第三章
3-1 性悪女
その夜、チャコはするりと窓からボブの家に忍び込んだ。
もっとも、もう既にサムの家ではないのだが。
家の中は静まり返っている。
家主のサムが死んだことはチャコも知っていた。けれども、誰もいないとなると様子がおかしい。
チャコはポンチョの内側にずらりと並べたナイフを一つ手に取ると、それを右の肩にかかったポンチョに差し込んだ。
丁度、彼の肩からナイフの柄が生えたようになっている。
チャコは息を殺して部屋の中を進む。
サンディからの連絡は無い。
そもそも連絡を取り合っていはいなかったが、事前に留守にするとは一言も聞いていない。
つまり、彼女の計画外の出来事が起こったという事か……。
そう考えたところで、チャコを嫌な予感が襲う。
予測していなかったことが起こればどうするのかという事だ。
一度、自分の身の安全を確実にしてから作戦を練る必要がある。
では、真に安全な瞬間とはどんな時か……。
それは、獲物が自分を標的としていない時である。
チャコは家の中で何かが動くのを感じた。
どうすれば標的が逸れるか……簡単な事だ。
別の標的を作ればいい。
リビングの柱から飛び出してきたのはドワインの手下。この町の副保安官である。
その手には銃。相手驚いているが、その驚きは予想外のことが起こったという驚きより、何故俺の前にこいつが出てきたのだという驚き……つまり、チャコがここにいるという事を理解したうえでの驚きに見えたのだ。
じっさい、それは間違いではないだろう。
そう思いながら、チャコは自分の肩に置いたナイフの柄を掴むと、相手が銃の撃鉄も下ろす間もなく素早く投擲した。
ナイフは男の喉に突き刺さり、命を奪う──が、男は命の灯が尽きる刹那、引き金を引いたのだ。
鳴り響く銃声。
そして、家に明かりが灯った。
次々と家の柱や窓から副保安官が飛び出してくる。
チャコは謀られたと、下唇を噛みしめながらポンチョからナイフを取り出し、両手に持ち、テーブルをひっくり返し、その裏に滑り込む。
とはいえ、盾としたのは木製のテーブルだ。バカスカ撃たれればほんの数秒で粉々になるし、弾は防ぎきれず貫通してくるから盾としての機能なんてありゃしない。
チャコの目的は木製のテーブルを盾にすることではない。
頭上のランプをこの倒したテーブルに落とし、火の手を上げさせようとしたのだ。
彼が頭上のランプにナイフを投げつけようとした刹那、それは目に入った。
ランプは既に落下を始めていたのだ。
もちろん、誰がランプを撃ったかなんてわかりきっている。
テーブルを餌に炎が上がった。
チャコはそれを尻目に暗くなった部屋の柱の裏に身を隠した。相手はチャコがテーブルの裏にいるものと思い、まだそこを撃っている。
その集団の中で、率先してテーブルを撃つ女がいる。
彼女、サンディであった。
彼女の青い瞳と目が合う。
チャコに向かい、静かに頷くサンディ。
チャコは両手のナイフをサンディの両隣りの副保安官に投げつけ、そのまま窓から飛び出し、荒野に姿を消したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
荒れ果てたサムの家に一人たたずむサンディ。
割れた窓を眺めていると、背後に人の気配がある。
「何かようでも?」
「もちろんあるとも」
そう言いながらサンディの横に並んだのはドワインである。
「部下が三人殺された」
「見ればわかりますわ。目を細めているのは視力が弱いから細めているだけですよ」
「その割には皺が少ない」
「女性に皺の話は禁句でしてよ……次言えば殺します」
「ふうむ……で、盗賊はどこかな?」
盗賊の所を強調していったように聞こえたのは聞き間違いではないだろう。サンディはにこりと微笑む。
「逃げましたわ」
「逃がしたのか……キミが?」
「ええ、私が」
「追いかけないのかね、あの時のように」
「夜ですから。それに、仲間を殺されて気が動転していましたの~」
更にわざとらしく彼女は笑みをドワインに見せつける。
「まあ、明日にでも探索に出かけましょう」
「探索だと?」
「ええ。襲われたんですよ? この町を守る。それが保安官の仕事でしょう?」
「いいだろう……で、敵は何人だ」
「……一人」
「良く見たのか?」
「ええ。はっきりとこの眼で見ましたわ」
「容姿は?」
サンディは満面の笑みを浮かべてみせる。
「モノクルを付けた、金髪の女性でしたわ~」
それは、この上なく邪悪で、それでいて愛嬌も感じさせる心底性悪な笑顔であった。
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