7. 冒険者ギルド



  †



 心許ない。

 それが、俺の現状に対する素直な感想だ。


「スカートって、こんなにスースーするんだな……」

「何をブツクサ呟いているんだい? 迷子にならないように、ちゃんと付いて来るんだぞ」

「へぇーい」


 気のない返事を返しつつも、俺はクラサの後を追って歩く。

 目の前には大きな石造りの門。見上げるほどに高く、見渡す程に巨大なそこを、俺たちは歩いていた。左右を見れば巨大な門扉。今は完全に開け放たれ、多くの人々が各々の目的の為に歩いている。

 街の中へと。

 あるいは、街の外へと。


 王都フェアーズウェル。

 その南の大門を、俺たちは今くぐったのだった。




「あまりきょろきょろしてくれるなよ」


 黒を基調としたローブのフードを被ったクラサが、そう話しかけて来た。


「いや、そりゃ無理ってもんだろ」


 南大門から、王都を貫く大通り。

 その通りを歩きながら、俺はおのぼりさん丸出しで辺りを見回していた。

 これが異世界――レンガで造られた建物が立ち並び、ヨーロッパの古都に迷い込んだかのようだ。海外旅行することなく死んでしまった俺には物珍しいのオンパレードだ。

 何が珍しいって、道を通る人々である。


 金髪・赤毛・黒髪は当たり前だが、それ以外にも緑や青といった不思議な色をした髪の人々が、当然に存在している。

 それだけではない。

 不自然なくらい背が低いのに、しかしガッシリした体格のヒゲ面のドワーフ。

 華奢な体格で見目麗しく、耳の尖ったエルフ。

 逆に、身長が三メートル近くある巨人族。

 猫耳や犬耳、あるいは背中に羽の生えた鳥人、顔や腕に鱗のがある青白い肌の蜥蜴人といった獣人たち。

 俺の知る、普通の人間。その半分くらいの割合で、普通ではない人間が当たり前に歩きまわっているのだ。

 そして、種族に関わらず、鎧や武器を帯びている人たちも一定数見られる。


「これが、異世界か……!!」


 俺はこの時初めて、この世界グランドランドが自分の居た地球ではないのだと、心のそこから実感した。


  †


露店通りと呼ばれるらしいそこは、ある意味で今の俺たちには地獄の一丁目だった。


見たこともない、あるいは元の世界の物に似ている食べ物を出す露店が幾つも並んでいるのである。勿論そればかりではないが、昨晩からまともな食事をしていない俺とクラサにとって、ある意味で試練の空間だった。


「クラサが近道だからって言うから……!」

「私も完全に失念していた。申し訳ない」


何の肉か知らないが、露店の店先で焼かれている肉。

表面に浮いた脂がじゅうじゅうと音を立てて……!


屋台で売られている串焼きの香りに腹が鳴りそうになるのを我慢しつつ、俺たちは再び大通りへと出た。


俺とクラサは互いの顔を見た。表情には安堵。

互いにギリギリの試練を乗り越えたのだと、言葉ではなく知れた。

あるいはお互いに、互いの存在が最後の良心だったかもしれない。アイツは我慢している、だから自分も。

誘惑の試練。あと一歩で俺たちはあまりの空腹に露店を襲撃していたところだ。

実に情けない話だ。


大通りを更に進んで、俺たちはその一角を占める大きな建物の扉をくぐった。

俺たち以外にも、沢山の人が次々に出入りしている。その殆ど全員が、何らかの武器を帯びていることに俺は気が付いた。


「取り敢えず、目先の金をどうにかしなきゃならない。よって、今日は日雇いの仕事をこなすべきということになる」


 道中クラサは、俺にそう説明してくれた。


「ここが、そうなのか」

「ああ。さっき説明した通り、ここが王都の冒険者ギルドだ」


 広いホールの中は、様々な恰好の人々でごった返していた。

 人間だけでなく、亜人種や獣人種も数多く、その殆どが何らかの武装をしている。見るからに重厚な全身鎧を着込んだ男がおり、その隣にはローブと杖を装備した女性がいる。パーティを組んで居る者、ソロの者。

   彼らが列を為して並ぶ先には受付があり、ギルドの職員が対応をしていた。

   そんな列の一つに、俺たちも並ぶ。


 「まずはキミを冒険者ギルドに登録しなければな」

 「クラサはもう登録してるんだっけ」

 「まあ、一応ね。ギルドに登録しておけば、ホムンクルス作成のための素材が一部手に入りやすくなるから。別に登録しているだけで活動しないならそれでも構わないから」


 そう言ってクラサが取り出したギルドカードを見せてもらった。

 クラサの名前の横に、『ランクC』と書かれている。


「冒険者ギルドに登録したばかりの新人は、特殊な例外を除いてまずランクFから始まるんだ。そこから依頼をこなしてランクを上げて行く。ランクの高さはそのまま依頼難易度と対応しているから、ランクFのド新人はランクCの依頼を単独では受ける事はできない」

「なるほど。逆に、自分より下のランクの依頼は受ける事はできるのか?」

「できるけど……まぁ状況次第でマナー違反って言われる事もある。新人の仕事を奪ってしまうことになるからな」


 クラサの説明はなおも続く。


 ランクはFから始まり、Cで一応一人前と言われているらしい。大体のボリュームゾーンもCの辺りなのだと言う。つまり、ランクCまでくれば一人前というわけだ。

 FやDだと採取やお遣い系の所謂雑用仕事が多いが、C以上となると魔物の討伐依頼が中心になる。或いは各地に発生する迷宮攻略など、戦闘・生存能力が重視されるものが増えるため、ランクアップするのが困難なのだ。

