人魚の瞳

ブナ

一. 依頼

 ある魔法研究所。カーテンが閉め切られた薄暗い室内で、二人の男が古めかしいウッドテーブルを挟んで向かい合っていた。

「儂はついに編み出したのである!この世を思い通りに改変できる魔の術をな。」

 年老いた魔法使いが興奮気味に口を開いた。

「そうかい、それは凄いな。」

 老魔法使いの対面に座っている黒装束の男が、興味無さげに相槌を打つ。

「この術はな、まだ理論の段階ではあるが、贄の力だけで発動させることが出来る。つまり術者の魔力は必要なく、誰でも発動させることが出来るのじゃ。」

「そいつは素晴らしいことだな。」

 黒装束の男は欠伸を隠そうともせず、大きく口を開けた。

「それで?そんな画期的な魔法を生み出したお前は、俺を雇って何をして欲しいんだ?」

 老魔法使いに雇われたらしい男は、椅子の背凭れに寄り掛かかりながら尋ねた。

「まあ落ち着け。この術の贄にはな、穢れを映しておらぬ人魚の生きた右目が必要なのじゃ。そこで、影使いのお前さんに人魚を攫ってここに連れて来て欲しい。お主ら影使いは得意であろう?こういう仕事が。」

 老魔法使いは片眉を上げて、にやりと笑った。

「まあ、人魚を攫うこと自体は簡単なんだが、その穢れってのは何だ?曖昧でよく分からんな。」

「穢れとはな、この魔法を行う術者のことじゃ。つまり儂じゃな。」

「…なるほどな、合点がいった。」

 影使いと呼ばれた男は、大きく息を吐いて頷いた。

「それで贄になる人魚自体は魔法の発動後どうなるんだ?必要なのは右目だけなんだろう?」

「やってみなければ分からんが、まあ恐らくまともではおられんじゃろうな。しかしどうしてそのようなことを聞く?」

「いや、気にするな。」

 男は眉間に皺が寄っているのを誤魔化すようにして聞いた。

「俺だけか?」

「お前さんだけじゃな。実は既に他の者にも依頼しておったのじゃが、中々連絡がつかんでの。その者はもうよいから、代わりにお前さんに頼んでおる。」

「そうか、分かった。どこの人魚がいいんだ?」

「ここから西に十日程歩いた浜辺に居る人魚が良かろう。あそこの人魚は清廉高潔で有名であるからな。この偉大なる魔法にうってつけじゃ。」

「よし、分かった。契約成立だな。報酬はしっかり用意しておけよ。」

「よろしく頼むぞ。ああそれと、贄の瞳には一度たりとも術者の姿が映ってはならんからな。人魚をこちらに連れてくる時も、贄の瞳は覆っておくのじゃぞ、念のためにな。いつ何かの間違いで儂の姿が映ってしまうとも分からん。」

 影使いは席を立ってから頷いてみせ、扉に向かった。

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