6

 二人が納屋に行くと、納屋の扉は開け広げられていた。


「逃げたのか?」


 ウィルがそう言ったが、リタは鼻をくんと鳴らす。


「血の臭いだ……それも腐っちゃねえ」


 その言葉に合わせ、ウィルとリタはそれぞれホルスターから銃を抜く。

 リタはコルトライトニングを一丁。ウィルはカスタムしたコルトシングルアクションアーミー、アーティラリーだ。

 二人は銃を手にしたままそっと納屋を覗き込んだ。


「こりゃ……」


 見やれば中にいた連中は死に絶え、その死骸をアンデッドが貪っているではないか。


「あの野郎やりやがったな……」


 リタが苛立たし気に言葉を吐きだしたところで、ウィルがリタの肩を小突く。


「違う。奴じゃない」


 ウィルが指差すと、そこには額から血を流す政府軍の男の死体があった。おまけに、彼の腰のホルスターにはレミントンニューモデルアーミーが収められているではないか。


「ってことは……おいまて、誰が撃ったんだ?」


 リタは小首をかしげながら、死体を貪る三体のアンデッドを撃ち殺す。

 ウィルは「待て」と死体を見て回り、そして、訝しげな表情でリタの方を見据えた。


「若い奴が一人いない」

「若い奴?」

「ほら、酒場に居ただろ。五人くらい若いのが」

「んん……ああ、まあ、いた、な」

「覚えてねえな」


 リタは「チッ」と舌打ちをし、そっぽを向いたその方向で、向くりと立ち上がる死体が一体。


「わあ、何だってんだ!」


 リタはすかさず、そのアンデッドの頭を撃ち抜く。


「おまえ、こりゃ……酒場に居た奴じゃねえか。何だってこいつも動く死体になってやがんだ?」

「いや、リタ、そいつだけじゃないみたいだ」


 ウィルの言葉聞くのと、リタがそれを見たのは、ほぼ同時であった。納屋の中にいた彼らの死体は、頭を撃ち抜かれて死んだと思われる政府軍の男を除いてむくりと起き上がり、リタたちの方に迫ってきたのである。


「奴らに襲われると、こうなんのか?」

「かもな」

「ったく……勘弁願いたいぜ」


 リタは手始めに酒場の店主の頭を吹き飛ばす。それと同時に、ウィルもまた腰だめに銃を構え、二人のドワーフを素早く撃った。


「でー、どれだっけか?」


 リタはあえて残したメキシコ人の若者たちに銃口を向けながら言う。


「だから、ここにはいない奴だってんだよ」


 ウィルとリタは同時に、青年たちの頭を撃ち抜き、再び向き直る。


「んだよ。何だってこのリタ様がいちいち酒場の野郎を覚えてなきゃならねえんだよ」

「……まあ、それはいい。問題は、ここに死体の無い奴が何者かって事だ」

「あ!」


 唐突にリタが手を叩いた。


「なんだ、いきなり」

「アイツじゃねえか? ほら、逃げてる時にアタシに『頭を撃て』って言った奴が居ただろ」

「いたか?」

「いたんだよ」と、リタはそこまで言ってすこしにやけた。


「それくらい覚えとけよなぁ~」


 口元に手を当て、肩で笑って見せるリタ。


「悪いな。お前と違って俺は多少煽られても癇癪を起こしたりはしないんだよ」


 リタは途端、眉間に皺を寄せる。


「面白くねえ」

「そんなことはどうでも良い。問題はそいつが何処に行ったかだ。お前の発言が正しけりゃ、ヤツはこの歩く死体どもについて何か知ってるのかもしれない」

「……だな。でも、奴さん遠くには行けてないと思うぜ?」

「どうして?」

「見てなかったのかよ。馬は全部喰われちまってる」

「……そう、か」

「で、コイツはアタシの鼻からの情報だが…………そろそろ降りてきちゃどうだ?」


 リタはそう言っていきなり納屋の天井を撃った。

 ばすと何かが切れる音がし、どさりと影が一つ落ちてきた。影は納屋につまれていた干し草の上に落ち、慌ててもがいている。

 まばらに生えそろえた髭を目いっぱい伸ばし、顔には汗で干し草が張り付いている。メキシコ人特有の浅黒い肌に、エルフとは少し違う垂れ気味の尖った耳。癖のある黒髪。それは、酒場に居た地元の人間と思われる格好をしたメキシコ人の青年であった。


