11. いただきます ごちそうさま
†
本能的な刺激だと、思った。
木の枝で作られた即席の串に刺さった肉。
それが火にで炙られている。
表面に浮いた脂が、炎の熱でパチパチと音を立てている。流れた脂が炎の中に落ちて、一際強い方向を周囲に充満させた。赤い色の肉は熱に晒され炎に舐められ、白く、そして茶色がかり、若干の焦げを浮かせていた。
そんな感じになりつつある串の一本をひっくり返し、反対側を軽く火に当てて温めなおしたそれを、俺は口許に運び、大きく開いた口で、むしゃぶりつく。
「――ッ!!」
その時口の中に広がった感触を、なんと表現したら良いのだろう。
野趣溢れるその肉の弾力。その歯ごたえを堪能しつつも前歯を立てて噛み切れば、次いで熱い肉汁が口の中に溢れてくる。その旨味と風味に、舌が震える。肉の表面に揉みこまれた塩が、肉本来の味をより際立たせるアクセントとなって……
とかなんとか、自分の口の中で起こった出来事をそれっぽく表現することはできるが、俺が感じたことを完璧に余すことなく伝えるということは、絶対に不可能だと思う。
言葉と文字は人間の最も偉大な発明だと俺は思うが、絶対万能の道具でも無いと知っている。
要するに、
「美味い、美味過ぎる……!!」
それ以上の言葉を、俺は語ることができない。
まぁ単純に俺のボキャブラリーが貧弱ってこともあるのだろうけど。
だが今は、そんなことはどうでも良い。
そんなことを考えることにリソースを裂くくらいだったら、一秒でも早く咀嚼し嚥下し、コンマ秒でも早く次の焼けた肉を手にするべきだ。
手にしていた串肉を全て平らげると、俺は次の肉に手を伸ばした。先ほどから隙を見てマメにひっくり返して『育てた』肉だ。良い感じに火が通り、今まさに食べ頃であることは一目瞭然だ。
だが、俺が手を伸ばしたその串を、横合いからかっ攫った手があった。
クラサである。
見れば俺の手元から盗ったものとあわせて四本の串が、その両手に握られて――いや、なんぼなんでも食い意地張りすぎだろ。
「あっ、おいこらてめぇ! 何盗ってやがる!?」
「ふぉっふぁ? ふぁひぃふをふぉっふぁふを?」
「何言ってるか全ッ然わかんねぇよ! 口の中のモン飲み込んでから喋れ!」
「ひゃふにふひょーひょふふぁふぉのよのほほわり……!!」
「なんかカッコいい事言ってるっぽいってことしか伝わんねーよ!!」
突っ込みながらも、俺だって次の串に手を伸ばす。
空腹は最高の調味料だ、なんていうが、掛け値なしの事実だと思い知らされた。
場所は、森を出て少し戻った街道の脇である。
森で拾って来た枯れ枝と転がっていた石を使って即席のかまどをつくり、捌いた兎を焼いて食う。調味料は少しだがクラサが持って来ていた。
「しかし塩やハーブの持ち合わせがあるなんて、凄いな」
そのまま焼いていても充分に美味かったと思うが、塩と幾らかの乾燥ハーブのお陰で臭みが消えて味が整い、非常に美味かった。使ったハーブの中には整腸作用のあるものがあったとのことで、実に至れり尽くせりだ。
「持ち合わせというか、標準装備というか。冒険者っていうのはとかく突発的な出来事に出くわす職業の代表みたいなものだからね。日帰り仕事の予定が三日掛かったなんてザラだ。街の外に出るなら持っておいた方が良いものって言うのがいくつかあるんだよ」
「なるほどな」
例えばクラサは、杖を装備している。
この杖は彼女が普段から使用する愛杖なわけだが、近接戦闘用にもつれ込んだ時の為に短剣があるのだとか。
「世話になった先輩冒険者から、街の外ではどちらかだけは絶対に持ち歩けと言われた。どんな低ランクの依頼でも。最初は煩わしく思っていたけど、ランクDに上がった直後だったか……お陰で命拾いしたことがある」
今回と同じような採取系の依頼で、不意打ちで魔獣に襲われたのだとか。
死なないまでも大怪我を負うはずが、備えていた短刀で攻撃を受けることができたらしい。
油断大敵、とまで大げさでないにしても、備え有れば憂いなし、というワケだ。
実際クラサの持っていた調味料のお陰で非常に野趣溢れる食事にありつけたからな。
兎一匹――というか、一頭分の肉。
内臓や骨といった食えない部分も多いとは言え、それだけの量を、俺たちはペロリと平らげていた。自分の食欲に呆れるが、むしろクラサにとっては驚く程のことではないと言う。
「命のやり取りをしたからな。肉体が成長しているのだろう」
「成長?」
「ああ――フォーリナーの世界では、違うんだっけか」
「出たよ異世界常識」
俺の常識はお前の非常識って奴だ。
狭い日本でさえ、地域が違えば風習が違うのだから、いわんや異世界をや、だ。
クラサの説明によると、闘い・戦い・殺し合いといった、命のやり取りを制するということは物理的な意味で命を奪うと言うことに留まらず、相手の生命で以て自分の命を強化することに繋がるのだと言う。
「命で命を強化っていうと――相手の魂を食べるとか、そんなイメージ?」
「いや、そういう
そしてその過程によって進化する魂。魂の器たる肉体もその影響を受けて、より強く、靭く、剛くなっていくのだと言う。
レベルアップっていう区切りのないRPGってところか?
