7

 ウィルが連れられた先は、町を一望できる山の中腹であった。

 赤土の山に、少し抉れた洞穴。その暗がりにぽつりと明るい灯がともっている。

 オレンジ色の光の中には椅子が有り、そこには痩せた男が一人。赤いマントに身を包んだ幽鬼の如き男だ。一目見てあれが敵の大将だと分かるなりだとウィルは思う。

 その左右にはそれぞれ軍人が一人ずつ。そのいずれも負傷兵の様で、右は片腕が無く、左は顔を包帯でぐるぐると巻いていた。


「先に名乗りますか? それともこちらが先に名乗った方がよろしいですかな?」


 ウィルは少し早口に言葉を紡ぐ。なぜ、早口か、それはこちらが急いで言葉をかければ、相手もその気が無くても焦り、考える間もなく隠すべき情報を隠せないまま言葉を返してしまう事があるからだ。

 もっとも、エンジェル・アイの見様見真似ではあるが。

 しかし、ウィルの思惑は外れる。相手は、こちらの言葉には乗らず、ゆっくりと間をおいてから喋り出したからだ。


「……私は、マルストゥ……将軍」

「どうも将軍」

「お前は?」

「俺は……ウィリアム・ウェイン・ウィンターフィールド。ウルフパックの……副官だ」

「ウルフの右腕か?」

「いや、ウルフはもう死んだ。今は娘のリタがボスだ」

「そうか……まあ、いい。そのリタとやらは何処だ」

「そろそろ来ると思う」


 とは言ったが、正直なところ今リタがどこにいるか皆目見当がついていないのであった。追いつくとは言っていたが、大丈夫なのだろうか。

 ウィルの胸中を不安が渦巻く。

 それにしてもとウィルは思う。

 革命軍と聞いていたから、もう少し大々的な物を想像していたが、居るのは先ほどの青年もいれて四人だけ。それもうち二人は満身創痍だ。

 これは、革命軍というよりは野戦病院の一室だとウィルは思った。

 しかし、一つ違うとすれば、椅子に座る将軍の目に宿る恐ろしくも狂気的な鋭いまなざしだ。

 それは間違いなく戦いの目をしている。病人のそれではない。


「不服、と言いたげな顔だな……ウィリアムとやら」

 将軍は静かに言った。

「そりゃ、まあ……死にかけたわけだからな」


 ウィルはペースを持って行かれたと思いながらも、相手の問いに逆らう事が不思議とできなかった。その理由は分からないが、強いて言うなれば、彼の眼の所為か……。


「だが、生き残った……だろう? 重要なのはそこだ」

「……月並みな質問だが、堪忍してほしい。なにが起こってるんだ」

「……革命だよ」

「革命……革命ね。そりゃ、死人が物を言うならば俺だってああ、そうかと認めたさ。けれども、こりゃなんだ。まるで地獄の亡者の群だ。革命だ? 冗談じゃない」

「何故だ。この毒の威力を見たろう? たった一噛みで人は腐り知性を失い歩き出す! 現に、我らが数百の戦士でなせなかった政府軍の砦を、物の一日で陥落させたのだぞ?」


 ウィルは毒という言葉に事の真相を見出したが、それを差し置いても彼は眼前の将軍の言い分に食ってかかりたいという欲求に勝てなかった。


「無益な犠牲を出し過ぎだ!」

「そうだとも! 多くが死んだ。これからも死ぬだろう……だが、これを用いれば敵も味方も無い! 皆死ぬ! それでいいではないか! 我らがいくら戦ったところで何も返さない民たちに生きる資格など有る物か! 我らを見捨てた民に死を! 我らに銃を向けた敵に死を! その果てにようやっと我らは勝利を掴める!」


 ウィルは拳を強く握りしめた。

 こいつらは、見返り欲しさに戦ってきたのか?


