして……」

「あっ、それあたしも! あたしも家の前に来る前に全部が炎に包まれちゃってるって勘違いしちゃってて……」

 武藤さんの意見に一票。俺もそうだった。まさかこんな局地的な炎だとは思っていないかった。ほんとに大火事。下手すりゃ全焼ってぐらいの覚悟はしてた。大きく立ち昇る炎も見えた。

「つまりは……」

 と三月が意見のまとめに入る。

「推測でしかないんだが……、この騒動は、もちろん自然発火でもないし、通常の放火魔なんかによるものではない可能性が高いな……」

「どういうこと?」

 きょとんとした表情で武藤さんが聞き返す。いや、あんたも言ってたけどね。覚えてないか? 超能力者の力による炎。俺の意見は三月の発言によって賛成票を得る。

「わたしも……、これは誰か他の特殊な能力……超能力によるものの可能性が高いと思う……じゃないと……こんな跡形もなくいきなり消えるなんてこともないだろう?」

 至極納得。

「そっか、ふぁいあすたあたあ……」

 武藤さんも納得。というか思い出したようだ。

「もちろん自然に燃えた可能性もあるが……、人体発火現象とかな、事例はある。だがそれも、一部ではファイアスターターの故意の発火や、自分でそれと感じていない能力者の力の暴走であるなんてことも言われている」 何気に博識な三月。伊達に長年超能力者はやってないね。もちろん俺だって知ってたよ。親父にたたき込まれた。ファイアスターターはいわば俺の天敵。天敵でもあり、非常に親和性の高い能力だ。俺も発火訓練なんてのも受けたし。言葉通り水と油の能力だが、ファイアストッパーとファイアスターターにはなにか通じるものがありそうだ。

「幸いにして……、この一連の騒ぎ、外に漏れている様子は無い。燃えたのもここだけだ。ヒャッキンさえよければ……なんだが、大げさにするんじゃなくってひとつ、わたしたちの胸の内にしまっておいて様子をみるのはどうだ?」

 なんとなく賛成。そうするほうがいいような気がする。

 なぜなら……、警察や消防に調べられたりすると不審な点が数多く見つかりそうだし事の次第を説明するのが面倒だ。

 家に帰ると燃えていた。それは言うのは簡単だが、三月からすればその場に居ながら燃え出したわけだし火元も無い。どうやって消した、どうやって脱出した……なんて話も、真実を話せるわけもなく。だって超能力でなんとかなりました! なんてどこの大人が、誰が信じるよ? そうだろう。

「じゃあ、細かいことは置いといて、お掃除しましょうか?」

 なんて武藤さんが言いだした。確かに焦げ跡だらけ、煤だらけ。幸いにして木造家屋である我が家だが、親父の意向でこの部屋の壁だけは幾層にも重なった金属製。あの炎が何度(熱さね)あったかわからんが、溶けることもなくぴんぴんしている。ドアももちろん金属製。いやはや、こういうことを想定したわけではないのだろうが、もともとは超能力の遮断実験や透視能力の各金属から受ける影響なんて命題の研究のために設置された特別ルーム。俺の力不足によりそれらの目的は、見事に果たせなかったが、燃えてみて初めて役に立った。壁紙さえ張り替えたら元通り。そんな軽微な損傷で済んでいる。

 これが普通に木材で作られていたら……それこそ延焼を起こして丸焼けだったかも。

 でも、今からこれを掃除するのも面倒だ。親父にでも連絡して業者に丸投げしたい気分。

 

 掃除を言いだした武藤さんだったが、俺達が乗り気ではないのを見てとったのか、

「じゃあ、ご飯食べる? 材料買ってきたから……」

 と日常モードへ。強い。強いなあ。武藤さんの精神力。平常心。

「さっさと作っちゃうから! あんまり遅くなってもミーちゃんも困るもんね?」

 と、キッチンへと向かいかけて、買い出しの材料が玄関にそのままになっているのに、はたと気づいて玄関へ荷物を取りに行こうとする。


 なんだかんだあったが……、結局真相は闇のまま。深く議論することも無く、いつも通り――とはいえ、武藤さんの同居だの、初対面の三月と食卓を囲むだの変化にとんだ一日ではあるが――の生活を続行されるのか?

 そんなんでいいのか? 俺達。

 だけど、三月が……、常識人でモラリストの三月が、

「それなんだけど……ファーちゃん。今夜は……うちに泊まらないか?」

 と切り出した?

 なんで? って顔をする武藤さん。三月が詳しく説明する。俺への配慮も忘れずに。

「いや、ファーちゃんがここに住みたいっていうんなら反対はしない。それにわたしも……ヒャッキンさえよければ……だけど、ちょくちょく遊びに来させてもらおうと思う」

 まあ、いいよ。喧嘩もしたけど、一難去って、なんとなくだが、仲間という意識が芽生え始めている。この勢いで親交を深めるのは多分、お互いにとって損じゃない。武藤さんというプラスの触媒もいることだし。

「だけど……今夜は……、こんなことがあったところだし……」

 とそこで三月は言い澱む。が、意を決したように、

「こんなことは言いたくないんだが……」

 それだけ言ってまた黙る。

「可能性の問題なんだけどな。わたしたち、全員なのかこの中の誰かなのかはわからない。可能性としてはわたしであることが一番高いんだけど……」

 何となく言いたいことが見えてきた。俺も探りを入れる。

「狙われている……と?」

「まあ、言い方は悪いがそういうことになるかな。だから……しばらく、せめて今夜だけでも様子を見ておいたほうがいいと思う。個別に行動するのも避けるべきだ」

 と言い切ってから、ちょっと赤くなって、

「あ、単にわたしが怖いからっていうんじゃないからな! ファーちゃんだって、ヒャッキンだって狙われてる可能性があるんだ。三人で協力したら対処できることでも、一人の時だと危ないだろう?」

 言い分はわかった。至極まっとうだ。だけど……、武藤さんが三月の家に行っちゃったら……。

 俺だけ一人になっちゃいません? 男の子だからいいの? 結構クールね。自分さえよければいいのね? なんて、半ばあきれつつも、心のどこかで心細さを感じていると、温情。そんな冷たい子じゃなかった三月。

「もちろん……、ヒャッキンも泊めてやる。今晩だけだけどな」

 おお、ありがたい。というほどでもないが、お言葉に甘えるとしますか。

「じゃあ、三人で今日はお泊りだね!」

 なんて、不安を欠片も感じさせないで明るく言う武藤さん。


 話はまとまり、武藤さんの分の着替え。俺の着替え。明日の学校の用意なんてものを準備して、調理されるのを待つ食材を抱えて――ほとんどは俺の自転車の籠に放り込んだ――、三月の家へ厄介になることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る