3-7 続・夢と希望と一枚銀貨

「リタ!」


 ハッとして背後を振り返ると、ウィルがその場に突き飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。

 背をぶつけた痛みに、ウィルの顔が苦悶の表情に変わる。

 その背後には、ロナスがウィルの胸に一つの銃口を向け、もう一方を彼女に向けていた。


「前にもあった状況だな」


 ロナスがほくそ笑んだ。


「あの時は、お前が自分から投降したんだよな。さあ、今回も同じだ。銃を捨てろ」


 リタの脳裏に、かつての仲間の顔が浮かぶ。──スコットにマーレイ、イカボッド。

 彼らの顔が並び、そして、恐怖の顔に変わり、死んでいく。

 リタの眉根が震えた。

 ロナスの野郎に何か言ってやりたいが、死んだ仲間の顔がそれを邪魔する。

 唇は動くが、喉から空気が出ない。


「どうした、早くしろよ」


 ロナスはウィルの腹部を踏み躙る。

「ぐえっ」とウィルが悶絶に目を見開いた。

 リタは手にしていた二丁の銃をそれぞれ見つめる。

 しばらく、交互に見た後に、震える手を弛緩し、自重で地面に落した。


「銃を蹴ってこっちに寄越せ」


 リタは言われた通りに、足元のライトニングを蹴り飛ばし、ロナスの方に一丁を飛ばし、続けてもう一丁も蹴り飛ばした。


「さあ、どうなるか分かってるよな」


 ロナスの笑みが一層強くなるのをリタは知っていた。

 見たことのある笑みだ。そう、仲間を奪う笑み。


「や……」


 リタの声から引きつった音が響いた。

 ロナスの握った黒色のサンダラーの引き金が絞られ、撃鉄が下がる。


「やめろ……」


 声を裏返させながら、悲痛な叫びを上げるリタ。

 ロナスの動きが止まり、「ほお」とリタの方に顔を向けた。

 その顔からは依然として笑みは消えていない。

 嫌な笑みだ。とても、嫌な笑み。


「聞いたことのない声だな。この男の前だとそんな声なのか?」


 ロナスは笑いをこらえるように、そう言う。その顔は呵々大笑をこらえている顔といった様子で、抑えきれない笑みが言葉の節々から洩れている。

 一方、リタの表情は活気に満ちた大義賊のそれではない。怯えた一人の少女のそれとなっている。


「たのむ……もう──」


 リタは見たくなかった。

 もう二度と、仲間が目の前で殺されるのを。

 そんなものを見るくらいなら、自分が死んだ方がマシだとさえ思う。

 ──が、往々にして銃に潜むであろう神は残酷だ。

 ロナスの引き金が絞られ、炸裂音とともに発射した弾丸は、ウィルの胸に直撃した。


「もう……なんだ? なんか言ったか?」


 ロナスは笑いながら、息も絶え絶えにリタに尋ねた。

 ウィルはぐったりとその場で動かない。


「あ、ぁ……」


 そう、声が漏れた。

 結局、こうなるのかよ。

 スコットにマーレイ、イカボッド……そしてウィル。

 それが彼女の脳裏に並ぶ。彼らの顔、彼らの声が彼女を責め立てる。


『お前を信じたのに』

『お前は裏切ったんだ』

『俺たちを殺した』

『オレ、まだ死にたくなかったな……』


 リタは下唇を噛みしめる。

 涙なんてものはわかないけれども、血は流せる。

 噛み切った下唇からは一筋真っ赤な血は、リタの小さな顎に流れ落ちた。


「ごめん……」


 俯き、ぼそりとそう呟いた瞬間であった。彼女の顔に衝撃が轟いた。

 それは視界を強制的に空に向かせ、続けて響く様な衝撃と痛みを感じる。

 殴られたんだ。

 リタはまるで他人事のように冷静に自分のことを分析した。


「よくも、俺の計画を台無しにしてくれたな!」


 ロナスの拳はふら付くリタの左頬を殴りつける。

