安芸さんトコの子供さん。

※注意※

 このお話は二次創作です。あとフィクションです。

 安芸くんと加藤さんが結婚して子供ができて…というお話(妄想)です。

 ほぼオリジナル設定。安芸くんいじりが過ぎた部分もあります。


 苦手な方はブラウザバックで。


















『安芸さんトコの子供さん』


 私のお父さんは、普通のサラリーマンをやっている。どんな仕事をしてるかはよく知らない。――とりあえず冒頭でそう言っておけば、誰も追及してこないから楽。


 間違ってうっかり「ゲームの脚本シナリオとか書いてるよ」なんて口にすれば興味をもたれて「ゲームってどんなの? RPG系?」とか聞かれてしまう。


 ――ギャルゲーだよ。一部、未成年が買えないのも含まれるよ。


 グロイの? 違うよ。エロゲーだよ。


 友達はドン引きした。二度と会話イベントが発生することはなかった。


 そう。お父さんはシナリオライターなのだった。お父さんの仕事歴にはエロゲーもあるよって言うと、「伝統と格式ある恋愛シミュレーションゲームと言えば一般人にも理解されるから」って言うけど、信用してはいけない。


 こじらせたオタクが口にする一般人ほど、あてにならない言葉はないのだ。


 そもそも、ギャルゲーもエロゲーも、世界市場では一切相手にされてない。理由は単純で売れないからだ。


 エロゲーが一万本も売れたよっていうと、業界では大ヒットの部類だけど、世界で開催されてるゲームイベントに出展されるような作品は、一万本しか売れなかったら、大赤字で責任者は総辞職のレベルなわけ。


 ようするに、お父さんの仕事は、世間的な知名度が低い。オタクの妄想を前のめりに押し出しただけのノベルゲームは、ファンの間でも『紙芝居ゲー』と揶揄されているぐらいだ。


 そして、そんな小さな、ニッチな世界のファンに媚びるシナリオを書くのがお父さんの仕事だった。と、ここまで説明すれば、私がお父さんのお仕事を「普通のサラリーマンだよ」と口にするのは無理もないなって分かってもらえると思う。


 まぁ平たく言えば、社会的地位が低い。とも言える。


 ――私はだいぶ前にあきらめちゃったけどね、その辺り。


 これは『お父さんのメインヒロイン』である、お母さんが実際に口にした格言だった。


「そもそもね、言葉を濁して〝脚本家〟をやってますって言えば、すごい、理解あるんですね、なんて言われるのが日常茶飯事だから。確かに職業として安定してるなんて、とてもじゃないけど言えないし……あ、でも、貴女たちはそんなことを気にする必要はまったくないんだよ? 普通に父は健全な会社員ですって答えておけば、余計な波風は立たないからね。

 それと大人になって結婚するなら、そこそこお金があって、職業も時代に適した展望があって、一週間のいずれかにはきちんと定休日が存在する。そういう相手と一緒になった方がいいと思うよ。市役所の公務員とか」


 お母さんもいろいろ、苦労してるみたい。


 ※


 月曜日のお昼。お母さんは通販のカタログページをめくりながら、市販のチョコチップクッキーを食べていた。私はその隣で電子書籍を読んでいる。タイトルは『恋するメトロノーム・2nd season』霞詩子先生の新作だ。


 先生の処女作である『恋するメトロノーム』で結ばれた子供たちが紡ぐ、新しい恋愛物語。時に先生の歳を尋ねてはいけない。逆算してもいけない。30超えても独身だからこんなにピュアな話が書けるんですかと口にしたら、明日はこない。永遠に。


 ――この恋、今度こそ、叶えてみせるわ……っ!!


 書店で平積みされていた通常書籍版の帯が妙に生々しい。と思ったことも胸の内に秘めておくのが正解だ。これでも一応、私は詩子先生から信頼されている読者の一人である。


 先生から直々に「読んだら感想ちょうだいね。ついでにお父さんの近況も教えてくれたら、お姉さん内緒でおこづかいあげちゃうわよ」と買収されている。


 他人の書いた本を読んで一言そえるだけで、何故かお金が増えていく。こんなに楽なことはないので、詩子先生の個人的なアシスタントは3年ほど続いている。


 あ、ちなみに私は小学校三年生。ひとつ上にお兄ちゃんがいる。今は隣で携帯ゲームをやっている。キャラクターのメインビジュアルが柏木エリ先生だ。白い鎧をつけた金髪ツインテのヒロインが「ていっ! たぁっ! やっ!」とか言いながら、汚らわしいオーク相手に、あんなトコやこんなトコをバッサバッサと斬り伏せている。


「あー、攻撃ミスった。レイプされる」

「されたらイベント入るんじゃなかった?」

「それPC版。これ全年齢だからよー」

「そか。じゃあレイプされないんじゃない?」

「あ、そうだったわ」


 ……えーと、さっきも言ったけど、今日は月曜日。陽気うららかなお昼下がり。べつに学校をサボっているわけではなくて、昨日は学校で運動会があったから、いわゆる振替休日というやつだ。


 友達の家にでも遊びにいこうかなと思ったけど、そもそも私は友達がいなかった。理由としては生来のコミュ障に加え、お父さんの職業がクラスの男子の間で広まってしまい、ちょっと女子の間でも引け目を感じているのもある。


 ――え、お父さんはどこだって?


