3-6 裸ポンチョとバスク帽

 ベルマニュは眉間にしわを寄せてチャコを睨んできた。


「お前は……誰だ?」

「俺は……」


 そこまで言ってチャコは何と言おうかと考える。

 素直に言っていいものか。それとも、嘘をつくべきか。


「おい。答えられないのか」

「詳しくは言えないんだが、まあ、おたくの敵ではないぜ」

「エンジェル・アイの手下か?」

「まあ、そんなとこだな」

「私を陥れたのは故意にか?」

「まさか」

「だが、その反応を見るに助けに来たわけでもないか」


 チャコはその問いには答えず、肩を竦めて見せた。


「それはいい。今回の件は完全に私の油断が見せた失態だ。私が同じ立場であれば同じことをしただろう。恨みはしない」


 チャコは「ははあ」と苦笑いをして嫌な汗をぬぐった。

 嘘を半分真実を半分。まあ、こんな回答で良いだろうと一人納得して、チャコはため息交じりにポンチョを脱いだ。


「ほら」


 そう言ってポンチョを彼女に差しだす。


「これは?」

「ポンチョだ」

「見ればわかる。どうしろというんだ」

「どうしろとは言わねえですがね。踏むなり裂くなり好きに使ってくれて結構ですよ」


 ベルマニュは「ふむ」とポンチョを受け取るとそれで顔をふいた。


「臭いな」

「それは言いっこなしだぜ……アンタ人の気持ちとか分からねえのかよ」

「人の気持ち……分からないな」

「だろうよ」


 チャコがそう言ったところで小屋の入り口付近から人の気配が感じられた。


「おーい。そろそろ交代の時間だぜ?」


 そんな声が聞こえてくる。どうにも門番をしていた連中のようだ。

 小屋にいた連中は交代要員といったところか。

 チャコはすかさず腰のベルトからナイフを抜出し、音も立てずに小屋の中を隔てる柵を飛び越え干し草に飛び込んだ。

 残ったベルマニュもまたポンチョを片手に暗がりに身を潜めた。

 ぞろりと敵が入って来た。

 数は四人。

 酔っぱらっているのかおぼつかない足取りで明かりの方に近づく。

 全員が入ったのを確認してチャコはすかさず背後から忍び寄り、最後尾の男の頸椎に深々とナイフを突き立てた。

 一番後ろの男が倒れるのと同時に敵は死体を見つけ声を上げようとするが、その時にはすでにチャコが三人の只中に飛び込んでいた。


「野郎!」


 そう言って敵は銃を抜こうとするがチャコの腕はそれより早く、その抜こうとする相手の手首を鮮やかに切り裂いてみせる。

 それを続けざまに三度。そのままの速さで翻る刃を逆手に持ち替え、一人のこめかみに深々と突き刺す。そこで腰からもう一本のナイフを取り出し、鳩尾に突き刺し捻り空気を流し込んだところで問題が起きた。

 相手がチャコの腕を掴んだのだ。ナイフを刺した相手は死ぬだろうが、残った相手が駆けて逃げようとしたのだ。

 今逃げられると屋敷中の敵がここになだれ込んでくる。

 勝てるわけがない。

 何とかして動こうとするも、この相手、なかなかにガッツがあるらしく、白い歯を真っ赤に染めながら険しい表情でチャコの手をつかんで離さない。

 もう駄目だと思った瞬間であった。

 逃げる相手の頭が消えたのだ。


「なッ!?」


 チャコは何が起きたのだと目を凝らすと、暗闇の中のそれが目に入って来た。

 相手の頭は何も消し飛んだわけではないのだ。暗がりから飛び出したベルマニュが相手の頭をポンチョで包んだのだ。

 黒のポンチョに包まれた頭が消えたように見えるのはどうしてといったところである。


「良しいいぞ。そのまま抑えといてくれよ。俺が今────」


 チャコはそう言い、眼前の相手を蹴り飛ばしたところで、ゴキッと鈍い音が響いたのだ。

 ベルマニュの眼前に頭が明後日の方向を向いた死体が落ちる。


「何か?」


 すまし顔でベルマニュがそういうので、チャコは「いえ」と首を横に振ってみせた。


「澄まして言うのは結構ですがねぇ。ポンチョ着てくださいよねぇ」


 その言葉を受け、ベルマニュは「あ、そういう」とポンチョを見つめるのであった。


「オタクもしかして俺がアンタに武器としてそれ渡したとでも思ってたんですかい?」

「いや、あの状況だとそうとしか……」

「いや、誰がどう考えたってアレ完全に傷付いた女性に手を差し伸べるクールな男の状況でしょうがよ!」

「クールではないだろう」

「あーもう! アンタと話してると頭がおかしくなりそうだ」


 チャコは殺した男死体を見やり、男の被っているバスク帽を手に取って被って見せた。


「よっしゃ、じゃあ、俺はこのまま屋敷に忍び込みますがね。どうします?」

「付いて行くとも! 辱めを受けた復讐がある」

「でしょうよ」


 彼女はこくりと頷き、死体からガンベルトを取り外し、腰に装着する。


「あの一ついいですかね?」

「なんだ?」

「服を着ろ! 裸にガンベルトなんて聞いたことねえぞ! 恥ずかしくないのか! おたくは痴女か! 色狂いか!」

「いや、私は目が悪くてな。良く視えないから良いかと……あ、痴女でも色狂いでもないぞ」

「アンタは良くても俺は視えてんだよ! あと冷静に罵倒に回答いただかなくてもけっこう」

「そうか……だが、服が」

「ポンチョー! 俺が渡したポンチョ~! 何なの! 三歩ごとに記憶が飛んでんですかい? 鳥の仲間かなんかですかね!」

「……? 鳥の仲間ではないぞ」

「あーもう! やってられねえよ!」

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