1-11 彼女の盾は二枚ある

 仲間が……しくじった。

 ローエンの黄色い瞳は、樽と樽の隙間から遠く見える狙撃手を捉えていた。

 逆光で上手く相手を捉えることが出来ない上に、かなりの距離がある。

 おまけに、あの距離から私のナイフを弾いたのだ、かなりの腕前と見て間違いない。だとすれば、マリアの言っている通り、この女は本物のリタ・ザ・ライトニングなのかもしれない。

 ローエン・ロコスキンは、道の真ん中で、ぼうと佇む女を見やった。

 薄赤色の髪に、コルトライトニングの二挺拳銃使い。緑色の瞳に小麦色の肌をした半獣人の女。

 なるほど、確かに条件は当てはまっている。

 さしずめ、あの影の正体はウルフパックのメンバーといったところか……厄介なヤツに喧嘩を吹っかけたものですね、うちのお嬢様は。

 ローエンはリタに向けていた瞳をマリアのほうに動かした。彼女は樽に背を預け、盾を抱える形でちょこなんと座り込んでいた。

 マリアのほうもまた、ローエンのほうに視線を投げかけている。

 どうすればいいのだ? そう言っている顔だ。いやはや、めっぽう強いくせに、こういう予想外の出来事には対応が鈍い。


「動いてはなりませんよ」

「分っている」


 とはいえ、このままではどうしようもない。

 ローエンはナイフ以外を使うのは酷だが、仕方ないと、ポケットからレミントン製のデリンジャーを抜出し、撃鉄を起こして通りに佇むリタに突き付けた。


「雷撃。ヤツは何者だ」


 ローエンが尋ねると、リタもまた少し驚いていたようで、ローランの問いに一間置いてから反応した。


「あ、ありゃ……アタシの仲間さ」

「やはりそうか」


 ローエンは事の厄介さに舌打ちをした。

 その時、一発の銃声と共に、ローエンとマリアの間の樽が崩れ、地面には弾丸が土煙を上げて突き刺さった。

 視えている、ということか……。

 僅かに身じろいだ途端、先程まで足を置いていた場所に弾丸が撃ち込まれ、弾かれた小石や背後の樽の木片がローエンのブーツにぶつかる。

 かなりの腕前だな。私が動くことを予測して撃っている。

 ローエンは突如手を挙げ、立ち上がると、樽から身を乗り出して通りに歩き出した。


「お嬢さま、私が囮になります。どうか今のうちに……」


 マリアは下唇を噛み締め、屈辱と悔しさが入り混じった表情で陰りからローエンを睨んだ。


「そんなことできるわけ──」


 そう言ったところで、銃声がとどろき、樽を貫いた弾丸がマリアの横顔をかすめ、飛んで行った。


「このっ──」


 そんな仕打ちを受けたためだろう、マリアは手にしている盾を震わせていた。

 彼女ならば、無傷であの狙撃者のところまで駆け抜け、倒すことが出来るだろう。

 マリアの盾はミスリルで拵えられた古の遺物。エルフの術を宿したその盾は所有者を絶対守護する。故に、彼女を傷つけることは容易ではないし、正面からの攻撃であれば、それこそ敵にならない──もっとも、多少なりとも例外はあるようだが。

 ローエンはその例外を視界の端に捕らえる。依然としてリタもまた状況に驚いている様子だ。

 ともあれ、あの狙撃者相手であれば、恐らくマリアは勝てる。ここは通りだ、彼女の突進の邪魔になるようなものは今のところ見受けられない。

 さて、問題は私が危ないってこと。

 ローエンは現状自分が人質になっていることを理解していた。

 つまり、マリアならば盾で弾丸を防ぎきれるが、私はそれが出来ない。

 マリアが動けば、目の良い狙撃者のことだ、どんな些細な動きでもバレるだろう。そして、おそらく、私を殺す。

 私の死を顧みずにあの狙撃手を倒しに向かってくれれば助かるのだが、このお嬢様、死んでもそんな真似は出来そうにないし、それには期待しない方が良いだろう。

 さて、先程の射撃は挑発ではない。必殺の証明に他ならず、それをマリアも読み取ったからこそのあの屈辱的な表情なのだ。


「雷撃を釈放しろと言っているようです」


 ローエンがそう言うと、マリアが頷く。


「そのよう、だ」


 しかし、この場でリタを釈放してしまえば、恐らく奴らは私達を殺すだろう。

 ローエンは盗賊ならばそう考えて当然だろうと、事の行く末を推測していた。

 しかし、そうするわけには──。

 再び銃声が響き、マリアの隠れる樽は前方に崩れ、煙の中からマリアの姿が現れてしまった。

 時間は無い、か。


「お嬢様、雷撃を返しましょう」

「しかし、それではお前が!」


 マリアもまたローエンと同じ考えを持っていたらしい。


「大丈夫です」


 ローエンは無理に微笑んでそう言うが、その言葉は紛れも無く決死の覚悟を内包した言葉であった。


「ムシが良いのは分かっている。だが、義賊と呼ばれるお前たちだ。もしも少しだけでも慈悲があるならば、お嬢様だけは助けてはくれないだろうか?」


 マリアには聞こえない程、小さな声で、ローエンはリタにそう持ちかけた。


「どうだろうな。アタシは別に自称で義賊を名乗ってるわけじゃねえからな……」


 ゆらりと動き、首を鳴らした彼女は、落ちていた拳銃を拾い上げると、刹那に踵を返し、素早く銃口を二人に向けた。


「……お前らを殺す」


 凄みを帯びた表情でリタは二人を交互に睨んでみせた。

 どちらから殺してやろうか、いかに苦しませてやろうか、そんな事を考えているような瞳だとローエンは思う。

 マリアが今にも動き出しそうだ。

 チャンスは、ヤツが私を撃ってからだ。可能ならばタックルをかます。二、三発はこの体が吸い込んでくれるだろう。

 荷物が降りたら間髪いれずにこの女のわき腹に強烈なのを食らわせてください、マリア。

 脂汗が頬を伝い、形の良い輪郭をなぞってあご先に集まる。引鉄を引いたら動く。そんな張りつめられた神経で、ローエンはリタを睨みつけた。

 ふと、リタが銃口を上向けた。


「なーんてな」


 にこりと笑うと、くるりと踵を返し、朝陽のほうに向かって歩き出した。


「脅されてるやつを殺すほど、腐っちゃねえかんな。それに──」


 後ろでに手を振って見せ、


「命の恩人の顔に泥は塗れねえし」


 と、何処か浮ついた口調で言うと、リタは朝陽に見える影のほうに向かっていってしまった。

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