第1章 初めての●●
6. あした おなか へります
†
金を稼がねばならない、というのが俺とクラサの共通見解だった。というか、借金の有無に関係なく当然のことなんだが、何と言っても目標金額が文字通りの桁外れって奴だからな。
頭に嵌められた金環の力まで使われてしまい、結局俺はクラサの握手を外すことが叶わなかった。しぶしぶ10億の借金返済協力に同意する。
聞けばこの借金、ちょっと特殊な契約になっていて利子は毎月ではなく、五年に一度なのだという。
なお余談だが、この
ひと月がそれぞれ30日。それが12カ月ひとまとまりで1年。ただし年末年始に5日の『祝い日』というものを挟み、1年は合計365日となるそうだ。
前回俺の頭がパーンッてなった後、その修復および現在入っている女性体を作成するのに約3カ月が過ぎているらしい。その間に暦は進んで年が改まったのだそうだ。
よりによって今年がその利息が付く年であり、しかも端数を切り捨ててもらって、現在の借金は10億エズなのだと。
ウン千万エズを端数と斬って捨てることができる債権者さまは実に太っ腹でございますこと、というのが俺の感想である。
そこらへんの事情はさておき、ニコニコ借金返済計画を立案せねばならない。
朽ちた館のリビングで、俺たちは話し合っていた。
「もしこのまま一切返済せずにいたら五年後で、いくら増えるんだ?」
「利子の額は固定だよ。五年ごとに2億5千万だ。つまりあと四年と九カ月以内にそれ以上の返済ができないと、借金は増える」
「溜息しかでない金額だな」
雪だるま式に借金が増えるって表現があるが、それは複利の場合だ。
例えば100万の借金に利息が10%だと、一回目の利息は10万だ。合計で110万の借金。
しかし二回目の利息は110万の10%なので、11万となる。合計は121万。
次は合計133.1万。次は146.41万。そして五回目では161.051万となり、十回目では259万を超える。
これが単利の場合だと十回目の合計では200万なので、差額の約60万が複利によって生み出された部分となる。これが複利の恐ろしさだ。
だが、今回は利息額固定だ。借金を返済し終わるまで、五年ごとにとてつもない額の利息が上乗せされ続ける。
積み重なれば山となる複利の恐ろしさと、五年周期で山そのものが降って湧く利息固定。
より恐ろしいのはどちらなのだろう……などと考えてしまった。
「なぁ、そもそも借金を放棄することはできないのか?」
「それだけはできない」
俺の提案に、しかしクラサは首を横に振った。
日本でならば裁判所にでも訴え出れば早い気がするが、残念ながらここは異世界である。日本の法律が通用するわけではないし、そもそも俺だってそんなに借金に関する法律にく鷲語ったわけではない。
それに、
「この借金は事情があって、放棄すること自体ができないんだ――そういう契約に基づいているんだ」
「?」
「そこらへんのことはいずれ、追々だな」
「……わかった」
どうもクラサの表情が曇ったものになってしまった。
どんな契約だったのか気になるが見えている地雷をいきなり踏み抜くのも躊躇われるので、今回は心に留めるだけにしておこう。
なんか気安く会話しているが、俺とクラサの付き合いは、俺体感では一日にも満たない。
特殊な出会いで不思議な関係となってしまったが、俺たちの間には、まだそこまで踏み込んでも良いと思えるほどの繋がりなど無いのだ。
「前向きに考えよう」
と、俺はそう一言おいて仕切り直した。
「利息はでかいが、四年以上の期間が残っているっていう部分は朗報だな。この間に借金を返す当てがあれば最高なんだが……なんか無いか?」
「一番期待できる当てと言えば、私特製のホムンクルス――つまりはキミだな。キミと同じタイプのホムンクルスを量産できれば、借金どころかひと財産築くことも不可能ではないだろう……だが」
「量産体制を整えるにも、金が必要か」
俺は溜息をついた。
その辺りの会話は、前回もしたことを覚えている。
「う~~~~ん」
俺が唸っていると、クラサは仕方ない、と呟いた。
「お、なんか思いついたのか?」
俺が期待を込めて尋ねると、クラサは力強く頷いた。
「うむ。――――諦めよう」
「俺の期待返せこの野郎」
1秒でダメにしやがって。
しかしクラサは、したり顔で続けた。
「諦める、と言ったのはここで返済計画を立案することを諦めよう、って意味だ。私はキミの身体の世話をずっとしてきたから勘違いしていたが、そもそもキミはこの世界にやって来て、未だ私以外の人間と会話すらしていないじゃないか。そんな状態で借金返済など、おこがましいにも程があると言うものだ」
「……なるほど、確かに」
ぐうの音が出ないほどの正論だ。
「借金を返すにしろ利息に備えるにしろ、あるいはホムンクルス生産工場を立ち上げるにしろ、今日明日でどうにもなる問題でもない。そんな遠くに目標を設定するより先に、私たちはまずすることがある」
「ほう。それはなんだ?」
尋ねる俺に、クラサは臆することなく堂々とした顔で答えた。
「明日の食費を調達することだ」
「…………」
ちったぁ臆した顔しやがれよこの野郎。
「何もしなければ、明日の晩に我々が口にするのはそこらの雑草サラダと、塩水スープだ」
「戦慄に唾を飲み込むメニューだな。メインディッシュはなんだ? 魚か? 肉か?」
「いや、無い。デザートに埃っぽい空気が出るだけだな」
まさかの気体かよ。
「唾どころか息を飲むほど素朴で素敵な食事だな。有り難過ぎて涙が出てくる」
「おかわりがしたければ、窓から仕入れたばかりの新鮮な空気を提供する用意があるとも」
「今夜の晩飯のパンくらいはあるんだよな。明日の分は?」
「今夜の分のパンはある。明日の夜の分のパンは、パン屋にならある」
「…………」
「…………すまない、ちょっと泣けて来た」
「俺もだよ」
二人して項垂れる。
ていうか空気をメニューに入れるなよ。
霞食って腹を満たせとでも?
「そもそもの話、半年に一度のキミの身体のメンテナンス費用だって必要なんだ。遠くて巨大な借金よりも、まずは目の前の日銭を稼ぐことから始めよう」
「正論中の正論で泣けて来るな」
俺の脳裏にその日暮らしという単語が過ぎった気がするが、気のせいだと思いたい。
館の一室を私室として借り受け、俺は地下のカプセルではなくベッドで横になることができた。掃除とかしていないので埃っぽい事この上ない。ハウスダストとか大丈夫か、これ。
そんなことを思ったが、なんかもう精神的に疲れ果てていて、掃除なんてする気力は湧いてこなかった。
そして一夜明け。
昨晩同様パンと味の薄いスープという素敵過ぎる晩餐を頂いた、生まれたてホムンクルスの俺と文無し真魔族のクラサは、王都へと向かって歩き出したのである。
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