我は我、君は君、されど仲良き③
「安芸、ちょっといいか。今日の放課後、お前の進路について話がある。あとで生徒指導室に来なさい」
「わかりました」
あー、来たかーと思った。仮にも進学校だ。ほとんどの生徒が「大学進学」を志望にしているなか、俺は「就職」を希望していた。
放課後、恵にその旨をつげた。部室に行く前に、言われた通り指導室に立ちよって、担任と今後の話をした。
「就職を希望してるようだが、具体的な活動はしてるのか?」
「今はまだ。ただ、アテが無くもないです」
「そうか。もしかして、ゲーム関係の会社でも目指してるのか」
「なんで知ってるんですか?」
「わかるだろ。お前は良くも悪くも、類を見ない感じで目立ち過ぎだ」
しかし担任と話をしてみると、話は意外にあっさり済んだ。「大学に行く気はないのか、後悔してもしらんぞ」といった、おきまりのテンプレ質問をされることもなかった。むしろ、お前は好きなことをやってた方が大成しそうだよな。とか、しれっと言われてしまった。
「ただ、な――1つ聞いときたいんだがな。安芸」
「なんです?」
教師の口調が変わる。本人も、どこかためらいがちに聞いてきた。
「同じクラスの加藤のことなんだが、お前なにか聞いとらんのか?」
「はい? 恵……加藤さん?」
予想だにしてなかった名前をあげられた。最近になって呼びなれた彼女の名前を口にしてしまう。反応は十分だったらしい。
「生徒の事情に立ち入る気はないが、お前たち付き合ってるんだろう?」
「……えぇと、まぁ……」
彼女に告白して、付き合い始めたのは最近だ。まさか担任からそういうことを確認されるとは思わなかった。
「で、彼氏に聞くわけだが。加藤の進路に関することでなにか聞いとらんか。言える範囲でいい」
「なんで俺に聞くんです? っていうか、恵……加藤さんは進学するんじゃないんですか?」
「……お前、自分の彼女と私的な話をする機会はあるんだよな?」
担任の眼差しが急にシブくなる。あきらかに呆れている。教師という仮面を捨てて、純粋に下の人間へ問いかける感じで言ってきた。
「この前の進路希望調査な、うちのクラスは、加藤だけ白紙だったんだぞ」
「…………え?」
「それまで、加藤も第一希望が進学だったんだがな。素行や態度にも、これといって問題のない生徒が、この時期になってとつぜん、まだ決めかねています的なことを言いだしたら、なにかあったんだと思うだろう。普通」
「確かに、普通はそうですよね」
「そう。普通なら、な」
教師はまたそこで、じぃーと俺をみた。
「お前のせいやろ?」
「ちょ、先生!? もう少し自分の生徒を信用してもいいと思うよ!?」
「安芸よぉ、そのセリフ、自分で言ってて空しくないか?」
「さすがにそれはひどくない!?」
こっちも素で返してしまう。担任の雰囲気も完全に「あかんわコイツ」といった、人間的見解における、若い奴にお説教しとこモードに変わっていた。
「だってなぁ、お前。他人の問題には平気で踏み込んでいくくせに、問題解決は当人の能力に任せきりじゃないか。自分は傍観者を気取って最後にしゃしゃり出て、おいしいトコだけ持ってくじゃないか。そういうのなんていうか知ってるか? 無責任、甲斐性なし、ダメ男っつーんだぞ?」
「先生に俺のなにが分かるって言うんだよ!? っていうか詳しすぎね!?」
「舞台が高校なのに、本編に教師がぜんぜん出てこんからなー。まぁええやろ」
「メタい!」
本編に出てこないキャラから好き放題言われて胸が痛い。でも進路相談に関して先生と話すと、意外と俺のこと見てるなーって思うこと、あるよね……。
「お前が原因であろうとなかろうと、加藤が白紙で出してきたのは事実なんだよ。理由、それとなく聞いてみてくれないか。お前そういうのは得意だろ?」
「だから俺を無責任で甲斐性ナシのヘタレ男で、職を失い奥さんに捨てられた挙句、六畳一間のアパートの大家さん(女子〇学生)にリストラさん呼ばわりされつつも、恋を育む三十路男みたいに言うのはやめようよ……」
