2-4 故郷は遠く
マリアは休憩の間、焚火の周辺をくまなく見て回っていたが、見つかったのは、ベーコン一枚に空薬莢が一つ──排莢するおりに落したのだろう──だけで、それ以外は特にめぼしい物は落ちていなかった。
焦っている様だ。
ローエンは岩場の陰りに腰をおろし、中腰の姿勢でウロチョロと歩き回るマリアを感心半分、呆れ半分で眺めていた。
二人がいた場所を探しても何の参考にもならないだろうに……。
ローエンはため息を落として、やおら立ち上がって自分が休んでいた岩場の側面に移動する。
彼女の背丈をも超える大岩の傍の地面には僅かに窪みが二本あり、それが遠く荒野に伸びている。リタとその手下である顔の見えない狙撃者がたどったとみられる痕跡だろう。
風は一昨日からあまり変化はない。だとすればこの跡は岩場の影と言う事を考慮に入れたとしても、今朝か、早くても昨夜辺りにできたものであるとローエンは推測した。
「二人はここで一夜を過ごした後、南に向かって進んだようですね」
その声に中腰でかがみこんでいたマリアは立ち上がり、ローエンの方に体を向けた。
「南……メキシコの方か。奴ら、国外に逃げれば済むと思っているようだな」
「お嬢様は奴らが政府や賞金稼ぎから逃げているとお思いで?」
「お前の見解は違うのか?」
「失礼承知で言わせていただければ、ええ、その通り。お嬢様の見解と私の見解は異なります」
「聞かせてくれ。こんな場合、お前の意見の方が当てになるからな」
まったく、こういう時だけ聞き分けが良いから困るのですよ。日ごろから、聞き分けが良ければこんな所にはいないものを……。
そんな事を思いながらもローエンは説明を始める。
「奴らが目的を持っていないのであれば、そもそもこちらの砂漠に出るという愚行は犯さないはずなのです」
「愚行?」
マリアは胸の前で腕を組んで首をかしげて見せる。
「ええ。ただ単純に逃亡をはかりたいというのであれば、こちらの砂漠ではなく、森林地帯を進むはずです。向こうであれば水も隠れる場所だってある。なにより数キロおきに交易所が有りますから、食料や寝床に関して困ることが無いのです」
「なるほど、つまり、目的でもない限り砂漠の方に出向くことはまず有り得ない。そう言う訳だな」
ローエンは静かに頷いてみせた。
「では、その目的と言うのはなんだ?」
「それは分かりませんが──」
「が?」
「この砂漠の果てにあるのは『トゥーム・ヒル』という町だけです」
「墓場の丘? なんだってそんな名前なのだ」
「さあ、墓石に使う石が丘から取れるから、とかじゃないでしょうか」
「そんな適当な事があるわけない」
「ここから東に数キロ行ったところにある保護区の町は、近くの山から金が出たからという理由で『ゴールドシティ』と名付けたそうですよ」
「…………そんなに適当なものなのか?」
「そんなものですよ」
「そう、なのか……」
眉根に深い谷を造り、マリアは頬を指で掻いている。難しい問題なんかを考える時は決まってこんな具合だ。
昔から変わりませんね、アナタは。
ローエンはマリアの仕草に幼いころの彼女の姿を重ね、深くため息を落として気持ちを切り替える。
さて、そろそろ本題を切り出すか。
答えは見えているのだが、聞かねばなるまいとローエンは後頭部を掻いてマリアから視線を逸らした。
「お嬢様、そろそろお屋敷の方に戻られませんか?」
「もどらない」
即答である。
でしょうね、私、知ってました。
ローエンはマリアの答えるであろう言葉を知っていたが、それでもげんなりとした表情で肩を落とす。頑固なところは昔から何一つ変わりやしない。
「ですが、お父上も心配しているでしょうし……」
「私は、もう子供ではない。この無法の大陸に秩序と正義を貫くと決めたのだ。だから、その大義を果たすまで家には帰らない」
家出にしては大した大義名分ですこと。
彼女が正義やなんだと言いだしたのは、幼いころにエンジェルシティで遭遇した銀行強盗の一件以来だ。
この大陸で暮らす普通の人間であればさして驚くべきでもないありふれた日常の一つであるのだが、ことこれが大陸鉄道会社社長の娘ともなれば話が違う。
偶の外出に初めて見た悪党に、心底恐怖し、そして、それらを懲らしめた保安官──これが並の保安官であればこうもなっていないのであろうが──ジュリアンQに見とれてしまったわけだ。
ジュリアンQといえば、銃を使わない保安官として有名で、銃の代わりに用いる荒縄の見事な裁きといえば、まさに神業。子供ならば憧れて当然と言ったところなのだが……彼女の場合異常ともいえるほど憧れてしまった。
以来、彼のような正義の執行者になるべく、マリアは修行を重ね、こうして自分の実力を試すべく悪党退治の旅──私から言わせてもらえれば、ただの家出ですが──に赴いている次第。
ローエンは自分がやらねば自分以外の使用人は誰もやらないだろうし、彼女を一人旅立たせたら、ローエンの雇い主であるマリアの父にクビにされかねないと考え、彼女の御伴をなかば自主的に名乗り出て付き従っているのであった。
マリアは、ローエンの同伴を嫌ったが、結果的に彼女が居なければ、今頃三回は死んでいるので、マリアが認めようと認めまいと、彼女の旅にローエンは必要なのだ。
ローエンは今一度マリアの瞳を見やる。
非常に珍しい赤い瞳が、揺るぎ無い決意を抱いてローエンに訴えかける。『さあ、私の為に馬車を進めるのだ』、と。
まだ幼い頃から知っていますが、ホント、この目にだけは逆らえません。いやはや、とことん私も甘くなったものです……。
まあ、アナタだけですものね、私を怖がらなかったのは……。
自嘲気味に「ふっ」と笑い、「分かりました」とローエンはやつれ気味に頷いて荷造りを始めた。
「では、早いところ、その正義の執行とやらを済ませてしまいましょう」
皮肉を込めて言ったのだが、当のマリアは皮肉を理解できていないらしく、元気溌剌に「ああ」と返してきた。
そのカウンターは容赦なくローエンのメンタルを直撃し疲労を加速させるのだが、挫けるものかと重い体を馬車の御者台に上げる。
「さあ、行きましょう」
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