戦いによってスキルポイントを稼ぎ、自動で割り振られて行くような。
とにかくその魂の進化による肉体強化の反動で、戦闘のあとはとかく腹が減るのだとか。
「強くなった、実感なんてないけどなァ」
「そりゃ、新人とは言え刃兎一頭だけではな。私の聞いたことのある話では、幸運にももっと強力な魔獣を倒してしまった新人冒険者が、あまりの空腹に三日三晩食べ続けた挙句腹が減り過ぎて目を回して倒れたとか」
「ははっ、どんだけ腹が減ってたんだよ、ソイツ」
クラサも肩を竦めて笑っていた。
「ま、本当かどうかの話はさておいて」
彼女の視線を追って、俺も背後の籠を見た。
そこには本日の戦果がある。
・依頼の薬草 籠一つと半分
・
・刃兎の毛皮 一頭分
・刃兎の角 二枚
ちなみに、刃兎の毛皮が一頭分しかないのは理由がある。
クラサが仕留めた奴の毛皮はところどころ焦げて穴だらけで、とても売り物にはならなさそうだからだ。
「咄嗟のこととはいえ、私の失敗だったね。あそこで魔術を使うのであれば水か風の刃を飛ばして、スパッと切り落とすべきだった。いや、もったいないことをした」
切り落とすって、どこをさ!? と思わなくもないがツッこむのは止めた。
どんな魔術を使ったにしても、それで俺の命が救われたことに違いはないのだ。助けてもらった分際で口出しできるはずもない。
刃兎に限らず、毛皮や身体の部位が売れるという魔獣は多いらしい。
冒険者のランクが進めばそういう魔獣とも戦うだろうし、むしろ魔獣の部位採集の依頼があったりもするということなので、相手ごとに適切な戦い方を身につけるというのは大事なことなのだという。
その意味で今回毛皮をダメにした炎の魔術は下策ということになる。額の刃まで砕いていたら、本当に肉以外の回収ができないところだったのだ。
「だからと言って、狙い過ぎるのも良くない。躊躇ったり迷ったりして命を落とすくらいだったら、採集部位をムダにした方が何倍もマシだ」
ごもっともで。
命あってのモノダネだ。
そのモノダネを応急で修繕した籠に入れる。
よいしょと背負えば肩にズシリと来た。
「結構重いんだな。さすがでかいだけはある」
「まぁ、確かに少し大きいなこの兎」
「そうなのか。大物だったのか。……もしや、この辺り一帯のボス……!?」
「いや、さすがにそれは無いが」
苦笑したクラサが、隣を歩きながら小首を傾げる。
「もしかしたら、この薬草のせいかもしれない」
「薬草の? どういうことだよ」
「魔獣たちの生態は未だ全ては解明されていないんだが、この森の
ああ、だからか、とクラサは続けた。
「どうして森のあんな浅い場所で兎と出会ったのかと思ったが、そういうことか」
クラサが説明してくれた内容に、と俺は得心した。
大繁茂の時期を迎えた薬草によって、兎たちの食生活の環境が改善されたのだ。
人間にしろ動物にしろ、食糧問題が個体数の増減と密接に関わっていることは間違いない。実際元の世界でも、人類は農耕を始めて安定した供給が出来るようになると、その数がどんどん増えたのだと何かで読んだことがある。
つまり増えるのにも育つのにも食糧は必要で、多いほど安定して育って、しかも飢えないからまた増える、育つっていう循環が出来上がる。
その法則に魔獣だって例外ではなかったということだろう。
薬草が大繁茂の時期を迎えた。
兎は食料に困らなくなった。
増える。育つ。
勢力圏は森の外周付近へと広がる。
と、言うわけだ。
「加えてこの薬草だ……滋味に溢れてて、しかも回復の効果付き」
「なるほど、でかく育つわけだぜ」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは王都へと帰還した。
時刻は昼を回って、そろそろ日が傾き始めるか、というところ。
相変わらずの人出と、いくつもの露店から漂ってくる不思議な香り。
朝に出くわした時には思わず露店襲撃も頭に過ぎったが、ちゃんと昼飯を食べたお陰か、今はそれほどでもない――って言うか、朝の俺たちがどうかしてたんだよな、アレ。
是非とも賞味してみたいところだが、残念ながら持ち合わせがない。
仕方がないので、まずは籠の中身を金に変えなければならない――
と、いうことで俺たちは再び冒険者ギルドの建物へと入って来たのだった。
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