10. ウサギを捌こう!
†
「
森の茂みを掻きわけて現れたクラサは、周囲を一瞥してそう言った。
へたり込む俺。その傍に腹の切り裂かれた刃兎。
「凄い、のか? どうにも必死でなんとかかんとか仕留めただけなんだが」
「凄いとも。
「えっぐいな! っていうか、ソレ知ってたんだったら事前に伝えておいてくれよ!」
「だから私は、そばを離れるなってちゃんと言ったじゃないか。それをなんだ、薬草採集に夢中になって私からはぐれて」
事実を指摘されて、俺は言葉に詰まった。
「それは……悪かったよ」
「うむ、素直でよろしい。大事にはならなかったのだから、これを教訓として以後注意するように」
その言葉に、俺は神妙に頷いた。
ここは異世界。
俺が過ごしていた現代世界の日本じゃない。
日本の街中でだってふとした油断で事故が起こることは十分に有り得るが、この世界の危険度はその比ではないと身を以て思い知らされたからだ。
「しかし綺麗に仕留めたものだね」
そう言ってクラサは俺が仕留めた兎の横に屈みこむ。
それで彼女が背負っていた籠の中身が見え――
「薬草で一杯!? お前こそ俺のことそっちのけで薬草摘みに夢中になってんじゃねえか!!」
「ふん、何を言う。私がキミのことを一瞬でも忘れることが有り得ないとでも思っているのかい?」
「おいこらてめぇ、今ややこしい言い回しで自己肯定しなかったか!? 保護者だろうが!!」
「百歩譲って私がキミのことをすっかり忘れて薬草採集に夢中になっていたとしよう。ランクCの冒険者である私にとってこんな依頼などド新人だった頃以来で、キミに付き合うなんて理由でも無い限り受ける事自体ないんだ」
「つまり?」
「つまり、つい懐かしくなって夢中になってしまっただけだ。なに、気にするな」
「お前途中で言い訳するのメンドクサクなったろ!? 保護者失格か!」
「いちいち細かいことを気にする男だな――いや、今は女か」
「それもお前の仕業なんだけどな!?」
そこでクラサは、苛立ちを抱えた瞳で俺の身体、というか胸をチラリと見た。
「な、なんだよ」
「……ちっ、私より大きいとか」
「この身体デザインしたのお前だろうが!! なんでキレてんだよ!!」
「バストサイズの違いが女性的魅力の決定的差ではないと言うことを教えねばならないな」
「何の話だよ!」
「我がダークウォー家に代々伝わる美容健康豊胸体操について?」
「そんな話をしていた覚えは欠片も無い!」
「ところで我がダークウォー家は男系でな。私の時、娘が生れたのは一体何百年ぶりなのか判らないくらいだと評判に」
「だったらなんで豊胸体操なんて伝わってンだよ!!」
「父も祖父もマスターしたと聞く」
「知りたくねぇよ! 失伝してしまえ、そんな豊胸体操!!」
「そして私はまだ教わっていないのだ……くそぅ!」
「お前の家系最悪だ! なんで肝心のお前が教わっていないんだーーッ!?」
心の底から、俺は叫んだ。
悔しそうに地面を叩くクラサだが、ひょこっと表情を切り替えて、
「胸の話はさておいてだな」
「お前から始めた話なんだが……納得いかねぇ」
「気にするな。それより、この兎なんだが」
言いながら、クラサは杖を置いて懐からナイフを取り出した。
「何をするんだ?」
「捌こうと思って。……いや、ちょうど良い。やり方を教えるから自分でやってみたまえ」
う、と俺は鼻白む。
「慣れない内は見た目にもキツイものがあるが、冒険者の必須技能だよ。通過儀礼って奴さ」
俺は立ち上がり、自分が仕留めた兎の近くに寄った。
もう何も映すことのない瞳が虚空を眺めている。
魔獣は、その体内に魔核を持っている。
それは売れば金になるものであり、魔獣の種類によっては他にも牙、爪、毛皮、一部内臓組織もまた対象だ。
冒険者となるということは、それらを採取し売って金に変え糧を得るってことだ。
それを残酷なことだと、言うのはおかしい。
他の生き物を食べて生きる以上、全ての生命はそれを言ってはいけない。
植物でさえ、自らの縄張りを主張する。大地に根差し枝葉を広げ、陽光と養分を摂取することで他の植物たちと生存競争を繰り広げているから。
究極的に、生きるとはそういうことだ。
他の何かを害し糧にするということだ。
「俺はこの世界で、借金を返して生きるって決めたんだから……」
俺の呟きは、クラサにも聞えていたようで、
「……私が言うのもなんだが、もうちょっと格好の良い生きる目的は無いものかな」
「ほんっと、お前にだけは言われたくないなそれ!! てめぇの借金だろが!!」
「まぁまぁ、そう言わずに早くやろう。昨日からまともな食事にありつけていなかったからな」
「……あぇ?」
何を言っているのか、という顔をすると、クラサも不思議そうな顔をして、
「? だから、早く捌いて食べよう。塩振って焼くと美味しいんだ、この兎」
と、そう言った。
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