お姫様と羊飼い

 むかしむかしのとある国でのお話。その国の東の方の小高い丘の上にきれいな琥珀色の立派なお城があり、そこには優しくてかわいい年頃のお姫様が両親と一緒に暮らしておりました。お姫様はお父さんとお母さんの愛情をいっぱいもらってすくすくと育ち、身の回りのものは何でも恵まれていました。高価な布でできたきれいなドレス・きらきら光る宝石・金でできた髪飾り・立派な毛並みの馬を持つ馬車・美しい音楽・おいしいお料理…、傍目には何不自由なくなんでも手に入っていました。

 しかし、そんなお姫様にも満たされないものがありました、それは心です。ある時ふいに寂しさでいっぱいになったり、理由の分からない不安に襲われたり、いつでも「何かいいことないかな」と心の中で呟いたりしていました。そんな彼女を見て、夜空に青白く浮かぶお月様はそっと言いました

「お嬢さん、あなたは今ほんとうに大切なものを探そうとしているんだね」

 お姫様の住むお城からさらに東へ数里離れたところに、羊飼いの少年がいました。少年は決して貧しいわけではありませんが、これと言って何のとりえも財産も持っていません。小さな家に数匹の羊を飼い、きままに笛を吹き、詩を書きながらほとんど人とは会わずにひっそりと暮らしていました。

 少年はずっと前から琥珀色のお城に住むお姫様に恋していました。しかし、容姿も身分も財産も、何もかもが不釣合いであることから近づくことすらためらっていました。自分になんか振り向いてもらえるはずがない、自分と一緒になったって幸せになるはずがない、 いつもそんな否定的なことばかり考えていました。だけど、履かない恋心を抑えられるわけもなく、ただただいつも瞳の奥にお姫様の姿を映してはため息ばかりついていました。

 どうにも気持ちをおさえられなくなった少年は、1枚の便箋に気持ちを書き連ね、それをお姫様の元に届くよう伝書鳩に託しました。その日の夜、お姫様の部屋のある窓から一枚の手紙が舞い込みました。もちろんあの少年からのです。手にとって読んでみたお姫様は突然のことに動揺してしまいました。どう気持ちを受けとめればいいやら、思わずぽっと赤くなった頬を手で隠しなんとなく困ったような気持ちになりました。でも、心のどこかでは嬉しさもこみ上げていたんですよ。お姫様は羽のペンを取り羊飼いの少年へお返事を書き、同じ伝書鳩にそれを括り付けました。すぐに変時が返って来たのを見て驚きもありましたが、嬉しさもあり、ちょっと怖いような気持ちもありました。内容は、挨拶とお礼の言葉が綴ってあって、少年の望んだような言葉はありませんでした。がっかりもしましたが、なんとなく気持ちの落ち着きも感じていました。

 それから数ヶ月間、お姫様は毎日のように窓のあたりを眺めていました。あんまり率直には欠けなかったけれども、心のどこかでは何かしらの答、できればお姫様が望んでいる答えがやってくることをずっと待っていました。でもそんな気持ちとは裏腹に、なんの音沙汰もありません。お姫様は、星空の輝くバルコニーの下で、そして一人ベッドの上に寝転んで、「ばぁーか…ばぁーか…」と白い頬をぷっと膨らませながら、気の弱い頼りなさげな少年に愚痴をこぼしていました、そして時よりその頬に一粒の雫がほろりと流れ落ちるのでした。

 ある日、お城で町の人々を招待して食事会が開かれました。もちろん少年も招待状を受け取りました。行きたい気持ちは十分あるのですが、なんとなく気まずいような居心地の悪さも感じていました。でも会いたい気持ちに嘘はつけません、思い切って行くことにしました。

 真っ赤なじゅうたんが張り巡らしてある大きなホールには、白くて丸いテーブルがたくさんあって、その上には様々な料理とお酒がのっていました。あるテーブルにつくなり、少年はお姫様の姿を見つけました。彼女も少年に気付きました。彼女の赤みが買ったクリ色の髪の毛から風にのって香水のいい香りが鼻につき、なんとなく照れくさくなってしまいました。彼女も目があった瞬間、急に言葉がなくなって赤くなってしまいました。2人は軽く会釈をしただけで、お互い目をそむけて、少年は照れ隠しにワインを飲み、お姫様は照れ隠しにお友達とおしゃべりを始めました。どんな結果でもいい、2人の気持ちがうまくかみ合えば、もっと素直になれたのに…。気持ちのすれ違いは、汽車の線路のように、どこまで行っても平行線で、いつまでたっても決して交わることはないのです。

 ずっとこの様子を見ていた森のふくろうはホオホオと呟きました。

 「人間とは賢き生き物なり。そしてその賢さゆえに自分の心をもぼやかすことを覚えてしまった。人間、時には非常に愚かなり。」

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