2-11 復讐は誰がために

 凍えるような夜風がリタを襲った。

 流石に火も無しで夜を超すのは堪えるかもだな。

 体に巻き付けるように纏った毛布を抱きしめ、リタは依然帰らぬウィルの事を少し考えようとしたが、寒さと眠気がその考えをぼやかしてくる。

 眼下の町は明々と夜の荒野に輝き、それは丘の上までも照らして見せ、動物たちは近寄りはしない。そのため、焚火を焚かなくても問題はないのだが、如何せん夜風が体力を奪っていく。

 リタは何か食うかと、ウィルが置いて行った干し肉とパン。それから水のたんまり入った水筒を器用に足で体の方に引きずって寄せ、可能な限り毛布から肌を露出させないようにして干し肉を口に咥えてしゃぶり始めた。

 ほのかな塩気が体に活力を取り戻させ、幾分頭もはっきりする。

 さてと唾液でふやかした干し肉を噛み千切り、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだリタは、水を一口、それからスコープを手に取ってなんとなしに町に視線を向けた。

 暇だ。

 夜ということもあってか、人通りは少ない。それでも、町中に警備の兵士はいるし、通りを行き交う人々──ほとんどが男だが──の腰には決まって銃が収められてある。

 面倒な町だな。

 リタは干し肉をさらに口に含んで少し眠けを含んだ瞼をせわしなく働かせた。

 南軍か……。

 リタは町を行き交う灰色の軍服にどこか違和感を覚える。

 灰色に滲んだ赤色の方がなじみがある。

 リタはそんな事を思い出していた。

 スコット、マーレイ、イカボッド。

 あれはまだ南北戦争の最中だったか、アタシが狼に出会ったのは────。



 

 ウルフパック強盗団がまだ賊と呼ばれる前。南軍の一隊として各地で活躍していた頃だ。

 そのころのリタはまだ幼かったが、それでも戦況が著しくないことくらいは理解していた。

 毎日のように農場に運ばれてくる真っ赤な服の負傷した南軍の兵士たち。忙しなく動き回る屋敷の使用人。

 彼女の両親はそれぞれ獣人とアースエルフだが、珍しく両方とも奴隷ではなかった。

 リタの父であるオドは──忌むべきことだが──獣人の奴隷商人であり、母であるエスメラルダは絶世の美女と呼ばれた踊り子でもあったため、その娘であるリタもまた奴隷ではなかったわけだ。

 父は屋敷の主──もう名前は忘れたが──の右腕として綿農場で使う奴隷の仕入れを一手に任せられており、母は母で一晩客の前で踊れば普通の人間であれば一か月は食っていけるであろう金を稼ぐことができたほど。

 そんな両親の娘であるからして、幼少期のリタは裕福な暮らしをしていた。もちろん、それは彼女の幼少期だけ、戦渦に巻き込まれた彼女は豪勢な生活とはかけ離れ、砂埃の中無法に生きていくこととなる。


 ゲティスバーグ以降、南軍は不利となり、勢いに乗った北軍は物資を持った村を潰しながら南下、南軍を次第に追いつめていた。

 そんな最中に、彼女の暮らしていた農場も巻き込まれ、北軍の占領軍に両親は殺され、彼女もついに死ぬかといったところで、狼たちに出会った。

 彼らは四方八方に馬で駆け占領軍を混乱させ、見事相手を一時的に退かせたのである。

 その小隊こそ『群狼』の異名を持つウルフ・サンチェ中尉率いるアメリカ連合国第三旅団第一騎兵小隊であった。

 相手を退かせることに成功した彼らであったが、その折に救う事の出来た者はただの一人だけ。それが彼女、リタなのである。

 そんなリタにウルフは何か感じるところがあったのか──彼女が彼と同じく獣人とのハーフであるということも少なからずあったのかもしれない──、自分の養子として以後、ウルフが死ぬまで連れて行くこととなる。


 リタを手元に置いたウルフたちは、この時完全に孤立していた。この事が後にウルフパック強盗団結成に至る最たる原因であった。

 それというのも、この時リタを含む第一騎兵小隊はミシシッピにおり、西部戦線での南軍の降伏を知らなかったのである。そのため、彼らは戦争は続いているものとして、その年の夏ごろまでゲリラ攻撃を続けていたが、補給のためにおりた村で南軍の敗北を知り、その地を以てウルフは第一騎兵隊を解散とした。

 けれども、多くの部下──スコットにマーレイ、イカボッド。そして、リタ──は帰る家を持っていなかった。いなかったからこそ戦えたのだ。

 故に、ここで分かれれば自ずと道を間違えるだろうと、ならばここまで連れてきたのは自分だ、自分が何とかしなければならないという責任感の強すぎる男であったウルフの判断があったのだろう。そういった経緯を経て、彼はウルフパック強盗団を結成した。


 強盗団とはしても、飽くまで悪人しか襲わない。余剰な金は奪はない。無駄な殺しはしない。それらをモットーとした強盗団。それがウルフパック強盗団だ。

 リタはそんな彼らに実の娘のように育てられた。

 銃を教わり、歌を教わり、いらぬ遊びも教わった。



 

 リタは不意に、優しく微笑んで依然として不自然な輝きを放つ町の光を見つめた。

 世に言う幸せって言うのが何なのか分からねえけど、アタシにとっての幸せってのはきっとあの時のようなことを言うんだろうな。

 そんな記憶の中に、ロナスの顔が現れた。幼いロナスの顔が。

 いつだって輪の中にいたはずなのに、何時だって仲間とは違ったやつだ。

 偉大なる父を持ったのが運の尽きか、あるいは個人の問題か。

 リタとしては後者だと思っていた。奴は父を越えようとは思っていなかった。つねに、父を否定することで己を確立させようとしていた男だ。

 ウルフが病死した後、リタがウルフパックの首領を継いだわけだが、その時でさえもやつは特に不満と言った顔はしなかった。思えば、あの時からすでに裏切ることを考えていたのだろう。

 リタはロナスに対する怒りよりも、自分を──ひいてはウルフの信条を──信じた仲間たちに対して申し訳なく、下唇を噛みしめた。

 ロナスが謀反を起こした時、ウルフパックの全員がロナスに従ったわけではなかった。

 ロナスに従ったのは新参者ばかり。古参の連中はリタに従ったのだ。とはいえ、数では新参者の方が多く、くわえて古参の連中──スコット、マーレイ、イカボッド──はほとんどが歳をくいすぎていた。

 多くが死に、残った者も捉えられてリタに対する人質として使われ──殺された。リタが抵抗したわけではない。奴らが面白半分で無抵抗のリタの目の前で彼らを殺したのだ。

 あの時の光景は思い出すまいと、自由になってからの日々──ウィルと過ごしていた間──リタは常にいろいろと違う事を考え、行動を起こしてきた。けれども、どれだけ騒ぎ狂ってみても、何時だって一日の終わりに思い起こされるのは彼ら一人一人の顔だ。彼らの顔が出てくるたびに、体中から嫌な汗が拭きだし、生きた心地がしなくなる。

 救えなかった顔。リタにはその顔が無念を晴らしてくれと、そう言っているように思えてならなかった。

 無念を晴らすのだと、瞼の裏の顔がそう囁きかける。


「やってやるよ……」


 リタはどこか弱々しく膝を抱きかかえ、瞳を閉じた。

 彼らの怨念を解き放つこと。それが自分のため、本当の自由への開放でもあるのだと、リタには思えるのだ。

 



 彼女の瞳が暗闇に落ち込んでいるとき、町に一台の馬車が入って行った。

 リタは未だ暗闇の中、町に消える馬車に気づかない。

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