1-5 宿
落ち着いた印象の室内。しかし、並ぶ人間は誰一人として落ち着いてはいなかった。
部屋の中央には長方形のテーブルが置かれ、それをL字にソファが置かれている。
「まあどうぞ、長旅だったのでしょう? 一杯どうぞ」
先ほどまでの横暴な態度とは打って変わり、ドワインは物腰柔らかにそう言ってウイスキーの入れられたグラスをサンディの前に置いた。
「どうもー」
サンディはそれを受け取ると、ちびりと一口。焼けるような熱さが喉を漂い、込み上げる息もまた心地よい。
「それで、この街に来た用件なのですけれどもね」
唐突にサンディはそう切り出し、大きく足を組んでソファに寄りかかった。
「皆さん畏まっていますけれども、どうかしまして?」
彼女のその言葉に、ドワインこそ動揺しないが、他の保安官補佐は気が気でないのか、そわそわしている。つまりは、多少自分たちが悪逆非道な行いをしているという自覚があるのだろう。
そんな事を分かったうえで、煽るのだからこの女はやはり心底意地が悪い。
「ああ、もしかして先ほどの処刑の事を何か私が問い詰めると思っていらっしゃるのかしら? なら、安心してくださいな。あの件はしっかりと書面で公的なものと認められております。ですので、たとえそれが本当は何の罪もない無実の人間を殺しているとしても、書面で残されていればそれが正しいのです。正義とはインクと紙で成り立つ。ああ、こういう場合に使うんですよ、ペンは剣より強しって」
彼女がそう言うと、数人の保安官補佐が笑みを浮かべた。彼女はそれを見て「ふむ」と頷くと、言葉を続ける。
「さて、では、ここでの私の仕事なのですけれども、なに、特にこれと言って何かするわけではありません。いつも通り、暮らしていただければそれでおしまいです。この荒野に点在する街の生活を把握しておくのも国の大事な仕事なのですけれども、悲しいかな、その役目が私に回って来てしまいまして……まあ、ですので、気楽にゆるくやっていきましょう」
そこまで言ってサンディは「ああ」と人差し指を立てて付け加える。
「多少の違法は目を瞑りますので、ご安心を」
そういうと、ドワインもにこりと笑みを浮かべた。その笑みはこの女が必ずしも善人ではないと、少なくとも若干は自分たちの同類であると安心したからこその笑みなのかもしれないが、それは間違っていなかった。
サンディ・ルーヴァン・ターナーは悪人だ。少なくとも、善人ではない。
だがしかし、ドワインは本質的に彼女を見誤っている。それというのも、この女の悪とは、決して利己的なものではないという事だ。
どれだけあくどい手を使おうとも、彼女は決して個人の為に事を為さない。何かを為すのはいつだって誰かの為に事を為している。それだけは同じ悪と言えども、格が違うと言える部分なのであった。
「しばらく、この街に居座るつもりですので、どこか泊まれる家を提供していただけませんこと?」
「それならば──」と、ドワインが話しかけたが、サンディは「ああ」と言葉を遮る。
「今日殺した女がいましたね。少なくとも、確実にあの女の家だけは空いていますわよね! 我ながらいいアイディアですわ。でしょう? 決めました。私はあの女の家で休ませてもらいますわね……住民の声も、聞いてみたいですしね」
そういった彼女の青い瞳が、ドワインの苛立つ顔を捕えたことを誰が気づいたであろうか……。
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