冴えない彼氏のキープの仕方

秋雨あきら

もしも、安芸くんがネタに詰まったら。①

「--加藤、次にやってみたいヒロイン、ある?」


「え?」


 うららかな午後。俺と加藤はいつもの部室、

 高校の視聴覚室で、同じ席に並んでいた。


「ほら、前回の冬コミ(第6巻までを参照のこと)で販売した、同人ゲーム。cherry blessing ~巡る恵の物語~は、俺の理想を押し込んだゲームだったじゃん」


「うん。そうだね」


「そこで、次回のゲームは、少し趣向を変えてみようと思うんだ。つまり、メインヒロインである加藤が、こんなメインヒロインを演じたい。こんな女の子をやってみたい。そんな欲望にまみれたシナリオをだなーー」


「安芸君、新しいゲームのシナリオが浮かばなくて、困ってるんでしょ」


「え……なんで」


「だって、全然、手が動いてないじゃない」


 叱るのでも、怒るのでもなく。加藤は淡々と言ってきた。


「安芸くんって、基本的に人の話を聞かないでしょ。オタクって、大体そうなのかもしれないけどね」


 静かに、淡々と。いつもの感じで、こっちの核心を突いてくる。


「話を聞かない人が、周りに助言を求める時ってね。だいたい、自分に都合の良い答えを欲しがってるだけだよ」


「あ……」


 思わず、目を逸らしそうになった。


「私にできるのは、誤字と脱字のチェック。それとデバッグぐらいだよ。シナリオは、安芸君にしか書けないんだよ。それが、私たちの役割でしょう?」


「……ごめん」


「うん」


 加藤は言って、俺から目をそらす。長机の上には、俺が今使っている物とは別のPCが置いてあり、画面のタブには、放置プレイ中の、ゲームデバッグ用のアイコンが仕事をするのを待っている。


「シナリオ、続きができたら、呼んでね」


 加藤は最後にそう言って、あとはマウスを操作する。ネットのブラウザが起動され、どこかのホームページに繋がった。


「加藤、何のサイト見てんの?」

 

「カクヨムっていう、最近オープンした小説サイト。何か面白そうなのあるかなぁって」


「……そうか」


 相変わらず、フラットで、マイペースだ。

 同じ次元で隣にいるのに、絶妙な感じで距離が遠い。悶絶する。


(ダメだ、集中しろ。加藤の言う通りだ。まずは書かないとな)


 俺も自分の画面に向き直り、手元のキーを打ち込んだ。


「--がんばって、お兄様」


「!?」


 芝居がかった声音。


「私、楽しみに待ってます。貴方が書いた、新しい物語を、何時までも」


 楽しそうに、ささやかに笑う。完膚なきまでに、フラットなんだけど。

 こうして時々、まるで運命の巡り合わせが起きたように、ウェットな態度に変わる。


(…っ! 待ってろよ、加藤!!)

 

 今の俺はもう、そっちを振り向くことはできない。何故って、そっちを振り返ったら『幻聴が消えてしまう気がする』じゃないか。


(すぐに届けてやる! カクヨムにあふれた有象無象のシナリオよりも、俺の方が面白い、ぼくの考えた最強のシナリオってやつをな!!!)


 紙芝居を楽しむ側から、生み出す側へ。

 クリエイターという、血反吐を零し、のた打ち回るマゾーーいや、うん、違わないんだけど、まぁいいか。


 俺は、理想の世界に落ちていく。 


 指が動く。イメージが浮かぶ。手元のキーを乱打する。文字が連なれば、いつか道が分かれて分岐する。


 そして、その先に至る、たくさんの可能性を求めて没頭した。



 


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