もしも、安芸くんがネタに困ったら。②
「なぁ、加藤。子供の頃の夢ってなんだった?」
「安芸くん……」
少しだけ、ウンザリした感じの声がやってきた。
「現実逃避はやめよう? シナリオ、書こ?」
「う……いや、その……」
「早く続き書いてくれないと。私なんにもやることがないんだよ。パ○ドラのスタミナ回復がちっとも追いつかないよ」
加藤が珍しくおこだった。「そこは素直に石割っとこうぜ。レベルアップ間近じゃん」とか言える雰囲気じゃない。
「で、でもこれは、きわめて大事な質問なんだよ!」
「シナリオが納期に収まらないよりも、大事なことがあるのかなぁ」
……あかん。今日の加藤さんは、いつにも増して厳しいで……。
「聞いてくれ、加藤。俺の質問は、二人の将来に関わってくる話なんだ」
「二人の将来って……次回作のゲームの話じゃないよね」
「いや、もちろん、俺たちが作るゲームの話だけど?」
「……もちろん、なんだ」
加藤の口元から、小さなため息がこぼれた。
「ど、どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ。それで、質問って、なんだっけ?」
「あ、あぁ。えっと、子供の頃の夢はなんだった?」
「子供の頃って、小学生ぐらいの?」
「いや、もうちょい前。それこそ、幼稚園ぐらいの」
「……ゲームのエピソードに使うつもり?」
「使うつもり。主人公が、子供の頃に通ってた町に帰ってきて、そこで昔の幼馴染と再会するんだけど。その時に、ヒロインの昔の夢が、二人の仲を進展させるきっかけになってだなーー」
「なんか、どこかで聞いたことのある展開だね」
SE音:--ぐさっ。
「先が読めちゃいそうだけど。いいの、それ?」
SE音:--ぶしゅっ。
「大体、幼稚園児の夢がテーマになるかなぁ。ちょっと、安直過ぎない?」
SE音:--がすっ!
「そもそも、安芸くんが作りたいゲームって、そういう、お金さえ出せば、全国のお店で、ドコでも普通に買えるようなやつだっけ?」
SE音:--どしゅっ!
「確か、テンプレっていうんだよね。そういうの」
SE音:--どすうううぅぅっ!!
加藤、それ以上はいけない。
俺が死ぬ。割とマジで。
それにしても、加藤はどうしてこう、フラットに痛いところを突いてくれるのか。まぁ答えは分かってるんだけどな。
(加藤って、ほんと、普通の女子なんだよなぁ……)
俺たちオタの『理想像』に、あくまでも、ナチュラルに向き合える女子なんだ。
悪意、アンチ、ヘイト的な意志もなく、純粋に「それはありえないよね?」と、疑問を提示できる女子なんだ。女の子って怖い。
ときどき、加藤と話をしていたら、痛烈に思い知らされる。
俺はやっぱり、そこいらにいる、ただのオタの高校生なんだって。「ぼくの考えた最高のゲームシナリオ」は、あくまでも、オタクに媚びただけのものなんだって、思い知らされる。
「安芸くん、ごめん。言い過ぎたかも」
「いや、いいんだ。俺の方こそ、その、ごめん」
ただの消費豚だった、あの頃に戻りたい……。しかし、泣き言ばかり口にするわけにもいかない。
「その、さ。加藤の言った通り、俺自身、これが使い古されたテンプレだってのは分かってるよ? けどさ、そのテンプレをいかに魅せていくか。どうやって、ユーザーの胸をキュンキュンさせるかってのも、大事だと思うんだよ!!」
「安芸くん、開きなおったの?」
「あぁそうさ!! 納期に間に合いそうにないからな!!!」
質よりも、時間。納期が一番大事って、ハッキリわかんだね。
「うーん……じゃあ、つまり、話としてはありふれてるけど、実は意外性がありましたよって話になったらいいのかな?」
「そう! そういうこと! いいね加藤! さすが俺のメインヒロインだぜ!」
