8. 薬草採集
†
「『借金王女』だと……?」
「『借金王女』? マジか、久しぶりだな」
「『返済王』はどうしたんだ? ここ数年見ていない気がするが」
「後ろに居る白いのは誰だ? 王女に姉妹がいるって話は聞いていないが」
クラサが受付嬢のユーキに、変な呼ばれ方をされた。
するとそれを聞き咎めた周囲の冒険者たちがクラサの事を見て騒ぎだしている。
「お、おいクラサ。なんか注目されているんだが」
しかし、帰って来たのは重々しい溜息と、無言でフードをめくり上げる動作である。
素顔が顕わになったことで、ざわめきが更に大きくなる。
「マジだ、『借金王女』だ。最近見かけなかったから、てっきり夜逃げしたとばかり」
「バカ、そんなわけあるか。デカいヤマ抱えて帝国に行ってたんだよ」
「いや俺が聞いた噂では雪山で遭難して、現地の村人に助けられてそのまま定住したとか」
なんか……クラサって、有名人だったんだな。
少なくとも本人が望んで、ということは無いだろうが。
辺りの状況に気が付いたユーキは自分の失敗を悟ったのか、慌てて謝って来た。
「も、申し訳ございません。つい、思わず……本当に申し訳ございません!」
「はァ……もう気にしなくていいよ。冒険者活動を再開すれば、遅かれ早かれだったんだ。気にしないでくれ。それよりも仕事の方を、早く」
「は、はい!」
促されてユーキは慌てて、書類を取り出した。
†
無事俺の冒険者登録が済んだ俺とクラサは、出て来たのとはまた別の門を潜って王都の外へとやって来ていた。
時刻は昼ごろ、そろそろ昼飯時ではあるが、残念ながら俺たちに飯を食う金など無い。弁当を作る食材もなかったので、空腹は我慢しなければならないのだマジファッキン。
王都の傍には森があり、そこへと続く道。
背中にはギルドで渡された大きな籠を俺たちは背負っていた。中身は勿論空だ。
それとは別に、俺は腰には小さなナイフ。革製の脛当て胸当て、そして籠手まで装備している。
籠は、ランクF依頼『回復薬用の薬草採集』の為に渡されたもの。
武器と防具は新人冒険者用に、質の低い装備を安く貸してくれたものだ。
初手から武器防具まったく無しって冒険者も珍しいらしいが、新米だと装備が破損しても手入れに回す金が無いため、冒険者ギルドが援助の一環として貸し出してくれているのである。
武器がナイフなのは、他にも剣や斧があったが扱い方が判らなかったから消去法で選んだだけだ。もっともナイフの扱い方と言っても、精々包丁を握ったことがある程度なんだが。
のどかな日差しの中を歩きながら、俺はクラサに尋ねた。
「それで、受付での騒ぎは一体何だったんだ? なんか変な綽名で呼ばれていたが」
「まったく不本意な二つ名だよ。……例の借金が原因なんだが、実はあれ、私がこしらえた物ではないんだ」
聞けば、クラサの祖父がある大事業に乗り出した際に出来たものらしい。
「私が生れるずっと昔のことだ。爺様は、その事業にコケた。それはもう盛大に失敗した。しかもその際に、大怪我を負ってそれが元で亡くなってしまった。それについては追々話すこともあるだろうが、とにかく父には莫大な借金だけが残ったんだ」
それを、クラサの親父さんは必死に働いて返済しまくったらしい。
ただし元の額が巨大な上、五年に一度の利子が大きく響いて来たらしい。
返しても返しても減らない借金。
見かねて債権者がもう良いと言ってきても、それでも親父さんは返済を続けたという。
「そしていつしかついた二つ名が、借金の『返済王』。であるから、娘の私は『借金王女』などと呼ばれるようになった、というわけさ。別に私の金遣いが荒くてあちこちから借りまくっているってことは無い。借りているのは一か所からだけだ」
「なるほど、そういう事情だったんか」
むすっとした顔のクラサに、俺はそれ以上話を聞けない。昨日も踏みかけた地雷だな、これは。
確かに、自分が生れる前から存在する借金が元で有名だとか、少しも嬉しくないしな。
丁度森との境目に辿りついたことだし、お仕事に集中しましょうか。
俺は籠の中から、見本として分けてもらった薬草を取り出す。
葉の裏が白いのが特徴の、ヨモギの様な草である。まぁ、元の世界でもヨモギは漢方でも使われる薬草なんだが。
とにかくこの草を集めて、ギルドに持っていけば買い取ってくれるわけだ。
大量消耗品なためノルマは無し。好きなだけ採って持っていけばいい。勿論真面目に沢山持って行った方がギルドの評価は高くなる。
そしてこの薬草採集、依頼ランクは当然F。
新人だったら必ず一度は受けることになる定番である。
