我は我、君は君。されど仲良き②

 深夜のファミレス。すっかり客の去った店内のテーブル席で、俺は伊織と向き合って座っていた。


「今回の件、ありがとな、伊織」

「君から素直に礼を言ってもらえる日が来るとはね」


 秋の夜長ともよべる日だった。暖房のきいた店内で、湯気のかおるホットコーヒーに口づけながら、伊織は言った。


「まったく、僕もいろいろと忙しいんだけどね。とりあえず朱音さんから預かっていた報酬を渡すよ。税金の処理はこっちで済ませてあるからね。君の方で金額を確認して、サークルの口座に振り込んでいいか確認してくれ」

「サンキュ、悪いな」


 よくある封筒を受け取った。山になったフライドポテトを一本つまみ、俺もジンジャーエールを少し飲む。


 ――事の発端は先月にさかのぼる。紅坂朱音と呼ばれるバケモノ……ではなく、超絶凄腕クリエイターがとつぜん倒れた。


 症状は脳梗塞。朱音さんは都内の病院に運ばれ、入院した。連絡を受けた俺は、そのキ〇ガイ……ではなく、天才凄腕クリエイターのもとへ見舞いに向かった。


 そこから紆余曲折あって、しがない一介の高校生である俺が、彼女の仕事を引き継ぐことになってしまう――大作と名高い『フィールズクロニクル』シリーズの最新作。マスターアップに向けての最終調整を担う、指揮者(ディレクター)を任された。


 もちろん、簡単な話じゃなかった。立場上は「紅坂朱音の代理人」を名乗らせてもらったが、それまで顔合わせをしたこともなければ、名前(偽名だが)を耳にしたこともない若造の指示に、普通はしたがう大人はいない。


 それをどうにか可能(ゴリ押しともいう)にしたのは、紅坂朱音というネームバリューの力あってのことだ。さらにゲーム制作の中心にいた、メインシナリオライターと、イラストレーターの二人組が、現場にいた他の誰よりも、この俺と面識があったことのおかげだ。


 けっして、作品の都合上の関係じゃないんだよ? いや俺も本編を読んでてさぁ、さすがにそれはムリだろ……とか思ったけど、他にも確固たる理由はあったんだよ?


「なぁ、伊織。お前どんな裏技使ったんだよ」

「僕なりの人心掌握術というやつさ。倫也君も興味があるかい、なんだったら一晩かけて、じっくり教えてあげるよ?」

「いや、やめとくわ。あといちいち、そういう周りが勘違いするような発言すんなよ」

「フフ。本気だったらどうす――冗談だよ」

「次に冗談を言ったら俺は帰るぞ」


 話を戻すが、大企業マルズの重役たちから最低限の信用に得るには、紅坂朱音の代理人という肩書の他に、それぞれの立場に身を置いたことがあり、一定の信用と実績を持つ〝常識的な存在〟が不可欠だった。


 それがまぁ、うちのサークルのプロデューサーでもあり、黒幕を自称する波島伊織という男なわけだ。以上で本編(12巻)の補足を終わらせていただきます まる


「だから先日の事件を、いくらなんでも高校生が飛び入りでディレクター就任とか無理シナリオやろ……とか思っちゃいけないんだよ。非常識が時(つね)にまかり通る恐ろしい業界なんだから」

「誰に向かって言ってるか分からないけど、倫也君はゲーム会社に勤務した経験ないだろ?」

「いや、今回の件でよく分かったよ。すげぇよ。ゲーム会社って……」

「君の個人的評価を詳しく語るのはやめたおいがいいと僭越ながら忠告しておくよ。会社だっていろいろあるものさ」

「誰に向かって言ってるか分からないけど、とにかく今回は助かったぜ。ありがとうな、伊織」


 強引に軌道修正。舵をきる。ともあれ現在は『人間関係的山場案件』を処理できたところであり、俺たちのサークル「blessing software」のメンバーは再び集合した。


 俺はディレクター。伊織はチームのトップ。総合責任者を任ずるプロデューサーだ。さらにゲーム業界、影のフィクサーを自認する男は、名実ともに紅坂朱音の弟子で、真の懐刀の一人でもあった。


「けどさ、ぶっちゃけ言うと、今回の件で俺にできたことなんて、ほとんどなかったよな」

「そんなことはないさ。有能なクリエイターなんて、基本的に我の強い連中ばかりだからね。あの二人を最後まで仕事に従属させたというだけでも、君が行ったことの成果はあったんだよ」