「なに将来の人生プランを語っとんだ。先生も暇じゃないんだ。頼んだぞ」
「投げやり! えっ、俺の担任って結構面白い人だったんだ!?」
「本人目の前にして面白いとか言うな。本編で出番が増えたらどーする」
「安心して。それはないから」
進路相談って、先生の意外な一面が見えること、あるよね……。
*
西日の差し込む視聴覚室。ここからすべては始まった――
なんて、大作RPGのポップじゃないけれど。
確かに「ここから始まった」場所だった。
自分の夢、目指す先へと続く扉を開けると、同じ志を持つ仲間たちが、今日もそこにそろっている。
「おつかれ、安芸くん」
「おまたせ……って、加藤だけ? 英梨々は? 美智留と出海ちゃんは?」
そろって、いなかった。
「美智留ちゃんは、今日は自分のバンド活動優先したいからお休みするって。出海ちゃんは、1年生の文芸部の方で挿絵を頼まれて今日は出られないだって。絵利々は急に詩羽先輩に呼びだされたーって、なにか、打ち合わせ的なのに出かけたみたい」
おかしいな。山場を越えて、仲間が再びそろったと思ってたのに……これだとまた、最初からじゃないか。つまり、
「今日は加藤と二人っきりか」
「そうだね」
やっぱり、ここが始まりの場所だった。
*
通学用の鞄をてきとうに置いて、長机に座っている彼女に話しかける。ここ、高校の視聴覚室は、放課後は俺たちの『同人ゲーム第2開発部』になっている。ちなみに本部は俺の家だ。
加藤の正面に置かれたパソコンには、次の冬コミで発表予定の新作、「冴えない彼女の育て方」のβ画面が映っている。まだ素材がそろっいないので、立ち絵も背景画像も、最低限しかそろってない。音楽は同じものだけがループ再生で流れている。
マウスをクリックすれば、テキストは流れる。ただ途中で【※ここまで※】と挿入された一文が表示される。今できているシナリオはそこで止まっているのだった。
「デバッグの方、どうかな、なんかバグ見つかった?」
「ううん、例外エラー的なのは特に。テキストの方の誤字、脱字はいくつか見つかったら、リストアップしておいたけど」
「そっか、サンキューな、恵」
「いいよ。ところで倫也くん」
「どした?」
「テキスト上手くなったよね」
「……っ」
きゅんと来た。なんか久々に人から褒められた気がする。
「専門外だから合ってるか自信ないけどね」
「そんなことないって。恵だってもう立派なオタクだからさー」
「……そこは喜んでいいのかすごく微妙なところだよね」
ふてくされた顔をされる。それでも直後に、静かな微苦笑を浮かべたりするところが、またひどく俺の心をくすぐってくる。なんて破壊力だ。絵梨々にはできない。
「俺も隣で作業していいかな」
「うん」
「そっちのパソコン、スリープで起動してあるから」
「わかった」
俺も席につく。学生鞄の中からスマホを取り出して、USBの有線で学校の備品であるパソコンに直結する。パスを掛けたシナリオファイルをコピーして開いた。
「はいこれ。さっき言った誤字、脱字の箇所ね。あと、今ある素材で気になった表情差分とかの修正は、わたしの方でやっといていいかな?」
「頼む。修正点はファイルでまとめて、俺らの共有フォルダに日付書いて置いといてくれ」
「うん、了解」
「んじゃ、明日までに確認したら俺から全員にメール出すからな。週末の進捗そろそろ決めないとな。どうせ全員、俺の家集まるだろ?」
「いいけど。たまには、二人で遊びにいったりしたいな」
「あ、一応そっちも考えてて――」
「一応、なんだ?」
「いや真剣に考えてるってマジ! 一応っていうのは、行先の候補を一応、いくつかリストアップしてるって意味で!」
「どうかなぁ? また、当日になって緊急の要件ができたから、とか言うんじゃないかな」
「今度は恵優先。絶対」