通常であればランクCであるクラサが受けるのはマナー違反となるらしいが、彼女がこの場にいて一緒に依頼をこなすのにはちゃんと理由がある。
冒険者っていうのは強大なモンスターを討伐したり、とかく華やで格好良いイメージが世間一般に浸透しているが、実のところ雑用や書類仕事のような地味な部分も多いのだ。それに、どうしてもガラが悪い奴らが集まって来るし、中には少年時代の憧れのまま冒険者になったりする人もいるらしい。
それに野宿の技術や魔物たちについての知識をちゃんと持っていないと、命にかかわることだってある。
そう言った『冒険者としての現実や必須技能』を知らない新米を指導教育する教官がいるのだが、パーティを組んでいる場合に限り、ランクC以上の冒険者が教官役を代行することができるのである。
そう言ったわけで、クラサは俺に対しての教官代行であるのでこのランクF依頼についてきた、というわけだ。
「さて、この薬草だが」
と、気を取り直したクラサが森の方を指して言う。
「あまり強い日光の下だと中々育たないという性質を持っている。そこで森の中の下生えなんかによく見られるんだが、王都周辺ではこの森に沢山生えているわけだ」
「なるほど」
「そこで私たちはこれから森に入って薬草を採りまくる。ただし、森の外周部にもランクFだが魔物が出没するから、私から離れないように。以上、質問は?」
「はいセンセー、ありませーん」
「よろしい。二人で籠半分も集めれば、今夜と明日の朝ごはん代くらいにはなるはずだ。いずれランクアップして大きな仕事をして借金もドカンと返したいものだが、まずはタスクにこの世界に慣れてもらう必要があるからな。コツコツ行こう」
「おーッ」
そんな会話を交わして、俺とクラサは森へと入って行った。
まぁ、その約三十分後。
早速俺はクラサとはぐれてしまったわけなんだが。
さて、どないしたものか。
†
「まいったな……」
柔らかい木漏れ日降り注ぐ森の中でぽつんと一人立ち竦んで頭を掻く。
前を見れば鬱蒼と生い茂る森。後ろをみれば、さほど変わらない風景が続いている。
というか、自分がどの方向からやって来たのかすっかり忘れてしまっていた。
理由は、既に籠の半分以上になるまで採取した薬草である。
どういうわけなのか、例の裏が白い薬草が、そこらじゅうに生えていたからだ。
ちょっと屈みこんで見れば、ここにも、そこにも。
ぷちぷち引っこ抜いて移動して、また引っこ抜きまくる。
クラサの方を見てみれば、彼女も俺と同じような状態だった。
「なぁ、クラサ。なんかエライ沢山生えてるんだけど?」
「私も驚いた。十数年に一度の周期で大繁茂するらしいんだが、丁度今年が当たり年だったらしいな」
「これはもしかして、簡単に籠埋まっちゃうんじゃないのか?」
「そうなれば今夜どころか、明日の分まで稼げるな!」
その言葉に俺たちは顔を見合わせた。
途端、どちらの腹も「ぐう」と鳴り、
俺たちは脇目も降らず、恐ろしい勢いで薬草を摘んで摘んで、摘みまくったと言うわけだ。
そして気が付けば、森の奥でたった一人、と。
さて、どうしよう。
辺りを見回してみるが、やはりクラサはいない。
前後左右、どこを見回してもどっちが森の奥でどっちが外なのかもわからない。
「おーい、クラサーッ! 聞えたら返事してくれーっ! 聞えなくても返事してくれーっ!」
大声で呼んでみたが、やっぱり返事が無い。
これは、もしや。
……遭難というやつではなかろうか。
「えへへ、そうなんですぅ~って、バカやっている場合じゃないぞ」
そんな自分を落ち着かせようと冗談を飛ばした時、背後で、ガサリ、と草をかき分ける音がした。
「ッ!!」
音がした方を振り返れば、
「……兎?」
そう。そこに居たのは、兎だった。
灰色の毛皮をした兎だ。
ただし、でかい。
柴犬(成犬)くらいのサイズがある。
しかも額に、なんか生えてる。
刃物のような鋭い角が――
俺の脳裏に、森に来る前にクラサから受けたレクチャーの内容が蘇る。
「森には様々な魔獣が現れる。例えば
襲いかかって来るから。
一人では相手しないように。
「って、今俺一人だし……!」
刃を額に生やした兎は、俺を見ても恐れる素振りも無く、むしろのそりと近づいてきやがった。その眼を見て、直感的に本能的に悟る。
捕食対象として見られてる。
そう思った瞬間、俺はナイフを抜き放ち、構えた。
ピイッ、と兎が鳴いた次の瞬間、奴は地面を蹴って俺の方へと――
異世界に来て初めてのお遣いで、俺は刃兎と戦闘を開始した。
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