3-2 狩りの時間

「善は急げ……と言うやつか」


 ドワインがフェルトのハットを威厳ありげに被ってそう言った。

 照りつける太陽の下、ドワインの部下に並び立つのはサンディ・ルーヴァン・ターナーである。


「ええ、昨日の今日。町の様子見をしている事でしょう。ここは四方を砂漠に囲まれてます。それに、岩も丘もある。隠れるには絶好ですわ」

「……で、策はあるんだろうな?」

「何を? 賊を追いたてること? 失礼ですけれども、誰にその質問を訊ねているか理解しておいで?」

「さあな」

「…………まあ、いいですわ。兎角、適材適所、迅速に動いてもらう必要があります」


 サンディは声を張ってそう言った。


「逃げた女盗賊を追うのは、そう……ニコライと言いましたか、アナタ?」


 彼女が指差したのはいつぞや顔合わせしたドワインの部下の中では比較的頭のまわる男だ。


「ああ。何だ」

「アナタが5、6人引き連れ外に出回ってくださる?」

「おい待て! 何故お前が勝手に仕切ってるんだ」


 ドワインがドスを利かせた声で割り込むが、サンディはひらりと澄ました顔で人差し指をピンと立てた。


「策はあるかと問われたので、策を出している訳でしてよ? 嫌ならば従わなければいい」

「……続けろ」

「どうも」


 彼女は皮肉を込めて頭を下げると、言葉を続けた。


「アナタ方が動き回っている間、そうですわね。残りの方々はそれとなく町の外側で砂漠を監視していただきます」

「監視だぁ? 突っ立って外観てろってか?」


 誰かが言った。言葉使いからしても三下も良いところ。ドワインですら名前を知らないだろう。

 サンディはにこりと微笑む。


「監視がもっとも大事ですの。ですから、アナタは何も言わず酒場でお酒でも飲んでなさいな」

「何だとこの――――」

「落ち着け」


 そう言って男をなだめるのはニコライだ。

 サンディの目が微かに開き、ニコライの方を睨んだ。もっとも、危機感のある目ではない。楽しんでいるというべきか、愉快というべきか。そういう目だ。玩具を前にした子供、とでもいうか。


「助かりますわ。それで、概要なのですけれども。まず。私が銃を撃ちます。これは朝と夕毎日やっていますからお分かりでしょう?」

「ああ」


 と、ドワイン。


「そこで監視の役目ですわ。敵はこの私から逃げ切った凄腕。ならば、きっと銃声にも敏感なはず。わずかの銃声でも動きを見せることでしょう」

「なるほど。動きを見せたところを監視組が見つけ、俺たちが追うと……そういう訳か」

「ビンゴ! その通りですわ。アナタとは一晩寝てあげても良くてよ、ニコライ」

「だがそうなると、俺は何をすればいい?」


 ドワインが不満げに言った。


「何をって……将たる者身構えておくことも大事でしてよ? それに、敵が一人とも限りませんでしょう?」


 この時、ドワインは「そうだな」と放った。サンディの最大限の皮肉を理解していないようだ。


「で、アナタのやり口といたしましてわ。まず、敵さんは殺さないんでしょう?」

「ああ。生け捕りだ」

「結構……楽しみですわ」


 彼女がにこりと微笑んだ。



 

 しばらくして、広間の中央に佇む彼女のもとに馬に乗ったニコライと手下五人がやってきた。


「監視組は配置についた。東西南北に一人ずつ。教会の塔に一人だ。五人とも目は良い。なんたって南北戦争のときは狙撃手だった連中だからな」

「どっちの?」


 サンディは嫌みな笑顔を作って見せる。


「どっちでもいいだろう。気になるか?」

「いいえ。全然」

「兎に角。こいつらが敵を見つけ次第その方角の奴が銃を空に撃つ。すかさず塔の奴がその方角を確認。俺たちが走って向かうって訳だが……どうだろうか?」

「完璧です。では、始めましょうか」


 彼女はそう言って天に向かって銃を放ってみせた。

 驚き馬が嘶き、ニコライ含めた六人の内、最後尾の男が馬に振り落とされる。


「準備ぐらいさせろ。唐突すぎるだろうが! お前は――――」


 ニコライがそう言いかけたところで、西で銃声が上がった。

 ニコライたちが教会の塔を見上げる。

 塔の上の男が西を指差す。


「西の四つ並んだ岩陰だ!」


 ニコライは帽子を摘み、礼をすると、ハイヤと駆け出した。


「行ってらっしゃいなー」


 サンディはその後ろ姿を見ながらつぶやくのであった。

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