2-10 我慢は得意な方だけど
ウィルは最初に入った酒場のちょうど真ん中あたりで、多くのウルフパックのメンバーに囲まれて苦笑いを浮かべている。
「何処から来たんだ?」
誰かがウィルに尋ねた。同じ質問を数分前に聞いたが、おそらく我が事ばかりで誰かが聞いた質問の内容なんて気にしちゃいないんだろう。
とっくの昔に愛想なんてつき果てていたが、それでも信頼できるやつだという印象を与えておこうと、内心が表情に出ない様に顔の筋肉を強張らせ続けている。
そんな具合で、ロナスの言った仲間への紹介は気が付けば夕暮れ時まで続いていた。
ウィルは酒を勧められるが、下戸だとして頑なに拒み、それに代わって質問の嵐に一つずつ丁寧に答えを返す。
正直、ほとんどが生返事であり、まともに考えて返しているわけではなかった。
そんなこんなしていると、連中はウィルという新しさに飽きてきたのか、まばらに室内に散り散りに散りはじめ、質問も少なくなってきはじめた。
そろそろ、こちらから質問を投げかけても構わなそうだ。
そう判断したウィルは、すっと手を上げてにこりと微笑む。ウィルはこの町で名乗ったゲイリー・ブラウニングを演じる際、そこはかとなくエンジェル・アイの仕草を取り入れているつもりであったし、事実、そこそこ似ていた。
「今度はオレが質問しても?」
そう言うと、カウンターで横になり片手でビールを煽っていたロナスがウィルを指差し、待ってましたと言う表情を見せる。
「いいぜ。野郎ども、今度は奴の質問タイムだ! 聞いてやれ!」
室内のあちこちから「了解ボス」と口々に聞こえ、やがて静かになった。
さて、何を聞こうか。
ウィルは静かになった室内で、ようやっとまともに思考を働かせられるとあれこれ考え始めた。
あの屋敷の裏口はあるのか? いや、流石に直球過ぎる。
では、この町で一番の美人は? 関係が無さすぎるし、正直あまり興味が無い。
そうだな、興味があるとすれば…………。
ふいに、緑色の瞳が脳裏をよぎった。
なんでアイツが出てくるんだよと、ウィルは首を横に振るって思考を整理しなおすが、それでも出てくるのは奴の緑の瞳や馬鹿に元気な笑顔。
そうだよな、こいつらの方がアイツについては詳しいんだよな……。
ウィルは自分の知らないリタを知ってみたくなった。
こんな荒野の果てまで供に来た間柄だが、よくよく考えれば、オレは彼女の事を何も知らない。それを敵に聞くってのも狂ってる話だ。
ウィルはそう思ったが、いやと頷く。
今のオレはウィルじゃない。ゲイリーだ。ゲイリー・ブラウニング。そう。だから、これからする質問はゲイリーの質問だ。
自分にそう言い聞かせ、ロナスに視線を向けた。
「
空気は一見変わらないようだが、数人はゆっくりと視線をロナスの方に寄こし始めている。
「それがどうした?」
ロナスは柔らかな口調で尋ね返すが、その言葉には明らかに嫌悪のニュアンスが込められている。
「だって彼女は有名だろ? 彼女らしき姿が見えないから、気になってたんだ」
「今はいない。この回答で構わねえか?」
「いない? どっか行ってるのか?」
冷静なときのオレが聞けば笑い転げるかも知れない質問だ。そんな答え聞かなくても知ってるじゃないか。そんなリタと一緒にここまで来たのだから。
ウィルは緊張で押しつぶされてしまいそうな心中でそう笑った。
「さあな。知らねえよ。死んだとも聞くし、捕まったとも聞く。な、お前ら?」
ロナスは顔をぐるりと回転させ、彼に視線をよこしていた連中を見渡してから再びウィルを見る。
「そういうこった」
「つまり、彼女にはもう会えない。そう言う訳か?」
「ああそうだ。もう二度と会う事はねえ……なんだ、会いたかったか?」
「まあな。少しだけ。美人とも聞いていたし」
「そりゃ残念だな。もう少し早くウチに入ってたら、良い思い出来たのによぉ」
ロナスは「へへ」と不敵に微笑み、ビールを一口、濡れた口元をよれたシャツの袖口で拭って再び「へへ」と教養の無い不快な笑い方をよこす。
「どういうことだよ?」
ロナスは肩をすくめておどけた表情をして見せる。
「なんだ? 興味あるのか?」
「まあ、すこしな」
「いいぜ。話してやるよ」
「そりゃどうも」
ウィルは、ゲイリーとしてではなく、正真正銘ウィルとしてそう言った。この返答を別の意味に置き換えるのであれば、これは殺害予告でもある。『覚悟しろよ、絶対に殺してやるからな』そう言った意味だ。とはいえ、この意味合いが通じるのはウィルとゲイリーの一人だけなのだが。
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