1-6 処刑目録品定め
「という訳で、こちらのお家で厄介になりますわ」
サンディがにこやかにそう言う。
「どういう訳だ」
家主のサムは当然の反応を返した。
突然夜分に黒ずくめの余所者の女がやって来たかと思うと、今日からしばらく家を使わせてもらいますと言われればどういう訳だと問い返したくもなるであろう。
「つまり、私がここで捜査する間の宿が必要でしょう? で、ここならば庶民の暮らしも分かりますしいいかと思いまして、ドワインさんにお願いしたんですの」
「ドワインに……?」
サムの表情が曇り、サンディの薄目が少し開いた。
「いや、駄目だ。娘がいるんだ。宿はあるだろう?」
「いや。違いましてよ。違います」
サンディは首を横に振りながらにこりと笑った。
「私は別に提案をしに来たわけでも、お願いをしに来たわけでもない。泊まりに来たんです。部屋を貰い、荷物を置いて、臭いベッドで眠るためにここに来た。そう。ですから、こういうのをなんというのか……ああ! そうです。命令、ですね……いいこと?」
サムはむっとした表情で一度サンディを見たが、もはや何を言っても駄目だとでも思ったのか、その表情のまま二度頷いてサンディを招き入れた。
「どうもー」
サンディは中に入ると、ぐるりと室内を見回す。
土壁で築かれたみすぼらしい家。いや、何処にでもある家であった。壁には仕事に使うのか、籠や鍬などが掛けられている。
「さて、お部屋は有りまして?」
「女房のが」
「ああ、今日亡くなられた、彼女?」
サンディがそう言うと、こめかみに血管を浮き立たせたサムが勢いよくサンディの胸ぐらをつかんだ。
「あらまあ」
掴まれていながらも、この女はけろりとした顔でそう言う。
「この家に泊まることは許してやる。だが、俺を怒らせるなよ」
「その怒りをもう少し早く、発揮できていたら娘さんは
彼女は平然と言い放つと、放心気味のサムの手を払いのけた。
「さて、で、私のお部屋は何処かという質問には応えていただけるのかしら? 応えていただかなくても、まあ、勝手に使わせてもらいますけれどもね」
サムは無言で部屋の一角にあった扉を指差した。
「ああ、アレですね」
サンディはそう言い、すたすたと部屋に入った。
部屋の中は特に変わらず臭く、埃っぽく、汚かったが、まあ、概ね予想通りでサンディは一人納得し、頷いてみせる。
サンディはベッドに荷物を多くと、再びリビングに戻り、窓を一度眺めると、サムの方に目を向けた。
「この家は、よくお客様が来られるの?」
「……めったに来ないさ」
「そう。なら、殺していいわね」
サンディが突然そんな事を言い、サムが目を見開きついで窓の外でどさりと何かが倒れる音がした。
その音に驚いたのか、あるいは今までの会話を隠れ聞いていたのか、サムの娘のティナが物陰から飛び出す。
「お父さん……」
そう言い、サムの足に抱き着く。
「ああ、そう驚かないで。おそらく、ドワインの手下ですから」
「アンタ……なにもんだ?」
「サンディ。サンディ・ルーヴァン・ターナーですけれども」
「そうじゃない」
「そうじゃない? ではその言葉に他にどのような意味があるので?」
「いや、悪い。そうじゃないってのはつまりだな────」
「姐さんが敵か味方か、そう言う事を知りたいんじゃないっすかね?」
飄々と言いながら、サムの家の窓にいつ間にか腰を掛けるメキシコ人の青年がいた。チャコである。
「誰だお前!」
「誰って……あーそうだな。姐さん。俺、今回の役回りは?」
チャコはそう言いながら血に濡れたナイフを手の内でくるくると回転させている。
「いや、待て! それよりも、お前、殺したのか?」
「殺したって、この家の外で盗み聞きしてたやつのことか?」
「ああ」
「殺したとも。悪かったか?」
「ああ、神様。なんてことを……」
チャコは「よっ」と窓枠から腰をおろし、室内に入り込む。黒いポンチョに手にはナイフ。夜中に後ろからしのばれたら誰だって気付けないだろうという装備をしていた。
「失礼。驚きと絶望に打ちひしがれるのは後で構いませんので、このこんがらがった状況を説明させていただけるかしら?」
彼女はそう言い、帽子を取ると、部屋の中央にあったテーブル置き、自分も席に座った。
「いいこと。私はこの町の調査に来たと言いましたけれども、嘘です。本当はドワインを殺しに来た賞金稼ぎなのです」