「そうなんだ。紅坂さんとかいう人が、急に余命が明日までですとか言われても、わたし優先?」
「こ……怖いこというなよ……」
「どっちなの?」
やんわり微笑みながら、こっちを見ている。最近になって分かってきたが、恵は結構黒い。……とはいえ前回、彼女とのデートをすっぽかし、顔見知りていどの相手のもとへ見舞いに行った俺も大概だわ。と言われる自覚はあるわけだけど。
「約束する。今度は恵優先。ちゃんと埋め合わせするから」
「うーん、信じられないなぁ」
口元に手をそえて、そっと笑う。
今日は心なしか距離が近い。きっと、二人きりだから。
二人きりになった時、こんなやりとりができるぐらいには、俺たちは互いを許し合っている。
「誓約書でも書こうか? 恵との約束を破ったら、えーと、なにしようか」
「もう二度とゲーム制作には携わりません。って書いてくれる?」
「……結構ヘビーだな」
「誓約ってそういうものでしょ」
「まぁ、そうなんだけどさぁ」
「破ることができないから遵守する。倫也くんがいつも口にしてる、納期と同じなんじゃないのかな?」
「うぅ……っ!」
そこを突かれると否定できない。一般的なバカップルのイチャラブトークのはずが、恵との場合はなんていうか、やけに生々しいというか、気軽に「ハハハ、こやつめ」的なふんいきにならない。
「ごめん、冗談だからね。重かった?」
「……あー、いや、その重さも悪くないっていうか……」
自分で言うのもなんだけど、俺たちは、変なところで大人びているんだと思う。それはあまり高校生らしくはなくて。でも、大人からすれば割と普通かもしれないこと。
「わかった。誓います。今度の週末に恵とのデートができなかったら、俺はゲーム制作をやめる」
「あーあ、本当に誓っちゃった」
「なんだよー、恵が言ったんだろー」
「言ったけど、あまり無理はしなくていいんだよ?」
「無理じゃねぇし。どんだけ俺の信頼性の評価低いんだよ」
それでも打ち解ける。重く軽く、俺たちは言葉を交わしあっていく。おたがいにハマるように、自分の形をほんの少し変えて、もっと深くつながりたい、理解したい、知ってもらいたい。
仕事先で自分の考えを伝えるのともまた違う。
クリエイターとして、ユーザーに受け取ってほしい欠片とも違う。
この世でたった一人だけ、個人的な関係と契約を結びたい。
そういう関係になりたいと想い合う。
「なぁ、恵」
「なに?」
「キスしたい」
吐息をこぼすように、自然と言った。
頬に手を伸ばす。唐突だったはずの俺の行為。けれど彼女は静かに、くすぐったそうに微笑むだけだった。
「ん、いいよ」
仕方ないなぁ、という感じ。
なんだか最高に恵らしいフラットな口調で瞳を閉じた。
*
「――いやいやいや、倫也くん、ちょっといいかい?」
「あんだよ、まだ話の途中だぞ」
「確かに話に付き合うとは言ったけど、浮気癖のある甲斐性なしの惚気話に付き合うほどヒマじゃないんだけどな。というか、そこからなにをどうしたら、加藤さんからビンタされる展開になるのかさっぱりわからない」
「うるせぇよー、モテ男にはわかんねーだろうけどよー」
「キャラ変わりすぎだろ。まさかジンジャーエールで酔ってるのかい?」
「そうじゃねーけどー。いや、だから、まーその後でぇ、担任に言われたことを思い出してさぁ……」
「あぁ、加藤さんが進路調査を白紙で提出したって話だったね。前置きが長すぎて忘れてたよ」
「そうそう。俺もその時の空気感というか、正直、恵がそこまで真剣に悩んでたって思ってなかったっていうか……はぁ~」
「だからジンジャーエールごときで、酔っ払いオヤジの真似事をしないでくれるかな。さっきから店員の目が痛い」
「はぁ~、俺が悪かったよ~恵ぃ~」
てきとうに謝ると、伊織もやれやれと首を振り、わずかに残ったコーヒーに口付けた。
「君は本当に人の機微にうといね。彼女が自分の将来に悩んでいるのは明白だろ?」
「いや、そんな話、本編で一度も出てこなかったし……」
