3-6 喧嘩するほど仲が良い

「馬鹿野郎! 逃がしてんじゃねえ!」


 近くから聞こえるのはリタの声だ。

 ウィルは痛む腰を後ろで縛られた手でさすりながらゆっくりと上体を起こした。


「ウィリアムさん。アナタの所のお嬢様は、随分と派手なのですね」


 ローエンがそう言ってウィルの方に視線を向けた。彼女はどうやったのか、既に縄は解いており、ウィルの方に近づくと、小さなナイフで縄を切り、拘束を解いてくれた。


「そのナイフは?」

「女性は、男性よりも隠せる場所が多いですから」


 ローエンは「うふ」と不敵に微笑み、ナイフを逆手に持ってみせた。


「さあ、それよりも、これからどうします?」


 ローエンが指をさした先では、リタとマリアが背を合わせて迫りくる灰色の軍団を相手に戦っていた。


「クソったれが! 来るのが遅いだけじゃなく、敵さんの増援もつれて来てくれるとは随分と親切なこって!」


 そう言って南軍の兵士のライフルの銃身を左に蹴り飛ばし、その先の兵士に発砲させた。

 弾丸は迫りくる兵士の一人に命中。五人ほどで隊を組んで迫って来ていた援軍の兵隊は、焦りその場でライフルを構えてリタを狙う。

 彼らの銃は単発式の銃弾。一発撃てばこの接戦においてもはや弾丸の装填は不可能。故に、外せないという緊張感を身に纏っている。

 そんな彼らの視線からリタは逃げるでもなく、その様をじいと見つめる。

 次の瞬間には銃弾が弾け、リタに迫るが、彼女の前に飛び出たのは盾を構えたマリアであった。

 リタに当たるはずであった弾丸はマリアの盾が反らし、続けざまにリタはマリアの頭上に跳躍、マリアもまた盾を平面にしてリタを乗せると、タイミングよく宙にリタを押し上げた。

 リタは、上空でくるりと身を翻し、さかさまの状態で眼下の敵に遮二無二銃弾を浴びせる。

 そのまま、宙で体勢を戻すと、飛び降りる形で急降下して、膝蹴りを五人の兵のど真ん中の兵士の顔面にかまし、すぐさま左右の二人を連射で片づける。


「相手の注意を反らして処刑までの時間を稼げと私は言ったのだ! 煽りまくって早めたのはお前の方だろう、雷撃!」


 マリアも負けじとリタにつっかかる。


「るせえ! お前こそ爆発のタイミングが早すぎんだよ!」

「無理を言うな! 倉庫からここまでどれほどかかると思ってるんだ!」

「装填する。ちょっと守ってろ」


 そんなことを喚きながらもリタが装填する間、リタの背を守るマリア。


「何様のつもり……いや、いいとも、私が守ってやる。雷撃」


 弾丸を盾で防ぎながら鼻で笑うマリアと、悔しそうに歯を噛みしめながら弾薬の装填を行うリタ。


「んだ手前、いけ好かねえぜ、クソったれが」


 リタは装填し終えたのだろう、マリアの肩をトンと叩くと、マリアが左に動き、銃撃もそちらに揺れた刹那、背後から躍り出たリタは、マリアに猛攻をかけていた連中を一斉に撃ち倒す。

 銃口から立ち上る白煙の中、二人の女は大きく肩で息を整える。

 ウィルとローエンの二人は処刑台の下からその様を観ていたが、もはや笑うしかなかった。


「あの二人、なんだかんだ息ぴったりだな」


 ウィルがそう言うと、ローエンは静かに頷いた。その横顔はどこか朗らかだ。


「そうですね。あんなに、楽しそうなお嬢様は初めて見た気がします」


 ウィルは腰にガンベルトを巻きながら、訝しげな表情をローランに向ける。


「楽しそうって……この状況だぜ?」

「ええ、楽しそうじゃないですか?」


 ローエンは頷くと、手にしたナイフをくるりと回転させ、順手に持ち直す。


「さあ、行きましょう」

「武器は? それだけ?」

「落ちてますよ」


 ローエンの指差した先を見ると、無数の死体が銃を抱えてくたばっている。なるほど、これだけ銃があれば家が買える。

 ウィルもまたこの腰の拳銃じゃ距離的にも難しいだろうと処刑台の側を見回す。すると、近場の死体──身なりはお洒落だし、武器がウインチェスターM1873であるところを見るに、おそらくウルフパックのメンバー──がライフルを持っているではないか。

 ウィルは、そこからライフルを奪い、レバーを降ろして弾丸を装填する。

 M1873か、浮気になるが、許せよ、イエローボーイ……。

 ん、まてよ、イエローボーイはそもそも女か?

 ボーイってんだから男だろ。

 いや、男の子みたいな女の子? いや、女の子みたいな男の子なのか?