 口内のどこかが切れた。血の味がする。意識も、まともじゃない。……眠い。これは殴られてる所為じゃないな。多分、もう、どうでも良いんだ。

 リタは自分の歩みを振り返った。

 馬鹿だよな……何でもできるなんて思っちゃないんだけど、それでもアイツらがいたらそう思っちゃうんだよ。

 今はいないアイツらがアタシを支えていたんだ。スコットにマーレイ、イカボッド、アイツらがオヤジが死んだあとのアタシを支えてくれた。

 アイツらが死んだあと、一度折れたアタシをもう一度立たせてくれたのは……ウィルだ。


「まあいいさ。金はある。大義もな! 人はまた集まるさ! 武器だって何とかなる、きっとな!」


 ふら付き倒れそうなリタの結んだ髪をロナスは掴み上げ、そのまま彼女の顔の右側を殴りまくる。

 感覚なんてよくわからない。

 ホント、どうでも良いってなっちまうと、こうも痛みに鈍感になっちまうもんなんだな。

 彼女の髪どめがはらりと落ち、結っていた髪が解けて流れる。

 垂れた前髪の隙間から生気を失って宙を泳ぐ緑色の瞳は、リタに似合わず悲しげだ。

 オヤジ……前にも言ったけど、やっぱアタシには無理だぜ。


『仲間は助け合うもんだ』


 オヤジの言葉だ。

 助けられねえよ。弱すぎるんだよ、アタシ。

 みんなを守れるほど強くねえんだ。

 リタはもはや動かに人形のようにロナスに殴られ続けていた。それは、ロナスでさえも殴るのをやめて、リタの生死を確認するほどだ。

 そして、生きているのを確認するや、再び殴り始める。


『何様のつもりだ?』


 ウルフがそう言う。


『自分が守って“やる”だと!? 驕るのもいい加減にしろ! リタ!』


 その声に生気を失っていたリタの瞳は覚醒に見開く。


『仲間を信頼しろ。お前は仲間を信じていない。お前が一番強いと思っている。認めろ、お前は弱い!』


 リタの顔に痛みが戻る。

 何とか目だけでも開けようとするが、左目はほとんど開けられない。


『お前だけじゃない。誰だって弱い。オレも、ロナスも、例外なくな。だから、埋め合う。それは、慣れ合うためじゃない。しっかりと立って、踏ん張れるようにだ!』


 体が痛む。それは生きている証拠だ。

 リタは足先をピクリと動かした。


『立て、リタ! 立つんだ! 仲間のために! お前のために! お前が立てるのであれば、ヤツらはお前のそばにいる。お前を支えている! だから、立つんだ!』


 ウルフの声が脳裏に響き渡る。

 振りかぶられたロナスの拳が瞳に入る。

 それはとっさの行動だった。

 リタはロナスの一撃を左手で受け止めたのだ。


「調子に乗んなよ……このクソボケが!」


 リタはロナスを突き離し、震える膝を両手で押さえつけ、立ってロナスに相対した。


「まだ動けたか」

「お前を……殺さなきゃならねえから……な」


 言葉の合間に苦しげに喘ぎ、リタは何とかそう言った。


「は! 俺を殺すか? どうやって?」


 ロナスはくたびれた様子で両手を広げておどけて見せると、血まみれの手で腰からサンダラーを抜き出して銃口をリタに向けた。


「そうだな……決斗で、どうだ?」


 ロナスの目が見開く。

 リタも同様に驚愕したが、瞼は腫れて開けない。けれども、その声は、ロナスの声じゃない。

 ロナスの後ろ、ぼろ布をのような服を纏ったウィルが、そこには立っている。


「お前……どうして」


 ロナスは後ろを振り向けず、銃口をリタに向けたまま固まっている。


「なあに簡単さ……」


 リタはウィルの方にやっと視線を合わせた。

 視界が霞んで仕方ないが、やっとこさ声の主が幽霊ではないことを確認した。彼はロナスに先ほど捨てたリタのライトニングの銃口を向けている。


「リタに言わせりゃ、“夢と希望”ってやつさ……だろ、リタ?」


