第7話 私の想い

 暗い石段を一人降りて行く。

 もう3度目だけど、時刻は深夜。今までで一番怖い。

 でももうチャンスは今しかない。

 美耶子さんは自室に篭り、荒くれ者達は連れ立って出掛けた。

 ナイトの背中が見えない事がひどく心細いけど、頼る訳にはいかない。

 彼のために行くのだから。


 重い扉を押し開け中を伺う。

 美しく背を伸ばし、椅子に収まる銀髪の姫君が、絵画のように存在した。

 整っただけのかんばせが、私を認めると柔らかい微笑を浮かべる。


「どうした? こんな時間に一人か?」


「……あの……お話が……お願いがあって」


「うん?」


 優しく促してくれる。これから私は酷く身勝手なお願いをするのに。


「彼を……貴史を解放してあげて! こんな話に巻き込まないで上げて!!」


「すまぬのう。決め事なのじゃ。わらわにはどうにも出来ん」


 少し困った笑顔のままで。ゆるゆると首を振る姫君。


「だって、まだ子供だよ? あんな荒くれやおかしな人を相手にするなんて、無理に決まってる!!」


「心配しておるのか? じゃが決めるのはあやつじゃ。挑む事も退くことも、わらわに無理強いは出来ん」


 優しい微笑み。

 貴史はいつだってナイトだ。本物の姫君を前にして、退くはずが無い。

 だから貴女に頼んでいるのに。


「大切に想っているんじゃのう」


 穏やかな一言が、なぜだか見透かされたように感じて。


「好きだよ! 悪い!? 確かに私はあなたみたいに美人じゃない!」


 止まらない。惨めな私が止められない。


「でも、あなたみたいに――」 


「穢れていない、か?」


 優しいままの微笑で、屍織姫は私が犯すはずだった罪の葉を拾う。

 無様だ。みっともない。

 傷付けるはずの相手に気遣われ、私は言葉も無く恥じて俯く。


 沈黙を破り乱暴に戸を押し開けたのは、昨夜この場でナイトを痛めつけた2人の荒くれ者。

 続けて荒んだ目をした男達が、無作法になだれ込んで来る。

 安酒場にたむろしていそうな無頼漢や、あきらかに浮浪者らしき者。誰一人としてかたぎの人間ではありえない。


「ほんとうにこんな上玉好きにして良いんですかい?」


 凶相に欲情を浮かべたごろつきが、姫から目を離さぬまま大男に問い掛ける。


「旦那、こっちの娘っこも良いんですかいのう?」


 垢じみた大きな手が、固まって動けずにいた私の腕を掴む。


「桐月からは何も聞いていないが……」


 奇妙な物を見る目で私を見ていた大男は、さも面倒そうに口を開いた。


「あほうが!!」


 投げ出されかけた大男の一言は、姫の一喝に掻き消される。


「ぬしらのような下賤のものでは、一生目にも掛かれんほどの珠玉を前にして、小石に目を取られるかえ!?」


 妖艶な上目遣いで、私の手を掴んだ男を招く。


「わらわを満足させてからじゃろう。そうでなければ意味が無かろう?」


 通じる物があったのか、小男が大男に目配せをする。

 大男の指示で道を開けさせられた男達は、もはや私には石ころ程度の興味も示さず、我先にと屍織姫に群がった。


 本物の姫君ではなく、ただの夢想家でしかない私は。

 耳を塞ぎただ泣きながらその場を逃げ出す事しかできなかった。

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