1-5 そんな事より酒をくれ

 緑色のかぶり物をした数人の男たちが、その被り物を連結させて、後方の太鼓や笛の音に合わせてまるでひとつの生き物のように踊ってみせていた。

 音の高まりのか所で、突然かぶり物の先頭の口を模した部分から男が一人飛び出したかと思えば、手にした松明を口元にやり、火を吹きだしたのだ。

 おそらく、口に油か何かを含んでいて、それを吹き付けているのだろうが、いやそれにしても危険だし、ああやって綺麗にふけるようになるまで相当な練習を積んだに違いない。

 だが、普通に見ていれば、それが仕掛けのある大道芸にすぎないということくらいわかるのだが……。


「なあ! おい! 火を吹いたぞ! エルフか、エルフの魔術師なのか!?」


 リタは先ほどから目に入る全てが真新しいらしく、きらきらと瞳を輝かせ騒いでいる。


「なあ」

「やっぱ魔術師なのか?」

「いや、違うって。ありゃ唐人の大道芸の一つだ。魔術じゃない」

「なるほどな。あ!」


 次は屋台に出ていた唐の肉饅頭に興味が移ったらしい。駆けて屋台の方によるリタ。

 屋台の中を覗き込み、白く湯気を立てる饅頭をじろじろと見ていた。


「お姉さんお一ついかが?」


 恰幅の良い唐人の女性がリタに笹の葉でつつんだ肉饅頭を勧める。

 一瞬リタは頷きかけたようだが、振り向きウィルの方を見ると、首を横に振った。


「いや、いいんだ」

「二つくれ」


 見かねてウィルが後ろからそう言ってリタの後ろについた。


「4レントね」

「はい」


 ウィルはジャケットから小銭を出して手渡した。


「まいど」


 女性は笹の葉で包まれた肉饅頭をウィルに二つ渡す。


「どうも」


 そうして、その片方をリタに突き出した。


「ほれ」

「んだよ。別に欲しいなんて言ってねえぞ」

「晩飯だ。ほら、食えよ」


 そう言って突き出すと、さっと奪い取るように取るとウィルの方を見上げた。


「何だよ」

「アタシ、金持ってねえぞ」

「別に貸になんてしねえよ」


 それを聞いて安心したのか、笹の葉を取っ払ってそのへんに捨てると、白い饅頭を口いっぱいに頬張った。

 中に詰め込まれていた豚の肉汁があふれ出て、リタの頬を伝ってマフラーに染みを作っているが、そんなことは気にも留めずに、脂で艶やいている唇を緩ませ、「むふ」と鼻で笑った。


「んだこれ! うめえ!」

「口の中のもの飲み込んでから言え」


 そう言われ、すばやくリタは喉を鳴らす。


「お前も食えよ! これうめえって!」


 ウィルはにこにことそう言うリタに見つめられながら、饅頭を口に含んだ。

 それは確かに美味かった。まあ、よくある味ではあるのだが。


「美味いな、これ」

「だろ!」

「でも、よくあるだろ、こういう食べ物はさ」

「そうなのか?」

「町の屋台とかで売ってるぞ」

「知らねえな。アタシ、真っ当な町なんて行ったことねえし」


 ウィルははたと気づく。そりゃそうだろう。こいつはガキの頃から血と無法の世界で生きているんだ。

 真っ当なんてものを知るはずがないんだ。


「そうか。そうだよな……」


 ウィルは少しばかり虚しくなって視線を落とした。


「何がだよ」

「いや、ただ何となくそう思ったってだけだよ」

「それよりさ、向こうで剣を飲み込んでるやつがいたんだけどだ、あいつは魔術師だよな」


 ウィルは無邪気にパレードを指差すリタを見て、虚しさとは違う何かに気付く。

 変わらねえんだ。

 何にも。

 どこに生まれようが、どんなふうに生きて来たとか、そんなもんで見方を変えちゃだめなんだ。

 見えてるものが真実なんだよ、ウィル。

 ウィルは自分にそう言い聞かせ視線を上げて笑った。


「バーカ。あれも大道芸だよ」

「いや、でも剣はどこに消えてんだよ」

「喉だろ」

「切れるだろうが」

「切れないようにするのがみそなんじゃねえか」

「ああ、……酒飲みてえ」

「はあ?」

「だから酒が飲みたいつったんだよ」

「いやそうじゃねえよ。話の流れ的におかしいだろうが」

「いーじゃねえか。細かいことは気にすんなっての」


 そう言ってリタはウィルの手を取って走り出した。

 恐らく向かうは酒場サルーンだろう。


「第一、お前、金無いんだろうが」

「お前の金がある」

「無茶苦茶じゃねーか! そんなことに金は出せねえよ!」


 はたとリタは立ち止まり、ウィルの方をわりと真剣な表情で見据えた。


「明日、死ぬかもしれねえんだ。酒ぐらい出してくれよな」

「恰好つけてもダメ──」

「返事なんて聞いちゃねえよ!」


 再びとんでもない馬鹿力でウィルを引っ張り出したリタは、もうだれにも止められない。

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