「そこは読者に妄想させられるように、あえて書いてないんだろう。それはともかく、本編では君が自分のことを語るばかりで、彼女の話を聞かなかった、相談にのるような話を振らなかったせいだろう」
「いや、それは……恵の性格は最近になって……付き合い始めてから、わかりはじめたっていうか……」
「付き合い初めてからも、君は自分のサークルや、それにまつわる環境以外の話をしたことがあったかい」
ぐさぐさぐさ。実に痛いところを突いてきた。酔いではなく、ろれつが上手く回らなくなる。
「……い、いや、だからさぁ、でも、そういう話をするなら、普通は同姓の方がいいんじゃないのかよ。英梨々とかさぁ……」
だって、俺がこうして、なんだかんだ伊織と話をするように。自分たちの将来の話っていうのは、異性よりは、同性に相談する方がやりやすいはずだ。……でも俺の場合、役割の大半を詩羽先輩が担っていたよーな。とか言ってはいけない。
「君の言いたいことはまぁわからないでもないよ。だからと言って、自分の彼女の悩みに、彼氏であるはずの君が、実はまったく気がつけていませんでした。というのは、どうなんだい」
「……っ」
そう。加藤恵という女の子の、悩み。
俺はこの1年と少しの間に、なんだかんだで、いろんな女の子と話をしてきた。そして彼女らの中にひそむ『闇』を垣間見てきたはずだ。
「だったら、君の友人代表として一つ忠告をしておこうか、倫也君」
からかうような言葉づかいだったが、実に真面目な口調で伊織は続けた。
「君がこれまで見てきた、女性の苦難や葛藤というのは、結局のところ、普通の人たちからすれば理解のできない代物なんだ。何故だかわかるかい?」
「……なんとなく、わかる」
彼女たちは、いわば最初から【特別】なのだ。
容姿はひどく美しく、有名であり、仕事が出来て、自らを名乗る地位を持っている。その前提を維持してる上で、さらなる高みを目指してもがき苦しもうとしている、いわば【選ばれた者】だけが持つ、贅沢極りなり悩みなのだ。
「〝普通の人〟というのは、あるいはそうした人間の理想像は〝そこまで〟なんだよ。君もさっき紅坂さんからの給与で驚いていたけれど、普通は〝そこまで〟で満足するものなんだ」
「……」
「これは良いとか、悪いとか、上とか下とか、そういう次元の話じゃないよ。僕たちが人間として生きている以上、一定の社会や階級に属することは必然であり、環境に関して悩み考え、最終的には自分たちで解決していかないといけない問題だからね。
だけど、さっきも言ったように、澤村さんでは、加藤さんの悩みを解決するのは不可能に近いんだ。二人がどんなに仲が良く、互いを想いあっていようが、彼女らの立ち位置は明確に違うんだよ。
さらに付け加えて言うなれば、君もまた【才能ある特別な一人】なんだよ、倫也くん」
「……それはねーよ……」
「しかし君は加藤さんとは違うよ。君は、現時点で自らの意志をもっている。とりあえず大学に通えば、数年はまた定められたレールに乗れるからと安堵する大多数と違い、すでに将来の道を歩みはじめようとしているんだからね。
それはこういうことだよ。君自身の中で〝それは現時点では実力不足だが、将来的には可能だ〟と、一定の距離を見極めている視点があるからに他ならないんだ」
「…………」
そう。安芸倫也は、今は実力不足である。
実力不足だから、自分のスタッフを引き抜かれた。
マルズという、ゲームエンターテイメントの大企業に。
最先端の技術を用いて、超一流の才能を開花させるクリエイターらを従わせ、そして自らもまた希代の怪傑たる『紅坂朱音』という怪物に、輝ける宝物を奪われた。
俺は能無しだ。ただのオタクだ。
けど、そうではない。
お前は戦える。望むならば、宝物を取り返せる。
そう言ってくれる仲間たちがいる。
自分より、はるか高みにいる人間が『がんばれ』と言ってくれる。妬みつらみではなく、俺という人間を望んで待ってくれる人達がいるのだ。
