5

「「だっしゃぁあああああ!」」


 二人して倉庫の扉を蹴とばし、ぐるんと一回転。踵を返して扉を閉めて近くにあった木片を取っ手部分に突っ込み鍵とした。

 その息のあった一連の動作はもはや双子か何かか、知らぬ人が見れば腰を抜かすレベルだろうが、当人たちにとってはこの程度当たり前なのであった。

 この二人は互いにそれぞれが次に何をするのかが概ね分かっている。現に、リタが「アレどこだよ」とこのように問えばウィルが「ガトリングだろ?」と言うようなものだ。

 それだけ相性がいいという事だ。もっとも、二人の間に“愛性”があるかといえば未だ、無いのではあるが……。


「それじゃないか?」


 ウィルが指差した先には白い布に包まれたふくらみがある。

「うへへ」とリタが涎を垂らす。


「気色悪い笑い方するな」

「だってよ、ガトリングだぜ? 撃ってみたかったんだよ、コレ!」

「そりゃ、まあ、俺だって分かるっちゃあ分かるが……」

「お、珍しいな。いつも大量殺戮にゃ反対のお前がよ」

「こりゃ殺戮って言うよりは、知性の無い獣を狩るに等しいだろうが」

「そうか? アイツらだってぇー家族がいてぇー恋人がいてぇーそれはそれは語るに苦しい三文小説みてーな涙無しには語れねえ奴らかもしれねえんだぜ?」

「だぁーこんなときになんだってんだよ」


 リタは「なははー」と愉快そうに笑った。


「今の感情忘れんなよ! お前がそんな事言うたびに、アタシは今のお前みたいな気分になってるってこった」

「ったく……そういうとこだけ頭の回転早いよな、お前」

「一言余計なんだよ!」


 リタのエルボーがウィルの腹部を打ち、彼の息を一時的に止めた。


「オゥ!」


 ウィルがくの字に曲がって悶絶している間に、リタはすたすたと白い盛り上がりを形成する布を取り払った。

 月明かりが仄かに反射するつややかな銃身。それが惜しげもなく無数に環を描いた一種怪物的ともとれる殲滅兵器がそこにあった。

 南北戦争で猛威をふるったと言われるガトリングガンがそこにはあった。


「おい、弾は何処だよ」

「これじゃねえのか?」


 と、苦しげにウィルがそばに積まれていた木箱を蹴って見せる。

 リタは木箱を雑に開けると、中には既に弾を詰め込まれた箱型弾倉がずらりと並べられている。

「ヒュー」とリタが口笛を吹いた。


「んじゃ、いっちょやってやるか。お前は弾をアタシによこしな」

「ったく……まあ、いいよ。やってやるよ」


 ウィルはしぶしぶと言った面持ちで頷く。


「で、どうする。扉はどっちが開けるんだ?」


 そんなウィルの言葉に、リタは口角を吊りあげ、尖った犬歯を見せつけた。


「そりゃ決まってる。ガトリング様だよ」

「お前……バカ! 何かんが────」


 ウィルの言葉はリタに聞こえはしない。

 途端炸裂した一発の銃声に続き、次々と炸裂を繰り返し、鉛の兵隊が連続して突撃を始める。

 リズミカルに飛び出す銃声に、愉快そうにクランクを回転させるリタ。

 最初は小さな穴だった倉庫の扉もほんの数秒の内に今や人が三人は通れる程の大穴と姿を変えている。


「弾切れだ!」


 そう叫ぶリタの声と共に、倉庫の中にアンデッドが入り込み始める。

 ウィルは足元からは小型の弾倉を取り出すと、リタが腰から抜いたライトニングで近づきつつあるアンデッドの頭部を撃ち抜いているところであった。

 吹き飛ぶ脳症が後ろでたむろするアンデッドどもを赤く染め上げる。


「オラァ! 次だ!」


 リタはウィルの手から奪った弾倉をガトリングの上部に挿し込み、再びクランクを回転させ始める。

 最初はゆっくりと弾が出て、前方のアンデッドの胴体を貫くが、次の間にはそのアンデッドは粉砕。その後ろのアンデッドの身体を貫くといった具合に殺すというよりは壊すと表現するべき威力を以って次々とアンデッドが壊れて行く。


「いいね! 快感だ! セックスの百倍気持ちいいぜ!」


 そう叫んだリタの手にウィルは弾倉を投げて渡す。いいタイミングだ。やはり、この二人は相性が良いのだろう。

 扉は既に蝶番しか残さず、外のアンデッドもまばらに僅か後方の町並みが見える程度の数になっていた。


「おらおら! もっと殺されに来いよ!」

「奴らもう死んでるんじゃないのか!」


 ガトリングの爆音の中で突っ込みを入れる辺り、ウィルはやはり、よく分からない男だ。リタでなくても呆れるだろう。


「動いてんならどっちだっていいだろうがよ!」


 愉快そうな表情でリタも声を上げる。

 ウィルが弾倉を掴んだ。そろそろ弾切れなのだろう。

 その時、ガンッという金属音が倉庫いっぱいに響いた。

 見ればクランクを回すリタの手が止まっているではないか。


「やっベ……弾が詰まりやがった」


 リタは興奮のあまり、知らず知らずとクランクを回す速度を速めてしまっていたのだ。結果、その速度に自重で落下してくる弾が薬室に入る間もなく挟まってしまい、真鍮製の弾薬はぐにゃりと変形、押しても引いても動かない金属の塊と化してしまった次第なのである。

 リタは即座に当たりを見回す。見れば倉庫の奥に積まれた木箱にダイナマイトの文字があるではないか!


