12. 売れないかな?
†
「合計で、7万と250エズになります。この金額でよろしいですか?」
再び戻って来た冒険者ギルド。
建物の裏にある専用の窓口で本日の獲物を提出し、ロビーで一時待たされる。
周辺には同じような冒険者たちが自分の番を待っており、思い思いに過ごしていた。種族も性別も装備もそれぞれ違う彼らだが、共通するのは安堵の表情を浮かべているってところだろうか。
やがて回って来た自分たちの番。
そしてカウンターの受付嬢――朝も俺たちの担当をしてくれた、ユーキ嬢だった――が告げたのが、その金額だった。
7万250エズ。
本日1日をかけて薬草を摘み、そして
まぁ俺一人で得たものではないが――それが果たして、命を天秤の片側に乗せたものと吊り合う額だろうか。
こっちの世界の常識や相場について全く知識がない俺には判断しかねるな。
「クラサ?」
「うむ、まぁ妥当なところだとも。だが、若干買い取り額が高い気もするが……?」
クラサの見積もりでは、6万少しと見ていたらしい。7万に届くとは思っていなかったそうで、つまり予想の1割ちょっと増している。
「ああ、その理由でしたら兎ですよ」
「兎? 刃兎の素材のこと?」
「はい。非常に質の良い毛皮と角でした。それにお肉の方も品質が良いということでしたので、買い取り価格に若干のプラス修正がされたとのことです」
そう言われて渡された1枚の書類。依頼の達成証明及び契約報酬の支払い、そしてその内訳を記したものだ。
その内容をチェックしていたクラサが頷く。
「なるほど。確かに若干、兎関係が値段高いな」
ふむ。
先ほどクラサの言っていた刃兎食生活改善説を裏付ける証拠になるな。
俺は少し手に顎をやって、考える。
なんか……これ、もしかして。
「なぁ、ユーキさん。ちょっとお尋ねしたいんだが……」
「はいなんでしょう?」
俺は受付のユーキさんに、幾つかの質問を重ねた。
どうしてそんな質問をするのか不思議そうにしていたが、ユーキさんは職務を逸脱しない範囲で答えてくれる。その内容は概ね満足を得るものだった。
俺の質問が終わった後、クラサが手続きを終えてお金を受け取った。それで俺たちの用事は済んだ。後ろに並んでいた人もいることだし、早々に退散することにする。なお、傷ついた籠は修繕可能ということで修理費を僅かに天引きされただけで済んだのはラッキーだ。
ギルドの建物を出て、隣を歩くクラサが話しかけて来た。
「それで?」
「それで、とは?」
「判っているくせに、疑問に疑問で返さないでくれよ。さっきの質問の内容と意味についてさ。――きみは、一体何を思いついたんだい、タスク?」
俺がユーキさんにした質問というのは、兎の肉の買い取り価格の相場推移だったり、それが持ち込まれる頻度だったりだ。
「それだけだったら状況に一致する。何せ偶然にもキミは刃兎を討伐したのだから、その価格について気になるのはわかる。判らないのは、その後の質問……『刃兎をメインに狩るギルド所属冒険者たちの数』っていうのが、わからなくてね」
刃兎の討伐推奨ランクは、E。
ランクF冒険者でも単独でなければ安全に討伐できる程度の魔獣だ。なにせ、地域の農村部には畑を荒らす害獣として農夫たちに狩られたりしているそうな。農夫こええ。
ま、もっとも俺は安全どころか結構な死闘を演じたわけだが、そこはそれ、異世界から転生してきたばかりの、ド素人がナイフ装備しただけだったっていうことで一つ許してもらいたいところだ。
それで、俺の質問の意図なんだが、
「ちょっと思いついただけなんだけどさ。あの兎――売れないかと思ってさ」
「? 現にたった今、私たちはあの兎を売って金に変えて来たわけだが」
「いや、そういう意味ではなくてだな」
俺は、露店を指さす。串焼きの露店だ。
「露店で売れないかと思ってさ」
俺の言葉にクラサはきょとんとし、そして何かに思い至って弾かれたようにこちらを見る。
「――キミは、兎の安定供給を……事業を興すつもりか!?」
「せーかい」
ま、上手くいくかまだわからんが、ね。
†
現実的な問題としてだ。
10億という金額を返済するというのは非常に困難であると思う。
ただ返済するだけならばコツコツ返せばいずれ、という話もできるが、こいつには5年に一度バカじゃないかっていう額の利息がつく。
利息の額は、2億5千万。
見方を変えれば、五年ごとにその額を超える返済ができなければ、どれだけ頑張ったとしても借金は増えるのである。
なんつーか、無理ゲーにも程がある。
勿論そこを嘆いたところで話は始まらない。
