3-5 雷撃のリタ!
アイツにしては遅い。
ロナスはリタの登場に、我ながら驚いていないことに気づいた。
少しばかり髪の毛は伸びたようだが、他は変わっていない。何も考えてないようなアホ面晒して敵陣のど真ん中で嬉しそうに腕なんて組んでやがる。
「相変わらずだな!」
ロナスはレバーから手を離して眼下のリタに話しかけた。
「だいたい二年ぶりってとこだな」
「どうしてた? いろいろうわさは聞いてたんだが、忙しくてな。調べられなかったんだ」
「ああ、だろうな。あのおっさんのナニをどうして、ご機嫌とるのに忙しかったんだろう? 知ってるって」
リタはそう言って手を振って肩を竦めて見せた。挑発しているのだろう。
ロナスはすこし苛立ったが、充分に我慢できる程度だったので、その怒りを飲み込む。
「で、どうしてたんだ。捕まってたのか? それとも、死んでたか?」
笑いをこらえるのに必死で、言葉尻が浮ついてしまう。
なにせ、この馬鹿は同じ失敗を何度も繰り返してるんだ。
昔もそうだった。人質を取ったらなりふり構わず飛び出してきやがる。それがどれだけ自分にとって絶望的な状況であろうとも、だ。
今回も同じだ。学ばねえよな。
そう思うだけで、ロナスは心の底から愉快で仕方がなかった。
「そのどちらとも言えるな。捕まって何もできなかったんだ。拘束や束縛ってのはアタシにとって死んだも同然。ってことはだよ。お前の言う通り、死んでたんだ。ある意味じゃあな」
リタの飄々とした語り口がなお面白く感じられる。
ロナスはついに耐え切れず、「ぷふっ」と吹き出してしまった。
「じゃあ、今度は本当に殺してやるよ! お前の愛しのハニーを殺した後でな!」
ロナスが勢いよくレバーに手を駆けた瞬間である。遥か後方、町の奥──屋敷の方角──で爆音と炎が上がり、土煙がたてに吹き上がった。
あまりの爆発だったのだろう、小さな木片がパラパラと降り注ぐ。
「ドカーン!」
リタがほくそ笑む。
ロナスは自分の愚かさに苛立った。
アイツ、はじめに何と言ったか。確かに言ったぞ『おっさん』と。
だとすれば、奴は既にハーグッドと出会っているわけだ。一度屋敷の方に出向いた後にこっちに来たって事か?
それに今の爆発、ダイナマイト……ああ、そうか。こいつ、輸送車に乗り込んで入ってきやがったな!
「畜生、あの役立たずの門番め! 一度ならずに度までも敵の侵入を許すとは。こいつらを殺したら、次は奴を考えられうる最も残虐な方法でぶっ殺してやる」
ロナスはボソリと呟いた後、レバーから手を離し、腰の銃握に手を添えた。
怒りでウィルたちを殺すことよりも、眼前のリタを殺すことの方が優先された結果だ。
「今のは食料庫だったはずだ。あるいは武器庫かも。いや、どっちもだったかな。ダイナマイトは腐るほど在ったし。ま、どっちにしろ関係無いよな? お前らもう使わねえんだからよ!」
「このアバズレ……!」
ロナスがそう言った瞬間である。リタは両のホルスターから銀色の銃を抜き出した。
コルトのライトニング。オヤジの銃だ。
ロナスの中で怒りをも凌駕する本能的なものが、とっさに体を翻させた。
離れなけりゃならない。
人質を盾に、ロナスは処刑台の後方に引き下がった。
眼下を見れば、複数人の部下がロナスと同じようにリタからの距離を取るべく、人混みから抜け出そうとしている。
そう、奴の異名の本当理由を知っている古参のメンバーたちだ。
「おら! 逃げんじゃねえ! 腰抜けか、手前ら!」
リタが叫んだ。
リタを取り囲む何も知らない新参者どもは、それぞれ銃を抜出し、手柄を立てようと躍起な顔をしている。
ロナスはあの連中は見捨てようと思い切った。
代わりはいくらでも見つかるだろう。アイツらを使って万が一にでもリタを殺せるならば、安い犠牲だ。
「何だやる気か? いいぜ、撃ってこいよ。アタシを殺せば名を売れるぜ?」
リタは挑発をふいて回る。
ロナスは身を屈めて、盾にしているウィルの足の隙間から様子を伺った。
大衆の中、二丁の銃をゆらりゆらりと動かして、体を回転させながら自分を取り囲む連中を余裕な表情で観て回るリタ。