波島伊織は言う。それが、普通の人の想像の限界だ。
その先は苦難でしかないことは、明らかだから。
そこで想像をやめる。
現実の【特別】を望む者だけが、血反吐をこぼし昇っていく。
「加藤さんは普通の女の子だよ。いや、正確に言うならば、人間というのは最初、誰だって普通なんだよ。かつて僕が、妹の出海に対して、まだ表舞台には出したくないんだといった気持ちが、今の君になら分かるだろう?」
「……あぁ、うん……」
「だけど君が、妹を無理やり引っ張りだした。正直なところ、その件に関しては、僕もまだ君を許していないんだよ。それは実兄であり、妹の将来を理解している僕にのみ許された行為であると思っていたし、きちんと責任を取るつもりでもいた」
聞く奴によれば、とんでもないシスコン発言だが、それもわかる。
「クリエイターというのは、普通ではない。普通ではいられない」
「……そうだな」
「君は妹を普通とは無縁にした、普通の女子高生をやっていられる権限を奪っておきながら、なにも責任を取っていない」
これも聞きようよれば、見境なく女に手を出して、すぐにとっかえひっかえするとんでもないクズ野郎=俺に思える発言だが間違っている。断じて間違っている。お、俺は恵一筋だから。本当だから。
「まぁ、それでも普通は住む世界が違うとわかれば、大抵は居心地の悪さを感じて去っていくものだけどね。加藤さんは、正直そこがよくわからないところではあるね」
「……意外と大物になったりしてなぁ」
「そうだね。その可能性はある。…………紅坂さんとちょっと似てるんだよなぁ(小声)」
「え、なんか言ったか?」
「難聴系主人公である君の聴域に聞こえない範囲での発言はしたよ。ただ、彼女も【特別】であるのだとしたら、迷っているんだろう。安易に大学進学をすることが、本当に自分にとって正しいのかって」
「……うん、そうかもな」
「でもね、一つ言えることは、これまでの彼女はオタでは無かったということだよ。マンガやゲームというものは、あくまで人生の中で余暇を楽しむものでしかなくて。もう10年以上も深いところまで首を突っ込んでいて、最終的にはそれに携わる仕事をやってみたい。という動機を抱えた僕たちとは違う」
「あー……そうだよなぁ……」
「加藤さんは、内心キツかったはずだよ。平凡な自分の周りに、同年代の特別な才能を持った同性が次から次へと現れて。自分はなにも出来ないんじゃないかって、焦っていたんじゃないのかな。今の君と同じようにね。――で、そんな加藤さんに君は、なんて言ったのさ?」
「……あ、あー……」
胸が痛い。数時間前に叩かれた頬がまた、ひりひりしてきた気がした。
「えーと確か……ふーん、大学はとりあえず行っとけば? 恵はそんなに成績悪くなかったよな。あっ、進学してもサークル活動は続けてくれるだろ? えっ、俺? 俺はクリエイターになるから進学する気はないけど。的な……」
「倫也くん。君は本当にバカだな」
伊織はあっさり言いきった。失礼な奴だなと……否定はできない。
*
帰宅してから、エクセルのファイルを開いて、今後のスケジュールを組み立てる。それぞれサークルメンバーの名前の下には、主な役割と能力が表示されている別表もあるのだが。
「……んー、やっぱり、確かに気になるよなぁ」
『加藤恵』の欄には、
企画・サブディレクター・メインヒロイン。
という三つが表示されている。
メインヒロインというのが、実に加藤恵という、彼女らしさたる所以があると俺は評価していたのだが。他人からいじられキャラとして愛着をもたれ喜ぶようなマゾっ気のある奴でもない限り、実はそういう評価は内心、気に悩んでいるのかもしれない。
「……最初のころだったら、恵も〝はいはいもうなんでもいいよ~〟とか言って、てきとうに流してくれてた気がするんだけどなぁ」