クラサの祖父という人が一体何を考えてこんな借金の契約を結んだのか判り兼ねるが、返さねばならないというのであれば、返す努力はしたいと思う。それがこの世界で俺の保護者であるクラサの方針でもあることだし、それは良い。
ちまちまコツコツも馬鹿にしたものではない。塵も積もればなんとやら、だからな。
だけど一方で、俺はこうも考えるわけだ。
ドカンと一発、イケるチャンスがあるなら、積極的に拾っていくべきじゃないか、と。
だって、そうでもしなきゃ、こんな大金――五年以内に返せるはずも無いじゃんよ。
†
冒険者としてギルドに登録して、一週間が経過した。
この一週間俺とクラサがしていたことと言えば、実のところ初日とあまり変わらない。
朝館を出てギルドへと赴き、初心者向けの依頼を受けて、王都郊外の森へと入る。
受ける依頼は大体薬草類の採取だ。
低難易度魔獣討伐や王都内でのお遣い系依頼も受ける事はできるのだが、それより優先すべきだとクラサが反対したからである。
これにはちゃんと理由があって、薬草系採取の依頼は、同時に実地で冒険者活動に必要な薬草の知識を身につける機会でもある。初日の回復薬用薬草だけでなく、傷薬特化、解毒、整腸作用、解熱効果――どれも重要な物ばかりだ。
クラサは言う。
「冒険者必須の準備として、絶対に薬類は必要になって来る。当然そこらに生えている草よりも効果は高い。だが、敵との戦闘で荷物を紛失仲間は大怪我――などとなった時、比喩ではなく命綱としてこれら薬草の知識が必要になってくるんだ」
だからベテランの冒険者の中には、暇な時に薬草採取を趣味にしている者もいるくらいだ、とかなんとか続く。
ベテランの趣味の話はさておき、クラサの語る内容には納得できる。
だから俺は二回の休日を挟み、様々な薬草の採集に精を出した。
そしてそのいずれもにおいて、毎度の如く俺は兎に襲われた。
時には一日四体にも襲われたことがあって、そろそろ兎の食生活改善説は疑いようも無くなっていた。ギルドでも
ただし、人的な被害は精々軽傷止まりだし、相手が兎なのでギルドとしてはあまり自体を深刻には見ていないようだった。実際、中級以上だったら欠伸混じりで倒すこともできるのだから深刻になりようがないのだ。
冒険者とは、自己責任。
ギルドは冒険者たちの為の組織ではあるが、保護者ではないのである。
必要な情報は開示するし問われれば答えるが、それが深刻で無いのであればあえて大っぴらに喧伝することもない。
実際、刃兎の個体数増加はギルドも把握はしていたし、情報開示もしてはいた――ただし、魔獣に関する報告掲示板の片隅に、ちいさくひっそりと。別のもっと凶悪な魔獣の情報に追いやられていたせいだ。果たしてどれだけの冒険者たちが、刃兎の情報に気がついたことか。
もっとも、それに気が付く目端の効く者の殆どは刃兎の情報など必要とはしない、既に初心者の域を出た者が殆どだ。
つまり、本当にこの情報を必要とする初心者たちには伝わっていない。
じゃあ情報開示の意味がないじゃないか、という意見が出てくるだろうが、ギルドからしてみれば、自らの命に関わりかねない魔獣情報の見落としなど冒険者として言語道断、というわけだ。そんな輩には多少痛い目を見てもらって、体で勉強してもらうべき、どうせ死ぬほどのことは滅多にない――という、実にスパルタな立場を貫いている。
冒険者ギルドは、冒険者の保護者ではない、というのはこの辺りを指している。
しかし一方で支援し、協力してくれる組織でもある。
持ちつ持たれつ、頼り頼られつ、利用し利用されつ、支え支えられつ――それが冒険者と冒険者ギルドの正しい関係なのである。
……などと、ドの付く初心者冒険者である俺がそんなことを語っているのかと言えば、ちゃんと理由がある。
今俺が居る冒険者ギルドの、ランクF~E冒険者向け依頼掲示板。
その一角に、刃兎討伐・素材収集依頼が掲示されている。
依頼主の名前は、ジャネイレーラ商会。
王都随一の商会であり、このサイリーフェア王国の経済・政治に多大な影響力を持っている。実際抱えている私兵団や私有地、経済力は下手な周辺小国家を超えるもので――
まぁなんだ。
この商会の会長であるリオール・ジャネイレーラはクラサの抱える借金の債権者なのだ。
でもって、この俺が口八丁で、刃兎の素材収集依頼を出させた人物でもある、のだ。
わっはっは、やべぇ。どうしよう。
この国有数の商会のトップに、目ぇ付けられちまった……!!
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