「まぁ……でもあいつらは根っからのプロだから。請け負ってる仕事ぶっちするぐらいなら、舌噛み切って死ぬぐらいの覚悟だろうし」

「そう思うなら、君も早く追いつくことだね。言い変えれば、君にその実力がある。同類だと認めているからこそ、待ってくれているんだよ」

「なんだよ、今日はやけに耳がかゆいこと言うな」


 ただ、伊織の言うことは、痛いほど身にしみていた。同時にこう言われているのも察することができた。



 〝安芸倫也は、明らかに実力不足である〟



 クリエイターの能力としても、プロデューサーの視野としても、人間的な成長見地からしても、なにもかも足りていない。それが俺の中でずっと〝しこり〟として残り続けている。燻っているんだ。


「倫也君、個人的な葛藤はさておき、封筒の中身を確かめてくれないかい」

「……あ、悪い。そうだな」


 俺は封を開けて中身を確認した。明細の内容は例の件、俺が朱音さんの代理人を称し、数週間マルズで働いた給与の内訳が記載されている。


「……なぁ、伊織」

「なんだい、なにか間違いがあったかな」

「いや、これ、なんか、多くね? 具体的にはゼロが1つ多くね?」


 そこには、高校生の俺たちが普段目にすることのない額が記載されていた。なのに伊織は変わらず平然としている。

 

「間違ってないよ。それが彼女の下で働いた、相応の額というものさ。君のアルバイト認識で図るのはよしなよ」



 〝安芸倫也は、明らかに実力不足である〟


 

 また、胸の内側に痛みがはしる。


「……なんだよ、仕方ねーだろ。俺はお前と違って、バイトで金稼いだことしかないんだし。……同人ゲーム制作の売り上げを除いたら」

「確かにアレは、個人間での現物取引だから、税金とは無縁かもしれないね。そう言うと社会には認められていない風に聞こえるかな?」


 そこでやっと、伊織は口をゆるめて笑いやがった。住む世界が違うことを自覚してしまう、最近見慣れてきた、相変わらず腹が立つぐらいのイケメンにエフェクトがかかる。キラキラしやがって。


 うおっ、まぶし! というわけじゃないが、なんとなくテーブル席に立てかけられたパンフに目がいく。「学生アルバイト募集」という、見慣れたコピーが映っていた。時給は深夜なら千円超え。でもそれが俺たち高校生の普通だと思う。


「ところで倫也君は、これからどうするつもりだい?」

「どうするって、ゲーム制作のことかよ?」

「来年以降の話さ」

「あー……そうなー」

「まさか、進学を考えているつもりはないだろう?」


 でも俺はもう、割と普通じゃない。

 伊織の問いかけも、普通の高校生に対するものじゃない。


「倫也君、キミの情熱は特定分野に限定すれば、著しく頭の回転が良くなるけれどね。それを今から受験勉強に回したところで、到底間に合わないぐらいの頭の良さはあると思ってるんだけどな」

「遠回しに言うな。バカって言えよ」


 今度は素直に耳が痛い。山盛りのフライドポテトを口に運びながら、色の濃いソフトドリンクを一息に流し込んだ。


(この野郎。俺が言いたいこと、最初から分かってんじゃねーかよ)


 俺の足りない部分。俺が求めているもの。


 波島伊織は、その両方の答えを持っている。単にこの前の話をするなら、自宅でメンバーが全員集まっている時にすれば済む話だ。


 今日、伊織を誘って、この場で二人きりの話を持ちかけたのには理由があった。特に絶対、反対する女子がいるだろうから。たった一人の彼女に聞かせたくない話をしたかったから。


「伊織、高校を卒業したら、紅坂朱音さんと連絡を取れないか」

「いいけれど、要件は?」

「俺を朱音さんの下で働かせてほしい」

「わかった。存分にもまれてくるといいよ」

「恩にきる」


 話は早かった。足りないのは、俺の覚悟だけだったから。


「ところで、また話は変わるけど」

「うん?」

「倫也君、その頬はどうしたんだい?」

「……」


 とっさに反応できなかった。その代わり、無言で指摘された部分を反射的におさえてしまう。


「なんだか少し赤いようだけど」

「……お前、本当に目ざといな……」


 時間的には今日の夕方におきたことだ。もうすっかり、腫れはひいていたと思っていたが。


「もしかして、加藤さんにでも殴られたのかい」

「……お前はエスパーか何かか……?」

「ま、僕も似たような経験がなくもないからさ。ただ君と違って、もうすこし要領よく、上手くかわしたけどね。よかったら話を聞こうか?」


 女遊びになれたイケメン(推測)は、当たり前のように笑う。キラキラキラ。


 俺は今日の午後に起きたできごとを話すべきかどうか。記憶の選択史は、ゲーム制作的に都合の良い回想シーンへと飛んでいく。

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