稲妻の恐ろしいところは、その光の直撃によるところではない。
そんなもの当たって死んだらあの世で自慢できるほど運が良い。つまりは、それほど確率が低く、恐れる程のものではないという事だ。
では、何が恐ろしいのか。
誰しもが稲妻を真に恐れるのは、その一撃がもたらすエネルギーだ。
数で余裕のはずなのに、空気はリタに味方している。
張りつめた状況の中、ふと、リタの動きが止まった。
今、この場において、暗雲が立ち込めた。黄色い太陽が降り注ぐ青空の下、ロナスはそう感じる。
ロナスの感性は間違いではない。事実、彼女は戦闘の準備は万全、今や何か、小さなきっかけがあれば、爆発してしまいそうな状態であったからだ。
緊張の糸を焼いて切ったのは、リタの銃弾。銃口から吹き上がる迅雷の轟に、遅れて昇る白色の煙。
今────稲妻は落ちた。
枯野に落ちた稲妻は、枯れた草木をたちまち燃やし、その火は驚異的なスピードで大地に根付く、全てを焼き尽くす。
それが、稲妻の恐ろしさ。
そのエネルギーに太刀打ちできる生命などいない。
稲妻はリタの近場にいた運のいい手下を一人撃ち抜く。
地面に落ちた雨粒が幾重もの細かい粒と跳ね返る様に、彼女の弾に跳ね返るのは、彼女を取り囲む連中の銃弾。
ロナスは見逃さなかった。
彼女の笑みを。その動きを。
驚異的な速さでリタはしゃがみこんだ。
リタを狙った銃弾は、あまりの速さについていけなかった彼女の赤いマフラーの整った端をずたぼろに撃ち抜いた。
破けた布が、地に落ちる刹那、マフラーを射抜いた弾丸は、そのまま勢いを殺さず、自分の対岸にいた仲間を撃ち抜き、撃った本人もまた対岸の仲間の銃弾をその身に受ける。
一発、一瞬にして、リタは周囲を取り囲んでいた八人の男を瞬時に倒して見せた。
それが彼女の発した弾ではないにしろ、彼女の狙い通りという点を考慮するに、彼女の手柄だ。
そう、狙い通り。
奴が
早撃ちも狙撃も彼女は達人という腕前ではないが、こと集団戦において、彼女の右に出る者はいない。
あらかじめ相手の弾道を予測して、たった一発で複数人を同士討ちさせる。超接近距離における戦闘スタイル。場をかき乱すことに関しては天下一品、まさに、向かうところ敵なしだ。
その無秩序極まりない所業が、野に落ちる稲妻のごとき戦いぶりであったからこそ、彼女は雷撃のリタと恐れられる。
それを知っている古参の連中や、リタの事を知っている新参者どもは、脅威を感じて距離を置いたという訳だ。
ロナスは、改めて彼女の恐ろしさを目の当たりにし、体が硬直するという感覚を味わっていた。
正直、早撃ちや狙撃に関しては自分の方が上だという自信のあるロナスであったが、この集団戦においては、到底かなわないと自覚していたのだ。
下の手下どもは、リタの第一波に驚いたのか、一瞬の間があったのち、第二波となる連中が、今度は十四、五人が同時に束になって彼女を押さえつけようと接近する。
「馬鹿どもめが」
ロナスは忠告するでもなく、ただ静かにそう言って、眉間に皺を寄せた。
リタはしゃがんだ状態で、緑色の視線をけたたましく動かし、周囲の状況を察知するや否や、十数人の囲いの最も脆い部分に地を駆ける狼の如く疾走。
その間隙を潜り抜け、刹那、距離を取ったのち、間髪入れずに、こちらに視線を向けた連中の横っ腹に左右の銃口からそれぞれ僅かにテンポをずらした弾丸を一発ずつ撃ち込んだ。
撃たれた十四、五人のうち二人は倒れた。
残りの連中はリタがその銃撃をずらして撃ったがために、続けざまに連続で弾丸を撃ち込まれるものと思い込んだのだろう、彼らは、次に来る弾丸に恐れ、焦った様子で、リタの居る方向に遮二無二銃を放ってみせた。
当然、突然方向を切り替えし、おまけに驚き、焦り、恐怖している半狂乱の連中に、リタを捉えることはできないし、ましてやその後ろに、ある程度距離を取って余裕をかましている古参の連中がいることなんて気づくはずがない。
一方の古参の連中も、突然人混みの間を潜り抜けて駆け出て来たリタを逃すまいと、銃を撃ち放ったものだから、これもまた先ほどの拡大版。