 いるよ。今私たちの隣で拭き掃除やってるよ。昨日の運動会には来るって言ってたのに。結局は連絡ひとつ寄越さずに、会社の方でシナリオ書いてたよ。エロいやつ。


 だから今、必死に自分の持ち株をあげようとして、雑巾を片手にせっせと拭き掃除を続けてるんだよ。ユ○クロのシャツにジーンズっていう、リーズナブル・スタイルで、さっきからこっちをチラチラ見てる。


 さっきから一人で「よーし綺麗になってきたかなー」とか「掃除機もかけちゃおうかなー」とかリアルに呟いているから、お母さんそろそろ許してあげなよ。相手してあげないと可哀想だよって、胸の内で告げる。


「あ、このカーペット、ちょっといいなぁ」


 するとカタログをめくっていたお母さんが、何気なしに言った。


「おっ、どれどれ?」


 すかさず寄ってくるお父さん。お母さんが目も合わせずに嗜めた。


「倫くん。日曜日に運動してないから元気あるよね?」

「……えっ」

「ちょっと近所の雑貨店いくつか回って、これと似た様なのを写メ撮って送ってきてくれないかなぁ。買う予定はないけど」

「め、恵さん……」


 お父さんが言葉を詰まらせた。


「子供たちの前で父親いびりは教育上よろしくないと思うんだ……だから」

「あ、そうだ。知ってる? 最近は日曜日に運動会でるでる詐欺が流行ってるらしいよ。犯人は〝自称〟お父さんを名乗るらしいから、二人とも気をつけるんだよ?」


 お母さんは、私の方を見て、言った。


「……なぁ、母ちゃん、母ちゃん」

「なにかなお兄ちゃん」

「母ちゃんの後ろで打ちひしがれてるおっさんが、オレらの父ちゃんじゃないってことは、離婚すんの?」


 でええええええええりゃあああああ!!! スバアアアアアアンっっ!!

 ぐ、グアアアアアアアアッ!!!! よーし、やったわっ!!


 お兄ちゃんの手元のゲーム機から、金髪ツインテの咆哮が轟いた。ガッツポーズしている。まだ負けてない。


「お兄ちゃんは、二人が離婚したらどっちについてくる?」

「あー、やっぱ離婚すんだー」

「しないから! 冗談だよね恵さん!?」

「ふふ。男の人ってどうしてか、一度恋人になった相手は自分のことだけは、ずーっと好きなんだって勘違いし続けてるよねぇ。ギャルゲー脳って言うんだっけ? こういうの」

「恵さんー!」

「母ちゃん、父ちゃんと離婚する確率、オークキングからSレア素材でるのと比べたら、どっちが確率高い?」

「明日も晴れだったら、ちょっと役所まで出かけて書類もらってくるかな。ってぐらいには可能性ありそう」

「いもーと、そのスマホ、ネット繋いでんだろ。明日の降水確率ナンボ?」

「もう調べた。0%だって」

「マジでー、じゃあオレ、母ちゃんの方についてくわ」

「じゃあ私もお母さんで」

「お父さん派はいないのかよ!?」


 お父さん(仮)が叫んだ。


「いや、そうじゃなくて! そもそも離婚しないから! お父さん、恵さんのこと今でもちゃんと愛してるから!! お願い信じて子供たち!」


 なんか涙目になっていた。

 うちのお父さんは、普通に泣く。大人なのに、泣く。


「まぁ、仕方ないんじゃね? 先週は、よーし、パパ運動苦手だけど可愛い子供たちの為に年甲斐もなくハリきっちゃうぞ~とか言ってたし。言ってた上で予定ブッチだし」

「ひぐぅっ!?」


 私も同意する。


「結局、保護者リレーに代理で出たのお母さんだったもんね。他のお家の人はみんなお父さんだったのに。お母さん地味に足速くて一人抜いたけど」


 2COMBO。


「たぶん、デスクワーク一筋のオタの父ちゃんじゃ、あぁはいかなかったよなー。むしろ三人ぐらいに抜かれたんじゃね?」

「……っ!」


 3COMBO。


「考えてみたら、お母さんで正解だったよね」


 4COMBO。


「だなー。でも母ちゃん的には、そんなオタ父ちゃんが顔を見せるだけで、今後のご近所付き合いの外交力があがるから、やっぱ来た方が良かったと思うけどなー」

「どっちにせよ、約束守れない大人って、ダメだよね」

「まぁ家庭のじじょーって、世間的には含まれない場合もあるからなー」

「仕事だったら、仕方ないのかなって」


 5COMBO。

 6COMBO。

 7COMBO。

 8COMBO。


 お父さんはオーバーキルを受けたようにのけぞって、廊下と居間を繋ぐ柱の角に後頭部をぶつけてめそめそ泣きだした。ところでお兄ちゃん、空気よめないくせに、周りのことはよく見てるよね。