「さあて、説明願おうか?」


 ウィルはにやりと微笑む。その笑顔はやはりそこはかとなくエンジェル・アイのようだとリタは唇を尖らせる。


「ま、待って下さい!」

「命乞いか?」


 リタが少し苛立たし気に言い、右手のライトニングの銃口を青年に向けた。


「俺は革命軍なんです。アナタの味方です!」

「アタシの味方はこいつだけだぜ」


 と、リタは隣のウィルを親指でさした──ウィルは途端目を見開き、リタを見ると、リタもまた少しハッとした表情でウィルの方を見た。その顔は少し赤らんでいるが、きっと、先の返り血の所為だろう。


「…………じゃねえ! バカ! 違う! 今のはお前って意味じゃなくて……えーと、アレだ、ほら!」

「その手のライトニングだろ」

「それだ!」

「仲が良いんですね」


 青年がぼそりと言う。


「「だれが!」」


 二人して声を合わせる辺り、仲は良い様子の二人は、そろってわざとらしく「「こほん」」と咳晴らしをしてみせる。


「で、その革命軍様はこの事態の何を知ってるんだ?」


 ウィルの問いに青年は首を振る。


「それは……」

「アタシは思っちゃねえが、お前らからすりゃアタシは仲間なんだろ? じゃあ、教えてくれたっていじゃねえか」


 リタはケロッとした表情で、突きつけていたライトニングをくるりと回転させ、ホルスターに戻した。相手を安心させるためだろう。


「……分かりました。付いて来てください」


 青年はもぞもぞと干し草からもがき出ると、立ち上がり、二人の間を通って歩き出した。


「どういうつもりだ?」


 ウィルが小声でリタに尋ねる。


「良く分かんねえけど、親玉がいるんだろ? なら、頭を潰すのが定石だぜ。あの野郎も言ってたじゃねえか『頭を撃て』ってよ」

「そういう意味じゃないと思うんだがなぁ……」

「良いんだよ……あっ」


 再びリタは声を上げ、立ち止まった。


「どうしたんです?」


 青年も立ち止まり、リタの方を見やる。


「忘れものだ。先行ってろよ。アタシはお前の臭いで追いかけられる。鼻は良いんだ」

「はあ?」


 ウィルは眉を八の字に曲げて困惑の声を上げた。


「何言ってる!?」

「今言った通りだぜ? それ以外には何も言っちゃねえよ」


 リタは愉快そうにそう言うと、「じゃあな」と手を掲げて未だ煙を上げる倉庫の方に駆けて行ってしまった。

 青年と二人のこされたウィル。


「臭いが分かるって……お二人はそういう関係なんですか?」

「どういう関係か知らないが、多分お前が想像してるのとは違う」

「でも──」


 続ける青年に、ウィルは腰から抜いたアーティラリーの銃口を向けた。


「悪いが俺はお前と仲良くする気はないぜ。理由が何だろうが、こんだけの人間が死んでんだ。間違ってもお前とお肩並べて仲良しこよしは有りえねえと思ってもらおうか」

「…………」

「分かったのか? それとも、今ここでお前は死にたいのか?」


 青年は首を横に振るう。


「だったら、べらべらぬかさずに案内しやがれ」


 青年はこくりと頷き、再び歩き出した。その方角は、町の背後にそびえる山に向かっているのであった。

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