俺の中で、加藤の株が急上昇。このまま一気に買い占めて、個別ルートに入るのもやぶさかでないぜとか思っていたら、
「でも結局は、ありそうな話を利用して、読者に媚びるわけだよね」
「いいじゃん! もっと媚びようよ! 萌えたら何でもいいじゃないか!!」
あかん。萌え豚思考がマッハや。いや、でも、ガチなシナリオ考えてたら、時々むしょうに書きたくなるよね? 頭からっぽで読める、ハーレム的なのを。
「じゃあ、いっそ三角関係にさせて、どっちかを裏切るっていうのはどう?」
「えっ」
とつぜん何を言い出すんですか。加藤=サン。
「たとえばね。やる気と情熱はあるんだけど。これといった特徴のない男子が、タイプは違うんだけど、孤高なる学園一の才女と、アイドル系生徒会長の二人に挟まれて、どっち付かずの距離感を保ったまま、高校を卒業して大学に入っても」
「やめろお! それ以上はいけないッ!」
「なにが?」
「今年も雪が降りそうな季節になりそうだから!!!!」
「雪? 今年も? 今3月だけど」
「メタい話はやめようぜっ! なら、主人公の境遇を変えよう!」
「どういう風に?」
言っておいてなんだが、それは意外と面白いかもなと思った。
「いっそ、主人公を社会人にしてみたらどうかな。能力はあるんだけど、あまり社会で報われてなくて、何かのキッカケがあって生かせるようにーー」
「ブラック会社で働いてて、異世界に転生する流れかな?」
「とりあえず、転生しない方向でお願いします……」
「じゃあ、会社の方が倒産して、事実上のリストラになればいいのかな。主人公は経理の人に騙されて、会社の借金を一部背負わされる。奥さんにも置手紙されて蒸発されて、帰るところもなくなってーー」
「加藤!? どうしたんだ、もしかして、そういうの好きなのか!?」
「行く宛ても、帰る先もなくした主人公は、お酒におぼれて公園で飲んだくれて倒れてるところを、とあるアパートの大家さんに拾われるんだけど、その大家さんが女子中学ーー」
「加藤! おまえ、絶対分かっててやってるんだよな!?」
やめとこう。そういうのはね。伏字でカバーできるとか、そういうアレじゃないからさ。名古屋の銘菓子出しても怒られるよ、たぶん。
「とりあえず今後、主人公(仮)のことを、リストラさんとか言うの、一切NGだからな。俺すげー好きだけどね。リストラさん」
「ごめん、安芸くんが何を言ってるか、全然わかんない」
「俺も何を言ってるか分からなくなってきた。とにかく話を戻そう……」
「えっと、なんの話をしてたっけ」
「テンプレに忠実な話が、やっぱ最高だよなって話だ」
「……そういう話だったかなぁ」
「そういう話だったんだよ! いいか、加藤! 俺たちは、ユーザーを裏切らない! ユーザーが求めるコンテンツを作る! それが俺たちクリエイターの存在意義なんだ! そうすれば、みんな幸せになれるんだよ!!」
俺は力強く宣言した。
「うん、わかった。じゃあ、シナリオの続き、早く書いてね」
「あ、はい……」
加藤はフラットだった。回転椅子がくるりと回り、自分のPCのモニターに向き直る。またカクヨムでも覗くのかと思ったら、今度はPi○ivだった。加藤……。
(……そっか、結局は俺、このシナリオに納得いってないんだよあなぁ……)
新しいゲームの企画書は、それなりの体裁は整っている。シナリオも正直なところ、進んではいる。でも、
(GOサインが出ないんだ。俺の中で、何か納得いってないんだよなぁ……)
悶々とした感情が渦巻く。けど、現実の時間は止まらない。そして、
「--なぁ、加藤。次のゲームなんだけどさ。
攻略するヒロイン、一人だけにしてみて、いいかな」
告げていた。
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