 ……どっちでもいいじゃねえか。こんな時に何考えてんだ馬鹿野郎。

 ウィルは自分の意味不明な考えは投げ捨て、ライフルを胸の前で構える。


「オレは準備できたぜ」


 隣のローエンを見れば、処刑台の柱に手を寄りかけ、どうやって飛び出そうかといった表情で構えている。


「武器は拾わないのか?」

「私、銃はあまり好きじゃないんです」

「じゃあ、ナイフだけ?」

「誰がうちのお嬢様に技を教えたとお思いで?」


 そう言うや、いきなり外に躍り出たローランは、猛スピードで駆け出した。


「援護しろってか……」


 ウィルはざっと視界を見回す。殴られ過ぎたか、左目辺りが腫れ上がって見えずらい。その為にウィルは首をいつもより多く動かして視界を確認する。

 ほとんどの連中はリタとマリアを狙っているが、約二名がローエンの突進に気づいた様子。

 ウィルは息を吐きながら目を細める。

 ちくりと左目が痛む。その痛みは我慢し、グッと指先を引き金に、照星と相手を重ねて捉え、そこだと心の中で認識した瞬間には、弾丸は既に発射されていた。

 体の先で起こる爆発が、ライフルの銃身を通って体に浸透していくように響きを上げた。

 弾丸はひょうと直進し、兵士の肩を貫いて血飛沫を上げさせる。

 始めて当たった。人体にという意味だが、意外に、何も感じないものだ。

 一瞬そう思ったが、それよりもローエンを狙うもう一人を狙撃しなければならないと、視線をもう一人の方に移す。

 同じく、もはや狙撃までの一連の流れは息をするように実行でき、今度は最初の一人にかかった時間の半分で相手を狙撃することに成功した。

 成功に喜んでいる暇などない。ウィルは片膝を上げ、中腰で素早く建物の壁際につまれていた木箱から半身を出すかたちで狙撃の体勢に入る。

 丁度ウィルが壁から顔を出した時、ローエンがリタとマリアに気を取られている兵士の側面から飛びかかった。

 素早い動きで相手の銃に腕を回し、そのまま腕を捻るとなんと兵士がぐるんとその場で宙を舞った。おまけに、ローエンはその兵士の喉をかき切っているではないか、とんだ早業である。

 相手を浮かせた瞬間には、落下する首めがけてナイフを滑らせていたのだろう。

 さながら梟のようだ。静に獲物をしとめる空の狩人。

 ウィルはローエンの技に、そんな物を覚えた。

 手に汗が滲み、心臓が高鳴り、辺りの様子が気になって仕方がない。嫌な気分だが、僅かな高揚も感じる。

 これが戦場。命の散る場所。

 ふいに、父のことを思いだした。

 父さんはきっと、ここから抜け出せなくなっていたんだ。

 この恐怖と生の刺激に狂おしく取りつかれてしまった。


 オレも──?


 ウィルは首を振るい、無意識に緩みかけていた口元をきつく結んで広場の中央で暴れ回る三人に視線を向けた。

 ハッと気づく。

 屋根の上から明らかにリタを狙う銃口。

 ヤツだ!

 ウィルは瞬時に、銃口を向けるやほぼ勘で射撃をしてみせる。

 屋根の上でライフルを構えていたロナスの足元の床がはじけ飛び、ヤツはこちらを睨みつけた。

 ウィルもまた睨み返す。

 殺すこともできたが、お前を殺すのはオレじゃない。

 そう言った意味を込めてロナスを睨みつけるのであり、奴もまたそれを理解しているらしく、ライフルには手を触れず、その場から落下するように後方に消えた。


「リタ! 奴はこの通りの反対側だ!」


 ウィルはあらん限りの声で叫んだ。


「行け!」


 リタは頷くと、すっ飛ぶように路地裏に駆け込んで行った。

 彼女を追う兵を素早いレバー動作による連続射撃で片付けるウィル。

 今までM1866を使ってきたが、コイツもなかなかどうして悪くない。使い慣れてるからイエローボーイの方がグリップはしっくりくるが、それでも、この銃のレバー操作のなめらかな事。

 正直浮気しそうだ。

 そう思いながらウィルはM1873の銃身を撫でた。


 ──と、それどころじゃない。


 思い直し、マリアとローエンの援護をしようとしようと視線を移す。

 すると、ローエンがなにやらこちらを指差している。

 何だと眉をひそめると、なにやら「行け」と言っているらしい。


「だが、二人だけだと」

「ここは任せてください! アナタは彼女を!」

「アンタら銃持ってないだろうが!」

「私たちを見縊るな!」


 そう言ってマリアが盾を構えたタックルで兵士を大きく吹き飛ばした。

 その背後では、接近戦を挑んできた兵士を華麗なナイフ捌きで切り伏せるローエン。

 どうにも相手の兵隊たちはマリアとリタの乱舞に単発式の銃弾は撃ち尽くしたらしい。

 これだから古い物に固執する連中は身を滅ぼすんだ。


「悪い! 頼んだ!」


 ウィルは立ち上がると、マリアとローエンから目を離さないままリタの行った路地に駆け込んだ。

 通りを抜けると、リタがいた。

 彼女はきょろきょろと辺りを忙しく見回している。

 ウィルは素早く物陰に移動すると、リタに気づかれないように息をひそめた。

 それというのも、先ほど大声を出したのだ。ロナスはリタが一人で来るものと思っているだろう。その為、ロナスはリタにしか注意を払わないはず。

 故に、リタを守るには、彼女からも気付かれてはならないのだ。

 リタの動きに合わせてウィルも中腰で移動する。

 アイツ、全く気付かねえな。

 ありゃ隙だらけだぜ……と、思わせてんだろうな。

 ウィルは彼女の眼を逃さなかった。リタの眼は緩やかな動きとは別に、忙しなく動き働いている。

 援護するこっちの身にもなれってんだ。

 ウィルはリタの警戒モードにすら気づかれてはならないと、非常に繊細な動きを要請されていた。小石ひとつ蹴飛ばしてはならない。

 なるほどと、ウィルはエンジェル・アイの訓練に感謝していた。

 スナイパーの心得を少なからず教えてくれたのは彼女だ。一応の感謝は示しておこう。

 ウィルは静かにライフルを握りしめる。


 リタを狙うならば、上か、それとも物陰からか?


 どこだ、何処から来る。

 ぐっという金属のばねの音が背後で聞こえた。

 ウィルはしまったと息を飲んだ。

 奴の狙いはオレだったか……。


「裏をかいたつもりか? 悪いが俺はこの町には詳しくてな」

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