3-4 ハングマン・ショー

 眼下には、にやけ面の男どもが処刑台の前面に扇状に展開しており、その数は三十をゆうに超えている。

 観客は満員。大盛況でござい。

 ウィルがそう思った途端、背後から首に荒縄がかけられ、きつく締められた。

 足元は開閉式になっており、床は風で軋んでウィルの体をわずかに上下させる。

 落ちたら即死だろうか。高さは四メートルかそこいら。縄をかけられた状態ならば即死。縄が無くても落ち方が悪けりゃ骨折はするな。

 そんな事を考える。

 ま、このままどうにもできないだろうから、骨折の心配はなさそうだけれども……。

 泣き言を喚きたくなってきた。

 だがなんと? 殺さないでくれーと命乞いするか? いや、嫌だね。そんなことはしたくない。まっとうに──ここ数日の小悪行は除いてだが──生きてきた人生を、最期の最期で汚したくはない。

 ウィルの高潔な声が内側からそう言う。


『馬鹿野郎! どんな汚いことしてでも、生きることを考えろよ!』


 もう一つの声がそう言う。

 不思議な事に、その声は自分の声に聞こえない。心の声で、聞こえないというのも妙なものだが、ウィルはその声の主はきっとリタだろうと感じていた。

 彼女ならばきっとそう言う。

 不思議と、頬が緩んだ。

 アイツ、助けてくれねえかな。

 馬鹿な考えだ。有り得ない。敵は三十強いるんだ。おまけに人質もとられてる。勝ち目なんて無いだろ。


『アタシを誰だと思ってやがる?』


 再びリタの声。

 そりゃ、天下無敵の義賊様、だろ。ああ、だが、そいつはたかだか個人の力量だ。個人と個人ならば無敵でも、数に勝る個人はいないもんだぜ、義賊様。

 ウィルは希望というものを極力抱かない。それは、抱けば抱くほど、裏切られた時の傷が大きく痛いというのを身を以て学んでいるからだ。


『夢も希望もねえな』


 クーロンシティでアイツが言った言葉だ。ああ、その通り。首に縄掛けられて、今にも処刑人が絞首台の開閉式の床を開けるレバーを引かんとしている状況では、夢も希望も抱けないものだ。

 隣を見やれば、自分と同じようにローエンも首に縄をかけられている。

 瞳を結び、瞑想でもしているかのような体だ。きっと彼女も諦めてる。この状況だったら誰だってそうだ。


『本当にそうか?』


 リタのほくそ笑んだ顔が浮かぶ。

 ウィルは自嘲気味に声を出さずに笑った。

 我ながら馬鹿らしいことを……。

 なんだかんだ、諦めきれていねえんだな……生きることに。

 ふいに、目の前に影ができた。

 視線を上げると、目の前にはロナスが佇んでいるではないか。


「よお、新入り。そして、さよならだ」


 ロナスはウィルの頬をぺちぺちと数回叩いておちょくって見せると、踵を返して処刑台の前に集まっている大衆を見やった。

 殴られた頬が痛む。


「さあ! ショーの始まりだ!」


 ロナスが叫んだ。

 大衆が答える。震える足元、体が粟立つ。

 思い出すのは嫌な思い出……ではない。ふしぎと、最近の、そう、彼女の事ばかり。

 楽しかった……まあ、そうだな。生まれて初めて、自由にはしゃいだ気がする。

 とはいえ、怖いし、体は震える。

 彼女との思い出が、はからずとも未練となっているのだ。


「こいつらの死ぬところが見たいか!」


 大きな声が聞こえる。

 それに応える大衆の肯定。


「見たいかぁーーーー!」


 ロナスが大きく叫ぶ。

 さらに大きな肯定が響く。目の前のレバーに手をかけるロナス。


「見せてやるぞぉーーーー!」


 無理なのはわかってる。それでも────。

 


「死なれちゃ困るんだよ!」



 これはオレが言った言葉だ。

 ウィルはハッとする。

 オレの言葉が……どうしてリタの声で?

 それに、いま確かに、耳で聞こえなかったか?

 ウィルの視線が大衆の雑多に向いた。

 ウィルだけではない。ロナスも、見物人も、全てが一方に視線を向ける。

 大衆のど真ん中。

 突如、宙に舞ったのはソンブレロにオレンジ色のポンチョ。

 ザッとその周辺の男たちが引きさがり、人混みにぽっかりと穴が空く。

 その中心に、真紅のマフラー靡かせて、両腕組んで不敵な笑みを浮かべるは、紛れもない────


「お前がいねえと、帰り道分かんねえじゃねえか」


 彼女──リタであった。

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