「……悪くない。お父さん悪くないもん……」


 そしてお父さんが逆行をはじめる。


「……だってだって……付き合いのある会社の新人ライターが急に行方をくらましたって言うから、お父さん仕方なく連日徹夜で付き合わざるを得なかったんだもん……朝も昼も夜もなく働いて、カフェイン剤のお世話になりすぎてたから……うっかり一日間違えちゃったっていうか……」


「だから、仕事はしょうがないけどさー。確か詩羽センセ絡みの案件だよな?」


「!?」


 ベタな感情表現を実際口にだす。びっくりはてな。それがお父さんクオリティだ。


「息子なんでおまえそんなことまで知ってんだよびっくりはてな!?」

「伊織さんから聞いたー」

「あのクソ野郎がああああ!!!」

「ふーん、そうなんだー」


 ――あ、お母さんの〝スイッチ〟入った。


「そうかぁ、霞ヶ丘先輩の頼みじゃ仕方ないよねぇ」

「恵みさん! 違うんです! 誤解なんすよ! 俺の話を聞いてください!」


 お父さんが、浮気のバレたヒモ男みたいな発言をはじめた。ヒモっていう言葉の意味は詩子先生から教えてもらった。先生曰く、私のお父さんはヒモの素質があるらしい。そしてそういうのに惹かれる女性がいるらしい。誰が、とは言わない。


「倫くん、家族のイベントよりも、昔の恋人のイベントを優先したんだね?」

「待って! 恋人になった経歴はないから!!」

「あ、これオレ知ってる。昼ドラってやつかな?」

「お兄ちゃん、空気よんで。お父さん今瀬戸際だから」

「そこぉ! 冷静に分析するのやめようね!?」


 お父さんはもはや、真っ青だった。たとえるなら今すぐこの場を逃げ出して、一日のほとんどを学業と仕事に費やして、深夜は一人ベッドに潜って憂鬱に過ごしたいという、暗い事情を抱えた大学一年生のような顔をした。


「……悪かった。今回の件は本当に悪かった。安芸家のご家族の方々には、この通りお詫び申し上げますから……許して」


 お父さんが、ヒロインを寝取られた主人公みたいな顔をする。


「えーと、車出すからさ。家族みんなでパーッとどこか行こうぜ?」


 あまりにも混乱してるせいか、キャラが変わっていた。友人Aかな?


「図書館でも遊園地でもショッピングモールでも、どこでも付き合うぜ? あ、でもでもぉ、どうせなら最近暑いし、プールとか、ちょっと遠出して海なんてどうかな。おー、いいじゃんいいじゃん。よーし、泳ごうぜ、かっこ、てん、主人公!」


「父ちゃん落ち着け」


 やっとお兄ちゃんが空気をよんだ。それぐらいヤバかった。


「運動会の翌日ぐらいは、お家でのんびりしたいって選択肢が普通だと思うなぁ。久しぶり身体動かしたし」


 お母さんからもフォローが入る。でもさっきから一度もお父さんの顔を見てない。視線はカタログに釘づけて、すべて背中で語っていた。


 ――でも。


「恵さん……」

「なにかな、倫くん」

「捨てないで」

「子供たちの前で言う台詞じゃないよね、それ」

「だってさぁ……ごめん、ほんと悪かった許して」


 ――それでも、お父さんは知らない。


 とっても自然に、さりげなく、フラットに亭主に釘をさすお母さんの口元は、どうしようもなく微笑んでいる。カタログは例のページから一枚も進んでない。


 だいたい、結婚して10年も経っているのに、いまだに相手のことを「くん」「さん」で呼び合う夫婦って、少なくとも私は他にしらない。だから詩子先生には申し訳ないけれど、


 ――うちは、すごく上手く行ってると思いますよ。


 スマホをタップする。指先で詩子先生の新作を読み進める。新しく登場した女子高生は、親の代から続く因縁じみた三角関係を結んだ相手にそっとささやいた。


「……やっぱり、貴女には敵わないわね。でも、愛にはいろいろな形があるものよ?」


 どうしても負け惜しみっぽく聞こえてしまうのは、心情的に分かってしまうからだ。私は詩子先生の読者であり、信者であり、味方だから。


(お母さんは、普通の相手と幸せになったらって言うけれど。私もきっと、お母さんや、先生のように、普通の恋はできないだろうなって思います)



 了

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