13. 貴族の街へ


  †


 王都フェアーズウェルの中心には、王城がある。

 白亜の外壁と幾つもの尖塔をもつその城には王様とそのご家族が住んでいらして、のみならず省庁としての機能も有し、騎士団の宿舎や訓練施設が併設されていることから名実ともにこのサイリーフェア王国の中心部となる――政治的にも、軍事的にも。


 王都自体は王城を中心に同心円的に広がっていて、様々な区画が存在している。

 地位の高い貴族たちの住む貴族街なんかは王城に近い場所にあり壁で囲われていて、様々に趣向を凝らした邸宅が軒を連ねていて、眺める機会があれば、中々楽しめるらしい。


 なぜかと言えば、貴族たちにとって外見っていうのは取り繕って然るべきものだからだ。


 流行の衣服・調度品なんかは当然として、屋敷にいかに金を掛けれるのかっていうのは、ある種のパラメーターになっているからだ。王城や省庁で役職を持つ法衣貴族の邸宅は勿論、領地持ちの大貴族の別荘も様々な趣向を凝らした外観を持つ場合がある。

 これらを疎かにしていると、政治と社交の場で疎んじられ軽んじられることに繋がりかねない――というのは、クラサの説明だ。


「だから屋敷や調度品なんかに金を掛け過ぎて、豪奢な貴族ほど内実は火の車ってこともあるんだとか」

「見栄ってのは恐ろしいねぇ。上流階級もそれはそれで悩みがあるもンなんだな」

「こんな諺を知っているかい? 『日の下でも人は悩む』」

「なんだそれ」

「ある詩が原文でね。『人の悩みは星の数 夜空の星が全て落つとも 夜空に星無しと人は悩む』というのを捻った諺だよ。どんな時どんな場所どんな場合でも、人の悩みの種は尽きないって意味さ」

「ぷっ、上手いなソレ」

 

 まぁ目下のところ俺たちの悩みも金に関する事なんだけどな!

 その意味では貴族様たちと対等、と言っていいのかも知れない。違うか。


 そんな暢気な会話を、俺とクラサは走る馬車の中、貴族街の街並みを眺めながらで交わしていた。


 さて、普通許可証のない一般市民なんかは貴族街に出入りすることはできない。

 ましてや貴族様に雇われでもしない限り住むことなんて以ての外だ。

 だが何事にも例外はあるわけで、貴族でなくとも貴族街に住むこともできる。例えばA級冒険者として成功を収めるとか、大商会の幹部であるとか。著名人っていうのもアリらしい。


 そんな一部のセレブリティな方々にお呼ばれすれば、俺たちの様な木っ端冒険者だって通行証くらいは発行してもらえるわけだ。


 というか、俺たちが乗ってるこの馬車自体がその通行証代わりみたいなものらしくて、さっき通った一般街区との境目でも門番さん方は別に俺たちのことを改めようとしなかったからな。ちょっとドキドキして切符ちゃんと車掌さんに見せなきゃって感じで通行証スタンバッてた俺の緊張返せよ。

 

「お、見えて来たな。あの屋敷だ」


 窓の向こうを指して、クラサが言う。

 その方を見て俺は絶句した。外壁、そして広い庭。その先に屋敷どころか、ちょっとした宮殿って言っていいサイズの洋館がある。

 でかさだけで言えば、俺たちが寝泊まりしている王都郊外のあの半ば朽ちかけた洋館だって、未だ部屋がいくつあるのか俺は把握していない程なのだが――こちらのお屋敷はその三倍ほどの規模だ。


 王城を除けばこの王都で、最大級の建物であることは間違いない。

 

「ちょ、ちょっとでかすぎやしないか?」

「と言っても相手はこの国で最も裕福な人物だしな。国王陛下に遠慮してこの程度の館にしたとかなんとか」

「……王様より金持ちかよ」


 やがて馬車は、大きな門扉をくぐって、その敷地内へと入っていく。

 門にはこの馬車に飾られていたのと同じ紋章があった。

 