 さらに上――つまりAランクとなると、得られる名声と報酬は桁違いになる。その名前は大陸中響き渡るし、それこそ一度の依頼で数千万の報酬だってザラだ。


「ただし、そうなると相手はそこらのザコどころじゃ無くなる。ドラゴンや死霊軍団の討伐、あるいは極地にしか生えない薬草の採取。そういったものが仕事になる。というかランクAともなると依頼主が直接指名するか、内容に応じてギルドが割り振るかのどちらかになることが殆どだ」


 その依頼主も、大富豪だったり国だったりすることもあるという。

 そしてAやBの一部有望な冒険者たちは、富豪や商会のお抱えとして雇われる事もあるとか。


「ふうん。最高ランクはAなんだな」

「いや、もう一つ上――ランクGというものがある」

「……G? なんでG?」


 普通Sとかじゃないの? と思ったが、理由があった。

 迷宮である。


「迷宮はどこにでも存在し、発生する。異界化現象といって、原理は解明されていないんだが、何の変哲もない草原や森に突然空間の揺らぎが発生してそれに触れると内部に入ることができるんだ。大抵は人の居ない場所が迷宮化するんだが、極稀に人里に発生することもある」

「発生条件とかはないのか?」

「いくつか仮説はある。有力なのは魔力溜まりが変化するのではないか、と言われているが、本当に突然だから仮説の域をでないな。何の変哲もない民家のトイレがある朝突然迷宮化したことがある……という記録が残っている」

「やだなぁ、それ」


 ちなみに迷宮は元々の場所に影響を受けるので、草原だったら草原の、洞窟だったら洞窟の迷宮になる。よって、トイレが迷宮化したそこは非常に臭かったらしい。

 人里内に発生した迷宮は領主や国の支援によって速やかに攻略されなければならない、とされている。放置すれば中から魔物が出てくることがあるためだ。

そのため緊急強制依頼で攻略を担当した冒険者パーティは涙目で攻略し、しばらく匂いが離れなかったのだと言う。もちろん周囲は深く同情したとかしないとか。


「心の底からやだなぁ、それ」

「全くだ。それで迷宮の名前の通り、大抵中は迷路になっていて、最奥には迷宮核と呼ばれる魔力の塊が存在している。これを安置されている台座から動かすことができれば攻略だ。少しの時間をおいて、迷宮は消失する」


 魔物や一部の幻獣には魔核が存在する。

 これは魔力と呼ばれるエネルギーが結晶化したもので、回収して売れば金になる。魔道具というものの動力源として使われるというから、地球で言うところの電池や石油・ガスといった化石燃料的な扱いなのだろう。

 同様に迷宮核もまた魔核同様魔力の塊なので、これまた金になる。外より迷宮の方が魔物・魔獣は強い傾向にあり、強い魔物ほどより大きく質の良い魔核を持っている。

 迷宮も同様だ。大きく、内部が複雑で、強い魔物が跋扈しているほど迷宮核も質が良いものになり、高く売れる。


「だが当然、迷宮核を手に入れるには迷宮の番人ダンジョンボスを斃さねばならないのだが――一部の超高難易度迷宮において、迷宮の番人を務めるのは神様なんだよ」

「神さ……えっ、神様?」


 突然出て来た単語に、俺は思わず聞き返した。

 神様が最奥を護る迷宮――なんてファンタジー、と思ったが、ここは異世界。

 魔物が存在して、それを狩る冒険者や依頼が普通に存在し、エルフや獣人が暮らす世界。

 だったら神様の存在が当然に認識されていても不思議ではないだろう。


「故に、その迷宮のことを『神級迷宮』と呼び、攻略することの出来た冒険者には名誉と栄光、そして最高のランクGゴッドが与えられる……というわけさ」


 もちろん、神級迷宮を突破するなど生半可なことではない。

 ランクGに至った人間は、歴史上数名しか存在しないそうだ。


「しかしなんでまた、神様が迷宮に居たりするんだろう」

「それにもちゃんと理由があるんだが……おっと、この話はまたいずれ。私たちの番が来たぞ」


 話に夢中になって気が付かなかった。

 カウンターの中には制服を着た受付嬢さんがいて、クラサがイスに座る。


「本日受付を担当させていただきますユーキ・カジョウと申します。本日はどのようなご用件でしょう?」


 ユーキさんは獣人だった。茶色い髪が生えた頭、その上に犬の耳が生えている。


「うむ。まず、後ろに立つホムンクルス――タスクの冒険者登録をしたい。私自身がランクCだから、初心者講習は不要だ。そしてランクFの依頼を受けたいのだが」


 そう言いながら、クラサは自分のギルドカードを差し出した。

 受け取ったユーキ嬢はカードを確認し、そして素っ頓狂な声を上げた。


「く、クラサ・ダークウォー! かの『返済王』の娘、『借金王女』!!」


 すると、一斉に周囲の目が俺たち……というか、クラサに集まった。

 クラサはやれやれと溜息を吐き、頭を振った。事情の判らない俺はおいてけぼりでキョトンとクラサの後ろに突っ立っているだけだ。

 

 っていうか、なんだよ『返済王』とか、『借金王女』って。

 クラサの借金って、そんな有名なん?

 

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