「賞金稼ぎ? 殺し屋じゃなくてか?」
「どうして?」
「ドワインは保安官だ」
「賞金首というものがどういう仕組みで生まれているかご存知?」
「悪さした奴じゃないのか?」
「印刷所の気に入らない奴が選ばれていましてよ」
「なるほどな」
サムは納得したように腕を組み、頷いた。
「あー……えっと、その、今のは、ジョークですわ……あはは、は」
「姐さん。アンタには笑いのセンスが無いんだ。やめとけ」
「……コホン。それはともかく、賞金首ってのは正直なところ金さえ積めば何とでもなるの。だから、金があり、手を汚したくない連中は印刷所に注文し、その人物の名前を書いた紙を刷ってもらう。そう言う訳よ」
「じゃあ、誰かがドワインに賞金を?」
「いえ」
けろっとサンディは首を振る。
「だって今言ったじゃないか。賞金稼ぎで、ドワインを殺しに来たって」
「言いましたけれども、語弊がありますわ。彼は今のところ善良なアメリカ合衆国の市民であり、法の執行者たる保安官殿ですわ」
「どういう事なんだ」
「つまり、奴が死んだ時点で賞金がかかるという訳」
「はあ?」
「俗に言う独占ってやつです。まあ、犯罪ですから驚かれて当然ですわ」
「つまりなんだ。アンタら他の賞金稼ぎがドワインを殺さないように、そんな取り決めをしてるのか?」
「んーまあ、そんなところですわね」
「そこまでして金が欲しいか」
「ええ。魅力的でしてよ。違いまして?」
「そんなのならば、ドワイン達と何にも変わらないじゃないか」
「おのれの欲を追い求め、その障害になる物を悉く排除していくという点ではええ、そうですわね、変わりませんとも」
「この──」
「お姉さん、敵なの?」
サムが何か言おうとしたところで、突然、ティナが言葉を割り込ませた。
「敵とは? アナタにとって、という事? それともドワインにとってと言う事?」
「ドワイン」
「敵よ」
「なら、私たちの味方」
にこりと笑みを見せたティナ。しかし、サンディは珍しく笑みの無い表情で首を横に振ってみせた。
「いえ。アンタたちにとっても敵よ」
「どうして? ドワインを殺してくれるんでしょう?」
「いいこと。お嬢ちゃん。アナタが辛いのは分かるわ。私も昔似たような経験あるから。けれども、だからと言って自分にとって都合のいいものを簡単に信じちゃダメ。敵の敵は味方というけれども、真実はそうじゃない。敵の敵も敵だし、味方だって敵かも知れない」
「じゃあ、味方は?」
サンディは無言で首を振る。
「いないの?」
「いないわ」
「じゃあ、そこのお兄さんは?」
「俺かい? 俺は禿鷹だ。つまり、姐さんと一緒にいるとおこぼれにありつけるのさ。だから一緒にいる。それだけだよ」
「私たちは常に孤独なのよ。だから言ってしまえば、味方も敵も存在しない。在るのは自分と、他人。そして、その中で生き残っていくだけの力。お嬢ちゃんはだから、まずは強くなりなさいな。そうすれば、少しは開けた視点が持てるわよ」
サンディはにこりと口元だけを緩め、チャコの方を見た。
「さて、辛気臭い話は終わりにして、この街をぶっ潰す作戦でもたてましょうか?」
「ドワインはまだ殺さねえんですか?」
「こういう拷問を知っていて? 凌遅刑という唐の拷問なのだけれども、生きたまま、少しずつ肉を千切って殺していく拷問及び死刑方法よ」
「うげぇ、ウチの国の人間シチューとどっこいのえげつなさだぜ」
「そうね……ちょっと待って、その人間シチューってなにかしら? 私知らないのですけど」
「後で話すぜ。で、その凌遅刑ってのが何ですかい?」
「ええ。つまり、ドワインを同じ目に合わせてやろうと言う訳ですわ。普通に殺してもつまらないでしょうし」
「町の真ん中で晒して切り刻むのか?」
「本当に、想像力が足りないのね、アナタの頭は。何のためにドワインの部下をアナタに殺させたと思っていて?」
「何だよ」
「ドワインを直接殺したら面白くないでしょう? だから、部下をじわりじわりと、夜中に盗賊の所為という事にして殺していこうかと」
人差し指をピンと立て、彼女はにこやかに笑う。
「さぁて……ショーを始めましょうか」
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