1-12 初めての狙撃

 息が詰まる。

 過呼吸気味に息を吸い込むと、油のさされていない蝶番が鳴るようなかすれた音が喉から発され、ウィルは、自分が発した音に苛立ちを覚えた。

 しっかりと握ったイエローボーイの銃握。脇に押し当てた銃床の部分が暑く感じる。汗がたまっているのか、それとも気のせいか。

 いずれにせよ、人生で初めての人に対しての狙撃はあまりうまくいっていない。

 こめかみから頬を伝って流れ落ちる汗の不快感とともに、思い起こされるのは軍の仲間の罵倒。


『やい、ウッドペッカー。今日も木を突っつくのは楽しいか?』


 ああ最高だね、引っこんでろ屑め。

 ウィルはため息交じりにそんな雑念は振り棄て、目の前の状況に集中する。

 もう一度撃とう。そうすれば……。

 そうこうしていると、こちらにリタが向かってきているのが見て取れた。相手方は彼女を釈放した様子。結果オーライと言ったところか。

 ウィルは開けるのを忘れていた左目をそっとあけて、青い双鉾でリタを捉えた。左目の窪みに溜まっていたのだろう汗が一瞬目にしみる。

 一度、銃握から手を離し、左目をこすってパンツで拭った。

 彼女はにこやかな笑顔でこちらに向かってきている。

 再び、相手を見れば、二人──盾を持った少女とメイド姿の女──はその場で動かずにこちらの様子をうかがっている。

 いい子だから、そのまま動かないでくれよ。

 ウィルは心の底からそう願うが、次の瞬間にはメイドの方が僅かに怪し挙動をして見せた。

 とっさ、ウィルは引き金を絞った。灰色の煙が舞い上がり、一瞬ウィルの視界を霞める。

 ウィルの放った弾丸は二人の中間に落ち、二人は硬直してウィルの方を睨み、リタは何事かと背後を振り向いている。

 しばらく相手の方を見ていたリタであったが、しばらくして向きを戻すと、ウィルの方に駆け寄って来た。


「お前、やるじゃねーか!」


 馬車の荷台にひょいと飛び乗り、片膝を突く姿勢でライフルを構えていたウィルの背中を叩いた。


「全然だ、狙い通りにいかないもんだな」

「んなことあるかよ。大した腕だぜ。いや、眼が良いのか。ま、どっちにしろ、この距離からあいつの持ってたナイフを撃ち落とせるなんて、流石はエンジェル・アイのお墨付きってとこか?」


 リタは馬車の隅に転がっていた林檎を手に取ると、一かじりして馬車の荷台に腰をおろして足を宙ぶらんと揺らした。


「さ、行こうぜ」


 ウィルは、銃口を上げると、ライフルに結いつけている生革ローハイドの紐を肩に担いで立ち上がった。


「オレが狙ったのはナイフじゃなくてヤツの頭だよ」

「…………」


 リタは口の中の林檎を飲み込み、しばしウィルの顔を凝視した。


「んだよ、それ……ほめて損した」


 リタがしゃうっと音を立てて林檎をかじる。


「ってか、それならあいつら殺しときゃよかったぜ!」


 突然、後方に倒れ込み、逆さの表情で御者台で手綱を握るウィルの方にわめいた。


「てっきりお前があの二人を見逃してやってるもんとばかり思ってたから、アタシも見逃してやったんだぜー。あーもうサイアクじゃねーか。あいつら地の底まで追ってくるぜ。やってらんねーよ、ったく……」


 ウィルは肩を落として御者台に腰を下ろした。


「だろうな……」


 そう言って、四頭の馬を司る手綱を握り締め、勢いよく鞭を打った。

 馬は嘶き、駆け出すと、あっという間に加速して門を抜ける。

 背後にクーロンシティを縮小させながら、二人は再び砂塵舞う荒野に乗り出した。

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