「また爆発かよ……言ってる場合じゃねえか」


 リタは「アレだ!」と大声でダイナマイトを指差す。ウィルは真意を理解したようで二人はガトリングを捨て、一旦ダイナマイトの方に移動した。


「こっちだ! 気やがれ! くそったれ!」


 大声でわめくリタ。ウィルは迫りくるアンデッドの群れに隙が無いかを探る。


「リタ。右側が薄い。抜けるならそっちだ」

「オッケー。遅れんなよ!」


 リタは二丁のライトニングを両手に、ダイナマイトの箱を蹴り、跳んだ。

 宙で身体を翻し、逆さの姿勢でアンデッドの脳天から一発、弾を撃ち込む。それを続けざまに三回。尋常ではない。

 すたりと着地したリタに襲い掛かるアンデッド。リタはしゃがんだ姿勢でアンデッドの足めがけて蹴りをかまし、横転させる。

 縮めた身体をバネの様に使い、リタは飛び込み、かつて扉があった大穴から外に飛び出そうとする──寸前、目の前に穴の影から飛び出したアンデッド。


「うわぁ!」


 リタは声をあげて咄嗟にアンデッドの頭を撃ち抜くが、返り血が彼女の顔を襲う。


「んべぇ!」


 ごろんとそのまま無様に転がり、リタは顔をぬぐうが、視界はぼやけて前が見えない。


「クソ! 前が見えねえ!」


 そんなリタの隣にずさりと倒れる音がする。


「大丈夫か!?」

「ウィルか?」

「喋れるアンデッドかもしれないぜ?」

「るせえ! お前、狙撃得意だろ? 代わりに撃ってくれよ」


 リタは倉庫の入り口から倉庫の奥の木箱を狙えと言っているのだ。それも命中精度の芳しくないコルトライトニングで。

 ウィルは一瞬首を横に振りかけた。だが、ここで撃たなければ死ぬのだ。今倉庫の中にアンデッドが集まっている状況を逃すわけにはいかない。

 とはいえ、ライトニングで狙えるものか……。

 ウィルはふと、思いつく。

 自分はライフルが得意だ。それと言うのも弾を撃つときに安定しているため狙いやすいというのがある。

 何故狙いやすいのか。それはストックがあるからだ。ライトニングが狙いにくいのであれば、ストックを用いれば狙えるのではないだろうか。


「おい、リタ。身体触るぞ」


 ウィルは唐突に言った。


「こんな時に盛ってる場合か!」


 そんなリタの言葉は無視しながら、ウィルは転がるリタの背後から腕を回し、ライトニングを握る彼女の右手を自分の右手でつつみこんだ。


「ばッ!? お前、本気かよ!」


 そんな言葉はウィルの耳に届いていない。ウィルは彼女の右肩を自分の腋に押し当て、ライトニングの引き金に伸びる彼女の人差し指に自分の人差し指を重ねる。


「少しでいい。腕を張っといてくれ。曲げるなよ」

「…………おう」

「怒るなって。後で酒おごるからさ」

「そう言うこっちゃねえよ……意気地無しのチェリーが」


 ウィルは「何言ってんだ」と、短く息を吐き、狙いを定める。

 狙いは正確。ライフルの基準ならば確実に当たると言った照準で、ウィルとリタは引き金を引いた。

 飛び出した弾は違わず正確にダイナマイトの入った木箱を撃ち抜いた────すさまじい爆発と爆風が座った体勢の二人を襲う。

 吹き荒れる砂塵に、二人はせき込み、息を整えたところで、辺りを見回した。


「毎度毎度アタシら爆発ばっかだよな……」

「ダイナマイツとかって名前に変えるか?」

「ダセえよ」

「だな」

「んなことより、だ」

「なんだ?」

「お前いつまでアタシを抱いてる気だ」


「おわっ」と、ウィルは跳ねるようにリタを離し、その場で立ち上がった。


「んだよその反応! まるで人を汚ねぇ物かなんかみてぇな反応しやがって!」

「違う逆だ。俺がお前を触ってたら不快な思いするかもと思って……」

「ったく……んなんだからいつまで経ってもチェリーなんだよ」

「やかましい!」

「言うじゃねえか。なんなら、アタシで卒業させてやろうか?」


 そう言ってリタはぴらりと腰布を捲り、きわどい下着をウィルに見せつけた。

 リタの右内股には黒子がある。そんなことをウィルは思う。


「やだ」

「てめえぶっ殺すぞ!」


 リタは血まみれの顔を少しばかり赤らめながら叫んだ。


「そういうとこなんだよなぁ……せめてもう少しお前がおしとやかで、女性らしとこがあれば」

「よっぽど死にてぇらしいな……」


 リタは腕を鳴らしながらやおら立ち上がって見せる──と、そんな二人の間にぼとりと何かが落ちてきた。


「「ん?」」


 二人が足元に目を向けると、それはがちがちと音を立て始める……それは、首だけになったアンデッドであった。


「気色悪ぃぜ」

「首だけでも動くのか……」


 二人がその寸前までのやり取りをとうに忘れ、目の前の不可思議な減少に首をひねっていたその時である。静寂を取り戻しつつあった町に銃声が轟いた。


「今のは……」

「納屋の方だ!」


 ウィルが言い、駆けだす。

 リタもそれに続いて走り出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る