3-7 走れ、男、走れ!

 サンディは小屋からそっと出てきた二つの影に気づいた。

 一つはチャコの物だが、もう一つは……。

 

「何を言ったのやら……」


 そう呟き、彼女は安楽椅子から立ち上がると、おもむろに部屋に戻り、ベッドの上に置いたライフルを手に取るのであった。

 



 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 



「敵の数は?」


 ぶかっとしたシャツをワンピースのようにして、腰の辺りにガンベルトを巻き、その上からチャコのポンチョを着たベルマニュがそう尋ねる。


「今確認中ですよぉ~……」


 チャコは小屋の端から外の様子を伺う。

 敵の数は屋敷の前に三人ほど。放っておけばおそらく門番がいないことに気づかれるだろう。

 屋敷の中にも数人いるはずだが、今はなるべく相手をしたくないところだ。

 そうこう考えている耳元で、かちゃりと弾丸がシリンダーの内側で転がる音がした。


「服着てくれたのは嬉しいんですがね、しばらくは音を立てずに行きたいんですよね」

「そうか」


 そう言って彼女はそっと手を伸ばし、屋敷の壁に寄りかかるメキシコ人に狙いを定めたのだ。

 チャコは瞬時に彼女の手からリボルバーを取り上げ、撃鉄を戻してベルマニュの鼻先を指差した。


「何をする!」

「こっちのセリフだ! 今撃とうとしたな!」

「ああ」

「なんだ、『ああ』ってのは!」

「了解したという意味合いだが……伝わらなかったか?」

「そりゃこっちのセリフだってんだよ。俺言いましたよね、こっからは音を立てずに行くぞって」

「あ……ではなく、了解」

「じゃあ、何だっておたくは銃を撃とうとしたんですかい?」

「あ! あれは私に言ったのか。てっきり自己表明しているのかと思っていて」

「何で自分のやることを確認するのに誰かに聞いてもらわなけりゃいけねえってんだよ!」

「私はそうやって来たんだが……」

「……そうか、軍人か、おたく」

「……了解」

「だが、ガキの頃はそうじゃなかったろ? まあ、面倒だろうが、俺はオタクと比べりゃ社会的なレベルで言えばガキと同じだ。ガキ相手するもんと思って接してくれや」

「ガキというのは子供という事か?」

「ああ」

「すまないが、私は子供のころから軍人だ」

「そりゃねえだろうが」

「無いと言われても困る。実際、子供のころから軍人として鍛えられてた。父が軍人だったのだ」

「…………ホント、調子狂うんだよなぁ、おたく!」


 チャコはバスク帽を一度脱ぎ、後頭部を掻きむしってみせる。

 それから帽子をかぶり直し、自分の頬をパンと叩いた。

 この女が少し可哀想と思った……というよりは、少しばかり自分に近い物を感じたというのが適切であった。

 チャコの両親……いや、父親は本当の父親ではない。

 そう教えてくれたのは母親であった。

 彼女が言うにはチャコはウルフ・サンチェこそが父親だというのだが、定かではない。

 チャコの母親はメキシコの革命軍にいたのだ。そして、父親は革命軍のリーダーであり、多くの妻の夫であったビクタリアン・シスコ将軍であったのだ。

 故に、父というよりは使えるべき対象であり、向こうからしても一兵士としてしか見られていなかったのだ。

 来る日も来る日も人の殺し方……それも、同じ国の同じ人種の殺し方である。

 どれだけ自分がウルフのもとで戦えたらばと願った事か。

 シスコ将軍は革命とは名ばかりの盗賊の親玉でしかなかった。

 革命を大義名分に、各村々から物資に金に、女をさらい、逆らえば殺し、犯す。

 そんなやり方がおかしいと気付いたのはいつ頃だったか。

 革命軍を抜け出し、群狼盗賊団ウルフパックを探したのだ。

 そんなおりアメリカはランドウェイ荒野のど真ん中、九龍街で群狼盗賊団の情報を探っていたところで、エンジェル・アイこと、サンディ・ルーヴァン・ターナー大尉に出会った、というとやさしいが、捕まったのである。

 まあ、だからか、幾分彼女の言っていた子供時代が無いという気持ちは身に染みて分かってしまうのであった。

 振り向くと、分からないと言った具合に彼女は小首をかしげる。


「それに、アンタ目が悪いんだろ?」

「見えない訳ではない」

「当てられる確率は?」

「二割」

「じゃあ、軍人としてのアンタに聞くが、今のアンタは銃を撃つべきか?」

「弾を当てられず、私の居場所を知られ、良い的になるだけだ……」

「ああ。で、一応聞きたいんだが、俺はアンタの仲間だ。少なくとも俺はそう思ってるわけだが、それでも撃つか?」

「了解だ」

「そうだよな……じゃない! 話聞いてたか!?」

「聞いていたとも。そちらこそ聞いていたか? 敵に居場所を知られるのは《私》だけだぞ」


 チャコはきょとんとした後、にこりと笑い、首を横に振ってみせた。


「おたくには負けたよ……」

「目的は敵の全滅ではないのだろう?」

「誘い出すだけだ」

「つまりは……」

「屋敷に火をつける」

「つけた後は?」

「逃げるとも」

「どこに?」

「ここで待ってろ。後で教える」


 チャコはそう言ってにこりと頬を緩めると、小屋の裏を駆ける。

 凄まじい速度である。

 小屋の明かりのもとにたどり着いたところで、銃声が轟いた。

 良く視えていないベルマニュはそうもたないだろう。それまでに火をつけ、彼女のもとに駆けつけねばならない。

 ああ、何をしているのだろう。

 あの女の事なんて別にどうでも良いじゃないか。

 そもそも陥れたのは俺たちなんだぜ?

 そう心では思うものの、チャコの足はひた駆けるのであった。

 走れ、チャコ、走れ!

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