 無意識に、彼女の頬は緩む。

 ウィルはそっと胸ポケットから一ガル銀貨を一枚取り出した。その銀貨には歪んだ弾丸がめり込んでおり、微かにその先端部は銀貨を貫通して血を滴らせている。

 あの銀貨はリタがクーロンシティの賭博で大負けしたときの残りだ。


「結果的に言えば、あの時の賭けはどうやらお前の勝ちだったらしいな」


 ウィルは左胸をさすってみせる。若干だが、血がにじんで浮かび上がるが、大した傷ではない。


「けど、やっぱ死んだと思ったんだぜ。ホントに意識は飛んでた。よくもやってくれたな」


 ロナスの表情から笑みは既に消えている。


「な、なあ。よく聞けよ。お前ら……」

「聞く耳あるか。とっとと、銃を捨てろ」


 ロナスからはウィルが見えない。

 この場合、ロナスはリタを人質にはできない。

 仮に、ロナスがリタを撃ったとすれば間違いなくロナスは後ろから撃たれる。それはきっと撃たなくても同じことだ。いずれにしろ、このままではロナスは確実に死ぬ状況だ。ロナスもそれを分かっているのだろう。抵抗すらせずに銃を落として見せた。


「もう一丁は差したまんまでいろ。決斗だからな」

「お前らはこれらからどうするつもりだ? 無法者を気取るか?」


 ロナスはひきつった声で二人に喚く。

 それを無視してウィルは銃口をロナスに向けたままリタに近づいた。


「世の中は変わりつつあるんだ。個人の戦いはもうないんだよ! お前らだってわかるだろうが。これからは組織同士の戦いだ。戦争だってそうなる。分かるだろ、俺たち無法者の時代は終わってるんだよ!」

「いつだって戦うのは個人だよ」


 そう言ったのはウィルだ。


「いつだって戦わない人間は時代において行かれるんだ。逆もまた然りさ。戦っていれば、それは時代になる。たとえ、それが終末の見えた儚い時代だとしてもな」


 リタはウィルの持つライトニングに手を伸ばそうとするが、それをウィルが止める。


「オレのを使え」


 腰のベルトを解き、リタに渡す。

 ウィル流、Dr.ホリデーカスタムのS.A.A.だ。


「んだよ、アタシがアイツに早抜きじゃ勝てねえってか?」

「ああ」


 即答したウィルをリタは睨みつけるが──。

 信じろ、か。

 リタは文句を垂れようとした自分を抑え、頷いた。


「……分かった」

「意外だな。喚くと思ってたのに。その為の説明も用意してたんだぞ。まったく、殴らて過ぎて頭おかしくなったんじゃねーか?」

「るせえ!」


 リタはガンベルトをふんだくると、それをすぐさま腰に巻きつける。

 ウィルはロナスに銃口を向けたまま、ゆっくりと後退去る。


「オレはあくまで公平にする。リタが死のうと、オレはお前を撃たない。お前はオレを撃つでもなんでも好きにしろ」


 向き合ったリタとロナスは互いに無言で頷く。

 一陣の風が二匹の狼の間を通り抜ける。

 リタの解けた長髪が風になびいた。

 屋根に掲げられた南軍の軍旗も荒波のごとく風に泳ぐ。

 何処かで油の切れた風見鶏がきいきいと泣きじゃくる。

 二人の視線は一切ぶれない。

 頬を伝う自分の血すら感じない。リタは、全神経を指先と瞳に向けており、それ以外は既に遮断してしまっている状態。彼女が時より陥る機械的な精神である。

 そこに彼女の意思は介在しない。無風にして虚無の極致、在るは殺戮の荒野のみ。今の彼女にそれ以外は必要無かった。

 風見鶏のきいきいという鳴き声が小さくなり始める。

 これが決斗の合図だということは言わずもがなの様で、ウィルもロナスも、表情を変える。


 きいきい……。


 きい……。


 …………。


 風は止み────風見鶏は止まった。

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