3-3 厄日

 何故ばれたか……。

 今はそれを考えどころではないか。

 ベルマニュは大地を駆けながらライフルを手に持った。

 距離は狙撃できる位置ではあるが、如何せん相手は騎馬。数が少ないと言えどもなかなか当てるのも難しければ、あっという間に距離を詰められる。

 焦ってもろくな事はない。落ち着くのだと、自分に言い聞かせながらベルマニュはゆっくりとスコープを覗く。

 ガラスは高価だ……が、こんな荒野に数日といれば傷だらけになり霞んでみる。

 やはり、状況は不利だ。

 彼女はそう判断し、スコープを覗くのをやめた。

 モノクルがあるとはいえ、限度というものがある。

 もっとも、それでもないよりはマシか。

 ベルマニュはそう意気込み、ボルトアクションを作動させ弾を装填。膝立ちになり迫り来る騎兵に銃口を向けた。

 巻き上がる彼女の美しい金髪。風が砂を巻き上げ、視界が霞むその刹那、彼女は引き金を引き絞る。

 衝撃がストックを通り、彼女の右肩の付け根に広がった。

 すかさずもう一度、弾を装填。空薬莢が弾き出され、荒野に落ちる。

 それと同時だろうか、どさりと迫り来る騎兵の一人が地に落ちた。

 しかし悦んでもいられない。残りの敵は五。

 敵の到達までに相手を殺し切ることは不可能だろう。

 ならばと彼女は相手を見極めることにした。

 誰が指揮を取り、誰がもっとも強いのか。

 観察に時間を使う。この時間は至極貴重なものだ。おそらく、この間を狙撃に使えばもう一人を殺せただろう。

 けれども、それをしなかったのは確実に敵のリーダーを叩きたかったからだ。

 固まって動く騎兵。その中央に位置する男。他よりも服装が良く、右端の男が不安げな表情でその中央の男に目を向けていた。

 頼っているのだろう。

 それだけ条件が揃えばもはや確実。

 ベルマニュは躊躇せずに引き金を引き絞った。

 弾は空を裂き、寸分違わずニコライの腹部に命中。彼は宙で体を捻らせ落馬。

 落ち方からして即死だろう。

 その一撃は少なからず相手に動揺を誘ったようで、一段の動きが鈍った。

 勝てるかもしれない。

 ベルマニュはライフルを背に回し、腰のホルスターから抜き出したのは独特な形状をしたダブルアクション式のリボルバーであった。

 ボデオM1889というこれは、イタリア製のダブルアクションリボルバーだ。

 そして、その輝かしく色あせていない銀色の銃身からして、純正品のダブルアクションリボルバーである。

 まさに至宝の逸品にして凄まじい性能を持つ拳銃であった。

 彼女はそれを構え、迫り来る騎兵に銃口を向ける。

 敵方はリーダーをやられ、完全に戦意を失いかけていたが、それでも相手はただ一人。負けるはずがないと己を奮い立たせ、腰からホルスターを抜き放った。

 馬により上下に揺れるなか、彼らはベルマニュめがけ、銃を放つ……が、当たるはずもなく、一方のベルマニュは冷静に狙いを定め、すれ違う刹那、引き金を引き、一人を撃ち殺した。

 そして、あろうことか、落馬したが鞍の足かけに足が引っ掛かり、馬に引きずられる一人の男の足に彼女はすかさず飛びついたのだ。

 これには残る三人の騎兵も驚き、半分身を反らしながら彼女めがけて銃を撃つも、真正面の彼女にすら当てられなかったのだ。ましてやそんな姿勢で当てられるはずもない。

 ベルマニュはそんなことは知らないだろうが、彼女もまた死に物狂いで死体にしがみ付きながら前方の一人に狙いを定め、引き金を絞る────が、外れた。

 これは引きずられながらだ仕方ないと言えたが、彼女はすかさずもう一発引き金を絞ったのだ。

 ダブルアクションの利点だ。撃鉄を起こさずとも、素早く銃が撃てる。

 今度は見事命中。頭に華を咲かせて男が後方に倒れた。

 と、これがまずかった。

 男の死体は、彼女のしがみ付く死体に落下。引っかかっていた足が鞍から外れ、彼女は二つに死体に押しつぶされる形になってしまったのだ。

 いくら腕がいいとはいえ、彼女も女だ。一人90キロ近い男の死体が二つだ。これを素早くどかせるわけもなく。体をバタつかせるも、身動きすら取れない。

 そうこうしていると、にへらと笑みを浮かべながら向こうから騎兵が歩み寄って来るではないか。


「おのれ!」


 彼女は誰に言ったか、そう叫んだ。

 この状況に陥った自分の未熟さにか、それとも近寄ってくる男にか。

 あるいは、自分をハメた誰か・・にか……。


「よくも俺たちの仲間を殺してくれたな」

「来るな、下種め! 私に近寄るんじゃない!」

「いいとも」


 歩み寄って来た男がそう言うなり、彼女の顔に蹴りを入れた。

 唐突な衝撃にベルマニュは少し唖然となる。

 口の中が血の味になった。


「こんなもんじゃ済まさねえからな……覚悟しやがれ」


 そう言いながら、ベルマニュは猿轡をかまされ、手足を縛られるのであった。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇

 


騎兵に引きずられながら、去って行ったベルマニュを岩陰から見る男がいた。

 男はおいて行かれた野郎の死体のサンドイッチをどっこらせと動かし、その下に置かれたままであったボデオM1889を手に取ってにこりと笑った。

 

「ま、悪く思わねえでくれよな……これも俺の仕事だもんでよ」

 

 男の名はチャコ。

 エンジェル・アイの手下、である。

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