加藤恵も、今ではれっきとした仲間だ。サークルメンバーの一員だ。彼女が欠けていては、この組織は成り立たないのだ。
Blessing Softwareには、加藤恵が必要だ。そう思う俺と同じぐらい、彼女もまた、サークルのことを大切に思ってくれている。
おたがい、泣いたし、ケンカもした。
他人から見れば、バカだなと笑えるようなことであったとしても。そうした積み重ねを乗り越えて、俺たちはまた一緒にゲームを作っているのだ。
でも、ふと思う。この先はどうするのかなって。
俺たちは高校を卒業する。その時はまた、サークルの在り方も今と同じようにはいかなくなるのだ。
今後も続けていくつもりなら、会社組織として最誕させる必要性もあるかもしれない。
(……ずっと趣味でやっていくことはできない、よな)
それだけ創作に関して真剣な連中がそろっているのだから。
(恵も、そうした意味では志は同じなんだと思う。けど……)
他のメンバーのように、特別な才能を持ってるわけじゃない。伊織のように、黒い野望を秘めているわけでもない。
それはつまり〝今なら引き返せる〟ということだ。俺たちが、子供の頃から「なりたかったもの」は、時には人間性を捨てなくてはいけないこともある。
それまで普通に生きてきた恵は、波風をたてず、静かに生きていくのが似合っているのかもしれない。それこそ注意深く観察していなければ、存在すらはかなく消えてしまいそうな、影のうすい彼女は、平凡に生きていくのが理想なのかもしれない。
「……恵って、いいお母さんになりそうだよなぁ」
影が薄いが意志は強い。友達のために手を差しのべて、涙をこぼすことだって出来る。まっとうな人間というわけだ。
「……隣に立つ男もまた、没個性かもしれないけど、真面目で堅物ぐらいの性格な奴がいいんじゃないかな……」
シナリオライターの性か、ぼんやり浮かんでしまった。
もやもやもや。胸の中に暗雲が立ち込める。
「えーと、大学入って、普通の勤め人と結婚して、子供を産んで、育てて。子供は男の子が一人と女の子が一人で、一軒家をローンで建てて犬を一匹飼ってて……あれ、なんかそれっぽい奴いなかったっけ……?」
もやもやする。いらんことを考えていたら、思いだした。
「……っ! 本編の(1巻で)出てきた医者男(従兄)ーーっ!!」
笑顔がさわやか。背が高い。イケメン。将来有望。おたがいのことを愛称で呼び合ってる。俺は言った。ギャルゲーの主人公の友人に医者、および医療関連の志望者を出してはいけないと。だってプレイヤーが傷つくから。ギャルゲーを好むようなプレイヤーは、社会的地位が往々にして(以下略)
「がはっ!!?」
深夜に身もだえる俺。あろうことか一瞬、彼女を寝取られるという、プレイヤーの評価を二極化するいらん要素をイメージしてクリティカルダメージを負う。どうか僕を捨てないでください。
――いいのよ、倫理君。その時は、わたしが貴方を支えるわ。
「ああああああああああっ!!?」
なにか幻聴まで聞こえた気がする。
いやほんと、俺は昔から加藤一択なんで。現実逃避じゃないんで。本編も大体決着ついたじゃないすか。ちなみに俺の両親は今、ドバイのカジノで一山当てたとかなんとかで未だに帰ってない。もう二年ぐらい姿を見てない。お隣の宅も、リフォーム中だとかで留守だ。
だから遠慮なく叫べばいい。
「くっ、俺は負けないっ! 三次元の恵を大事にするんだって、本編(12巻)で宣言したんだからねっ!! こっからスタッフロールの後に隠しルートに突入して、昔の女が出てくるトンデモ展開なんてないんだからねっ!! スタッフもその場のノリで〝たまにはユーザーにケンカ売ってもいいよねー〟とか、酒飲みながら笑顔で言った後日、薄暗い顔で〝もう引き返せないょ……〟って、お通夜の様な顔で胃がキリキリ傷むようなルートの制作は一切ありませんから! ハイ決定! 意義なし!! 文句があればユーザー各自が、二次創作をして妄想で満足させるように! 解散ッ!!!」