「見返りが欲しいなら、革命軍なんてやめちまえ!」

「やめられんよ! やめるには遅すぎた! もうどうしようもないのだ!」


 将軍の荒げた声に……いや、愁いを帯びた声に、ウィルは自分が短絡的であったと少し怯んだ。

 彼らを望んだのはおそらくメキシコの民だ。彼らの助けの言葉を拾い、彼らの励ましの言葉に銃を取った。彼らの讃える言葉に旗を掲げ、しかして、彼らからの失望の言葉を得ても、もはや銃も旗も下ろせない。

 彼は戦ったのだろう。

 ウィルは傷だらけの側近を見た。彼らも同じ瞳だ。苦しみ、悲しみ、それでも戦わなければならない英雄の瞳。

 戦い戦い、そして……負けた……けれども、戦わねばならない。

 けれども、退くことはできない。一度貼り付けら得た英雄のレッテルは死ぬまで剥がせないのだ。

 将軍の狂気の瞳の奥底に、ウィルは自分の父を重ねた。

 村唯一の生き残り……南北戦争の英雄。

 そんな父が、どんな思いで暮らしていたのかを……。

 英雄は死んでも英雄だ。ならば、彼らは何だ?

 彼らこそ本当の────


「我らは生ける屍だ────もはや、死してもなお我らは勝たねばならない存在なのだよ」


 ウィルは返す言葉が無かった────もっとも、ウィルは、であるが……。

 洞窟の中を銃声が轟き、将軍の側近がばたりと倒れた。

 ウィルが振り向くと、そこにはやはりリタが佇んでいる。


「死にづれぇなら、アタシが殺ってやるぜ、おっさん」

「お前がリタだな」


 将軍は側近を二人やられたというのに、表情も変えずにリタを睨んだ。その様にウィルは敵ながら流石の将だと感心する。


「お前もまた義賊の名を持つ身、分かるであろう、勝利を任された者の呪いを!」

「知るかってんだよ。さっきからくっちゃべりやがってよ。アタシはアタシの好きにやる! 気に入らねえ奴はぶっ殺す。そうやって来たし、これからもそうするだけだ。生きた屍だ? 死人が喋るかよ!」


 リタはそう言って一歩前に踏み出した。


「負けが込んでんのを屁理屈並べて言い訳してるだけじゃねえか! ったく、聞いてるだけで苛つくぜ」

「おい、リタ! 待て」


 リタはウィルの方に銃口を向けた。


「ガトリングの時の気持ちを思い出せ。今のアタシはあん時のお前と同じ気分だ。つまり、トサカにキチまってるってヤツだ! 分かったら引っ込んでろ!」


 ドンと踏み込んだその足、リタは上体を逸らし、左手に持っていた何かを将軍めがけて投げつけた。

 飛翔する黒い影。それは、寸分たがわず、将軍の首に激突する。


「ぐあっ」


 鮮血が上がる。

 将軍の首には……アンデッドの生首が喰らい付いているではないか。


「生ける屍なんだろ? なら、今更そいつらになろうが関係ねえよな?」


 リタは「ふん」と鼻を鳴らし、踵を返して洞窟を後にする。

 入り口では青年がこちらを見ながら怯えた眼差しを向けていた。


「あの酒場の連中を殺してんだ。お前も殺してやりてぇけど、生憎今はそんな気分じゃねえ。お前らの馬が何処にあるか教えりゃ、見逃してやる」

「山の反対側においてます……」

「馬がいなけりゃ、殺しに来るかんな」


 リタはそう言いすたすたと山を下り出す。

 ウィルもまた何とも言えない表情でリタの後ろに続く。


「おい、リタ……その、ほっといて良いのか?」

「あのメキシコ人か?」

「ああ」

「大丈夫だろ。それより──」


 リタは山道に転がる大きな岩の影に一瞬腰をおろし、即座にひねってこちらに何か投げつけてきた。


「ほら」

「何だよ」


 ウィルは掴んだそれを見ると、それは彼の愛しのイエローボーイではないか。


「お前……」

「生首拾う次いでだ……勘違いするなよ」

「ああ、分かってる。けど、ありがとう」

「まあ、その……いいぜ」


 リタは頬を掻きながらぼそりと言った。その頬は僅かに赤いが、きっと、夜明けの太陽の所為だ。

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