 この国有数の大商会を牛耳る、ジャネイレーラ家の紋章が。

 



 

   †



 

 

 馬車を降り、巨大な扉を開けばそこは赤絨毯が敷き詰められた広々としたエントランス。天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、採光窓から入る光にきらめいている。


「お待ちしておりました、クラサ・ダークウォー様。ターシャ・タスク様」


 そのエントランスで俺達を出迎えてくれたのは、扉の幅で二つの列を成したメイドたち。

 そして真ん中には白髪に片眼鏡、そして燕尾服をビシッと着こなした執事さんだった。


 カタブツの老執事、と言って思い浮かべるイメージそのままの姿をしている。敢えてイメージと違うところを上げるとすれば、犬耳と尻尾が生えているってところだろうか。


「お久しぶりでございます、クラサ様。その後お変りはございませんようで」

「ああ。ラウケも壮健そうで何よりだ」

「恐れ多きお言葉でございます。そして、初めてお目にかかります、ターシャ・タスク様」


 老執事さんは俺に向かって奇麗なお辞儀をして見せた。


「当家で執事として仕えさせていただいております、ラウケ・スゥエードと申します。以後お見知り置きをば」

「あ、はい、こちらこそ」


 突然慇懃な挨拶をされて、少し慌てる。

 いくら客人待遇とはいえこれまでの人生の中でこんな年上の人に頭を下げられることなんて滅多になかったからだ。

 あと両脇で列を成す美人メイドさん方から視線を浴びせられるのもね! なんかこう……ぞくぞくしちゃう。


「君は一体なにを体をくねらせているんだい? 気持ち悪い」

「え、あ、そう? 気持ち悪い?」

「では早速ですが、こちら奥の方へ。主がお待ちです」


 そう言って、先導して歩き出すラウケさんである。

 俺の醜態については華麗にスルーでございます。いや別にツッコんで欲しくはなかったけどさ。

 

 さて、ラウケさんの案内で館の中を進む。後ろから二人メイドさんがついてきた。

 途中壁際にはさりげなく絵画やら壺やらが飾ってあるのだが、これがまた素人目に見ても高級そうな出来栄えで。


「なぁ、クラサ」

「なんだい?」

「あの壺とか絵とかさ、値段ってわかるか?」


 チラリ、と見れば前を歩くラウケさんの犬耳がピクピクと反応をしている。


「ラウケに訊けばわかると思うが――どうせなら、今ではなくて帰りにした方が良いと思うよ私は」

「その心は?」

「値段を聞けば、心が折れるからさ。それでも訊くかい?」

「……ヤッパリヤメテオキマス」

「賢明だね」


 芸術っていうのは趣味性が高い分、認められれば価値は天井知らずだ。それがこの世界でも同じだというのであれば、そこら辺の三つ四つで、総額が俺らの借金額を上回るのかもしれない。

 そんなん言われたら確かに心が折れるで。

 

 そんな俺たちのやりとりを聞いていたラウケさんの、纏っていた気配がどことなく緩んだ気がした。……笑われてやんの、俺。

 

 そんなバカな会話を繰り広げていると、ほどなくして目的の場所に着いた。

 一見して他のものより一際上等とわかる木材の扉には、『執務室』と書かれたプレート。


「こちらで主がお待ちでございます」

 白髪の執事さんは、そう告げて扉にノックする。

 

「リオールさま。ラウケでございます。お客様をお連れいたしました――お通ししても?」

「……ああ、通してくれ」


 そしてラウケさんの手によって、扉が開かれる。

 その部屋にいたのは、この屋敷の――そして商会の主である、リオール・ジャネイレーラ。


 茶に近い黄色い髪の彼女は、部屋の奥にある大きな執務机から立って、俺たちの――いや、クラサのことを待っていた。


「お待ちしておりました、クラサ姫」


 そう言って一礼する彼女の額には、小さいながらも赤い輝き――真魔核があった。



 

 

 




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