真夜中に声をあげて叫んでも、俺をとがめる奴は、誰もいない。
っていうか、一山当てたなら仕送り増やして(暴言)
「ともかくだ……例の発言は軽率だったから、明日の朝一で謝ることにして……恵の役職、マジどうすっかなぁ……」
といっても、恵が役にたってない、なんてことはまったくなくて。
実際のところ、デバッグ関連の作業だけでも十分に助かっているのだ。べつに今のまま俺たちのメンバーとしてやっていても、なにも問題ないし、むしろありがたいんだけど。
「恵はそれだと、自分に納得できないってことなんだろうなぁ……」
英梨々や詩羽先輩、美智留に、出海ちゃん。ついでに伊織も。
それぞれが秀でたモノを持っている。けどそれは昨日、今日で発現したわけじゃないんだ。明確なビジョンや、それまでの積み重ねが占めている。
種をまき、芽をだして、たゆまず水をやり続けた結果。
ようやく花咲いたモノなのだ。
俺だってそうだ。子供の頃から好きなものを布教するオタ活動を行ってきた。大半が人からウザがられるだけの行為は、高校になってからバイトを始めたら、接客で活かせることに気がついた。
俺を受け入れてくれる人が少しずつ増えた。立場や年齢、性別の違う人達と話ができるようになってからようやく、俺自身がやってみたいことに気づくことが出来たのだ。
がむしゃらに、バカみたいだって笑われる様なことを繰り返してきた。失敗して、失敗して、また失敗して。一握りの成功をつかみ、また失敗する。苦しみ、痛み、傷ついた先に成功がある。
恵はまだ、種をまく段階だ。正確には、自分の人生をこの場に捧げるべきかどうか、考えているとも言える。
「……どうなんだろう……俺は、恵をどうやって支えるべきなのかな……あいつに、どういう彼女でいて欲しいんだろう……」
マウスを操作して、タブから画面を切り替える。
企画書を表示させる。
冬コミ新作『冴えない彼女の育て方』(仮)
ページを推移させていくと、コンセプトが表示される。そこには明確に、俺の欲望や理想を突き詰めたメインヒロインと恋愛する。ユーザーにも同じ気持ちを味わってもらう。という一文があり、それから
・モデルケースとなるのは、三次元にいる加藤恵という女の子。
・エンディングは複数用意する(未定)
・バッドエンドはなし。
ただし複数の結末を用意するのは面白そう。(未定)
まだシナリオの結末はできていない。恵は俺の理想だけど、俺と彼女の理想の形というのが、やっぱり上手く想像できない。単純にそういった経験がないからというのもある。
シンプルなエンディングとしては、まぁ、結婚、なんだろう、けど。
「……その間が上手く収まらないんだよなぁ……」
二次元のことを考えてるんだか、三次元のことを考えてるんだか、自分でもどんどん分からなくなってきた。恵には、陰ながらサークルを援助する、黒子のような存在として居てほしいのか。それともなにか明確な役割を持った、クリエイターの一人として共に並び立っていきたいのか。
「うーん……どっちもカワイイと思うけどなぁ……あー、ってか」
なんかもっと気楽に、イチャラブりたいわー。
「でもなー、自分の将来的なことを相談して、恵は受け止めてくれたのに、俺だけそういうの見て見ぬ振りっていうのもなー。男としてないよなー。でもなー。そういう事に関する経験値が足りなさすぎるんだよなぁー」
情けないことに。伊織に言われるまで、まったく気づかなかった。思い返せば、身もだえするような恥ずかしさを覚えて、床を転げ回りたくなる。
「あー! 畜生ー! 俺はなんてダメ男なんだああぁ!!」
「いいのよ倫理君。わたしはダメ男に惚れる、ダメな女性だから、ね?」
だから出てこないで。先輩。俺にチャネリング飛ばさないでよぅ。
っていうか、あまりにも生々しくて、フキダシになったよ!?
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