3-5 朝陽が昇るまで

 暗がりに佇む屋敷がある。

 薄らぼんやりとオレンジの灯を寒い夜に浮かべ、町の東側にどうと構えるのは、ドワインの屋敷だ。

 門があり、白壁の塀がある。塀の高さは成人男性と同じほど、高くはないが、到底人間に飛び越えられるほど低くもない。

 門番は五人。一人は寝ており、他の四人は空の酒樽を利用して呑気にカードゲームにいそしんでいた。


「野郎。また勝ちやがったな!」

「馬鹿、俺はお前らと違って観察力があるんだよ」

「何だと。それじゃあ俺が間抜けだって言いてえのか」

「お前は自分が間抜けじゃねえと思ってるのか?」


 そんなやり取りにげらげらと声をあげて笑えるのは、ひとえに酒と煙草に浮かれているからだろう。

 その様子を遠く宿のテラスから眺める女がいる。

 彼女はサンディ・ルーヴァン・ターナー。またの名をエンジェル・アイ。

 白のシャツに趣味の悪い模様のベストを羽織り、口にシガーを咥え、屋敷の様子をうかがっていた。

 もちろん、常人であればこんな夜中に、同じ町とは言え距離のある屋敷の様子をうかがえるはずはないのだが、彼女は特別だ。

 その眼は人並み外れて良く視える。

 南北戦争ではその眼を活かし、数多の南軍をあの世に導いた、天使の瞳を持つ女。


「ふむ……」


 彼女は少しばかり疲れた様子で、屋敷を見つめる。その表情は珍しく畏まった表情をしていた。

 事これから始まることは今回彼女が画策する全ての根幹。ここをしくじれば全てが上手くいかなくなるのだ。

 ひいてはこの町の人間を皆殺しにしなければならない。そればかりは弾も体力も無駄なのでやりたくないと、緊張している次第なのである。

 短くなったシガーを落とし、ブーツの爪先で潰した時、ふと屋敷の暗がりに何かが動いた。

 彼女はにこりといつもの表情に戻り、テラスに用意されている安楽椅子に腰を下ろす。

 ベストのポケットから銀色のシガレットケースを取り出すと、一本取り出し口に咥えてみせた。


「さぁて……お手並み拝見と行きましょうか」


 そういうや、硫黄マッチを安楽椅子の手すりで擦り火を灯すのであった。

 



  ◇ ◇ ◇ ◇

 



 チャコは暗がりから進み出ると、塀を伝って門の付近まで移動した。

 辺りは藍色の闇に飲まれ、屋敷だけが僅かに光を放っている状態。暗闇を人が歩いたところでよほど夜目の利く奴でもない限り見えやしない。

 故に、チャコは夜が好きであった。

 もともと盗賊の彼からすれば盗みにこれほど適した条件は無い。

 とはいえ、此度エンジェル・アイから任された任務は厄介極まりないのだ。

 何せ、屋敷に忍び込んでころあいを見計らって朝まで暴れろと言うのだからたまったものではない。

 朝になったら援護してやるとは言っていたが、相変わらず目的は言ってくれないし、だいたい朝まで暴れろったって銃も使えない俺に何を期待しているやら……。

 普通ならばすたこら逃げてやるところだが、如何せん逃げれば懸賞金をかけられるし、彼女の発行した手配書はまず彼女の友人と言われる連中に渡される。

 賞金のためなら容赦はしない死の医者ドクター・オブ・デスホリデー。目をつけられたが最期必ず賞金首のもとに現れる死の騎手ペイルライダー名無しの銀髪シルヴェリィ・ジェーン。あのワイルドバンチを一人で壊滅間際まで追い込んだロイヤル・B・ジャック。などなど言い出せば身の毛のよだつ連中が名を連ねるのだ。

 そして何より彼女、エンジェル・アイ自身も追いかけてくる。それが何より恐ろしい。

 そんな連中から朝も昼も夜も追われ続けて生きていくよりは多少無理難題を吹っかけられようがこうして彼女の命令を聞いていた方がわが身のためと言うやつだ。

 リタなんかに言わせればチキンだの玉無しだの言われそうだが、あいにくわが身が可愛いのだ、俺は。

 チャコは少しため息交じりに肩を竦め、塀を見やった。

 こりゃ、人には無理だ。

 人にはね。

 チャコはにやりといやらしい笑みを浮かべるや、ひょうと静かに地面を蹴って塀を飛び越えたのだ。

 流石は獣人の血が混じっているだけはある。

 降り立ったのは屋敷から少し離れた小屋の側であった。

 事を起こすまで少し時間がある。小屋で外の様子を伺いながら、計画でも立てるかとチャコは小屋の中にそっと入り込んだ。

 そこで気付く。

 熱を感じる。家畜小屋のような臭いもだ。明かりも視えるからしてチャコはやれやれとポンチョに仕込んだ小振りなナイフに手をかけた。

 足音を立てないようにそおっと動き出すチャコ。

 光源に近づくや、声が聞こえる。

 動きを止め、柱の陰に隠れ熱と音に集中することにした。

 かなり熱を持っている。数は三人……いや、四人だ。

 楽でも難しくもない数だな……。

 チャコはにやりと笑い、右手にナイフを構えるや、ぴゅうと口笛を吹いて見せたのだ。


「誰だ!」


 誰かがそう言った途端である。

 柱から躍り出たチャコは音の方向に左手でポンチョから勢いよく抜き出した小振りなナイフを投げつけたのである。

 二回転の後、刃は相手の額に深々と突き刺さった。その隣の男は状況を理解できていない。その隣の男は一部始終を見ていた為床に置いているガンベルトに目を向けていた。

 チャコは目にもとまらぬ速さでこのガンベルトの男に駆け寄るや右手のナイフで男の手首を切り落とし、そのまま仰け反る相手の首を切りあげた。

 鋭い切り口が赤くなり、斬られた事を思いだしたかのごとくどっぷりと血がこぼれ出す。

 チャコは自分が切った相手など見もせずに次の獲物を狙う……とはいっても隣の反応できていない男だ。斬り上げた状態からチャコは体を強くひねり、その間に右手の刃を逆手に持ち替え男の鳩尾の下に深々と突き刺した。

 ゴンッと硬い音が響いたが、痩せた男の薄い体を貫通したナイフが男の背後にあった柱にまで到達したために発せられた音だ。

 男は鳩尾を刺された衝撃で意識を失った。もう二度と意識が戻ることはないだろう。

 そして四人目だと、チャコがポンチョから新たにナイフを取り出そうと思ったところで床で泥だらけになりながらはいつくばっている四人目が目に入った。


「アンタは……」


 それは、全裸でこちらを見上げるベルマニュであった。

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