中指立てて駆け抜けるリタめがけて怒りの弾丸を撃ち込むが、暖着確認をする間もあればこそ、飛来するのは仲間の銃弾。二つの集団は同士討ちとあい倒れる。
そんな結果はなんのその、稲妻はとどまることを知らず、嵐の雲間から次々と枯草を焼き尽くすべく落雷して征く。
リタは残りの五人かそこいらのまばらに散った連中を睨みつけた。
その顔は返り血で汚れ、緑色の瞳だけが穢れを知らぬ泉のように、澄んで怒りに燃えていた。
「次はどいつだ? まだ勝つ気でいるってんなら……相手になるぜ?」
だれしもが恐れ慄き、その場に銃を置いて引き下がるその中で、一人鋭く動き出した男がいた。
それは虚勢だな、リタ。昔からお前は嘘が下手だ。
ロナスはやおら立ち上がると、処刑台の前面に立ち、レバーを掴んで眼下のリタを見下ろした。
「それ以上動くなよ。動くと、こいつを殺す」
リタは動きを止めて、処刑台の上のロナスを睨みつけた。薄赤色の髪が真っ赤に変色するほどには、返り血を浴びている。
「脅迫か?」
「そのとおり」
「勝手にやれよ」
リタはすっと銃口を上げ、ロナスの方に向けた。
「それとも何か? もう殺してほしいか?」
「虚勢はよせよ。嘘が苦手なのは知ってんだ。俺とお前の仲じゃあねえか」
「んだそれ、アタシはお前を殺せればそれでいいんだ。そういうもんだろ?」
「嘘だな。お前にそんな非情な真似が──」
銃声に音が聞こえなくなり、続いて、経験したことの無いような痛みが右耳を燃やす。
リタの放った弾丸は、ロナスの右耳を吹き飛ばしたのだ。
「どう思う?」
低い声で、短くリタが言った。
ロナスは怒りに、唸り声と共にレバーを引き切った。
たゆんだ縄が動き、床に二人が吸い込まれようとしたその時、リタのまいた白煙を切り裂き、白銀の飛来物が二人の吊るされた縄が完全に伸びきる前に、切り落としてみせた。
縄を切られた二つの影が、処刑台の下に落ちていく。
その間に、リタの後ろから駆けて飛び出した影が一つ。
影は驚異的な跳躍で処刑台に飛び移るや、同じく反対側から帰ってきていた白銀のソレを腕に掴み、その勢いのままロナスに殴りかかった。
状況はともかく、本能的にそれを危険と感じたロナスは、とっさに身体を後退させる。
すんでのところで避けたロナスであったが、その一撃はロナスの頬をぱっくりと裂き、小さな血飛沫をふき出させた。
耳と頬に手を当て、その影を睨みつける。
「なんだ、てめえ!」
白銀の盾を一振りするや、付着したロナスの血液が処刑台の端に飛ぶ。
「遅いんだよ、ボケ!」
リタが癇癪起こしたように、喚いて怒鳴った。
「遅れた。着替えに手間取ってな」
そう言うのは、青い衣装に、銀色の鎧を纏った戦乙女。彼女はそう言うと、肩から斜めにかけていたウィルのガンベルトを処刑台の下に落した。
「これで貸し借りは無しだ、雷撃」
処刑台の下にそう言うと、再び視線をロナスに戻す。
「クソが!」
ロナスが空いた左手で腰の銃を抜こうとする。
それよりも早く、マリアはロナスの懐に分け入り、わき腹を勢いよく殴りぬけた。
とんでもない痛さで、内臓が飛び出そうな程であったが、銃を警戒して盾のある方の手で殴りかかってくれたことはロナスにとって幸運だった。
ロナスはゼロ距離からからがら抜いたサンダラーでマリアを遮二無二撃ちまくる。
もちろん、当たりはしない。盾に防がれるわけだが、それでも距離を離すのには十分だった。
やってられるか。
息のできない体は思うように動かないが、それでも無理やりによろめきながら処刑台から飛び降りて後退する。
見ればリタの後方から町の兵たちが騒ぎを聞きつけて集まりつつある。
ロナスはこれはチャンスだと、十発ほど連射して距離開け、そこでふらりと路地裏に消えた。
奴らよりもこの町を理解はしている。
ゲリラ戦であれば、こちらに分があるってもんだ。
ロナスはそこで一息つくが、その一息はまるで火でも喉を通っているのかというほどの痛みを伴った。
口元に手をやれば、微かに血が滴る。
「畜生が……」
そう吐き捨て、壁に血を塗りたくってロナスは歩き出した。
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