1-4 コルトは得意、S&Wは少し苦手
町のはずれにこじんまりとした掘立小屋のような建物が小さくある。
そのわずかに斜になった屋根の中ほどにある煙突からはもくもくと黒煙が上がっているからして、おそらく鍛冶屋と見て間違いがないだろう。
リタはそれを確認するや、足早に小屋の方に向かった。
「おい、待てって」
後ろでそういうウィルの声は聞かず、小屋の戸口に立ったリタ。
早いとこ直してもらいたい。
そうして、腰にぶら下がった二丁拳銃用のホルスターの左側、つまり何もない空をそっとなでた。
やっぱ、こっちがねえと調子づかねえや。
リタは戸の上に張り付けられた看板を見る。
「こ……こーと?」
「コルトって読むんだよ、お譲さん」
追いついたウィルが後ろから説明を入れた。
「るせえ! 知ってるっての。つーか、別にこの看板読もうと思ったわけじゃねえし。こ、コートが欲しいかったからつぶやいただけだし」
「このクソ暑いのにか?」
「は? 暑くねえよ、こんなもん」
「まあ、確かに裸みたいな恰好してるもんな」
「裸じゃねーよ。暑いから短くしてるだけだってんだ!」
「暑いんじゃねーか」
「あ……べ、別に──」
「はいはい、分かったから行くぞ」
ウィルが戸を押して中に入ると、中からはぶわりと熱風が吹きあげ、二人は目を同時に細めた。
鍛冶屋といえばこんなもんだ。リタは特に気にするでもなく建物の中に足を踏み入れた。
「ボウルンさん。いますか?」
ウィルが暗闇に向かって叫んだ。
「あいよ。お客さんか?」
暗闇の奥で声が返って来た。
その優しそうな声に、リタは気難しタイプのドワーフじゃなくてよかったとひとまず胸をなでおろした。
ドワーフにはいろいろなタイプがいる。
普段──少なくとも監獄される前──リタが利用していた鍛冶屋のドワーフは、それはそれは腕がよかったが、それと反比例する形で性格に難があった。
つまり、客を選ぶ職人気質のドワーフだったわけだ。
多くのドワーフは自分の習得している流派以外の銃を嫌う傾向にある。それは、自分の流派を誇りに思っているからで、分からないでもないのだが、その流派ごとの固執が銃という武器を衰退させているという事にいまだ気付けていない──あるいは気づいていても治せない、治そうとしない、かだ。
その頑固さたるや相当なもので、自分の気にいらない客は散弾銃で追い返すし、金はバカみたいに取るしで、彼女はあまりドワーフという種族が好きじゃなかった。これには少なからず──本人は気づいていないが──同族嫌悪の様な部分がある事は言うまでもない。
そんなリタの心情は置いておき、腰を金槌で叩きながら奥の暗がりよりゆらりと出てきたのは、灰色のひげをたっぷり口元に蓄えた細身の老ドワーフであった。
「お若いお客とは珍しいのう」
そう言って「へっへっへ」と少ない歯を見せる形で笑って見せた。
「銃の修理を頼みたいんです」
「うちはコルトしか出来んよ……まあ、じっさい他の流派の銃も出来んことはないけれども、苦手での。特に
「爺さん、頼むぜ」
リタはボウルンの会話に割り込む形で無理やり言葉を突っ込み、脇に抱えていた布を差し出した。
「いやぁ、すまんすまん。最近お客もなくての、くればついつい喋りたくなるんじゃよ。年寄りの悪い癖じゃて。気にせんどくれ」
ボウルンは「へっへっ」と笑うと、黒ずんでところどころ──火の粉が原因であろうが──丸く焼けた穴のあるオーバーオールの腹のところのポケットから分厚いレンズの眼鏡を取り出し、曇ったガラスに唾を吐きつけると、太ももの部分で擦ってから顔にかけた。
それでも見にくいのだろう、目を細めながら、ボウルンはリタから受け取った布を無骨な指からは想像もできないほどそっと丁寧に開く。
ボウルンの細めていた眼が大きく見開かれ「おお」と声をあげてみせた。
リタは何故だかいつもこの瞬間が心地よくて好きなのであった。理由は簡単で、たんに優越感に浸れるからだ。
「こりゃまた、長生きはするもんだわい」
老人はリタの方を感慨深そうな灰色の瞳で見つめた。
「んだよ。若い女がご無沙汰だからってじろじろ見んなってーの。見せもんじゃねーんだぞっ」
そう言ってくねくねと揺れて見せるが、明らかに照れている様子だ。
リタはという女は、銃をほめられると、我が事のように嬉しくなり、大抵は照れる。
「……お前さん、ウルフの娘じゃな」
ウィルが一瞬びくりと反応した。
リタはそんなウィルを片手で制し、上体を乗り出して老人に近づいた。
「オヤジを知ってんのか?」
「ああ、昔助けられたことがあっての」
「……そっか」
そう言ったリタは先ほどまでの調子づいた照れの表情とは違い、どこか朗らかな表情で口元を緩めた。
「オヤジに、ね……」
「ありゃ、たいそうな男じゃったわ。もう、七年前にはなるかの。お前さんも見たぞ。仔馬に乗った赤毛の娘っ子が延々、ウルフについてまわっとったが、あれがそうじゃろう?」
「……たぶん。ってか、覚えてねえよ、そんな昔のこと」
とは言ったが、今でもリタは当時の事ははっきりと覚えていた。
北軍の占領軍に両親を殺されてから、南軍のウルフ率いる小隊に拾われて今に至るまでのことを、リタは一日たりとも忘れたことはない。
「んで、直せるのかよ」
ボウルンは「ふむ」とライトニングをぐるりと見まわし、頷いた。
「大丈夫。一日あれば直せるわい。あすの朝取りに来るといい」
「値段は?」
「恩返しと思えば、いらんわい」
「いいや、値段を言え」
リタはずいっと一歩前に足を踏み出した。
「オヤジは施しを受けるために人助けをしてたわけじゃねえんだよ。もちろん、アタシだってそうだ。だから、普通の客のように扱えっての」
ボウルンは静かにうなずいて返すと、
「8ガルでどうじゃ」
と、優しい口調で答えた。
「8ガルだな」
リタはウィルの方を見やる。
ウィルは頷いて、ポケットから紙幣を取り出し、ボウルンに渡した。
「よろしくお願いします」
「わかっとるわい」
「爺さん、頼むぜ」
リタはボウルンにウインクしてから鍛冶屋を後にした。
外に出ると、何やら本通りの方が騒がしい。
リタは本通りの方角に視線を向けた。
陽も暮れて宵闇が町を覆いかけているが、本通りの方は何やらオレンジ色に赤々と明かりが闇を押し返しているような状態だ。
「んだあれ」
隣で金をジャケットになおしていたウィルに尋ねると、ウィルも本通りの方に視線を向ける。
「ああ、今日は唐人たちの祭日かなんかなんだろ、パレードだと思うぜ」
パレードという事は、祭りという事か。
リタはどんなものか気にはなるが、今はそんなことしてる暇はないしで、表情を複雑なモノにしていた。
そんな苦難の表情を切り取ったエルフの遺跡の彫刻の様なリタを見たウィルは、面白かったのだろう。腹を抱えて笑いだした。
「な、なんだよ」
「いや、お前、行きたいなら行きたいって言えよ」
「い、行きたくはねえよ。んだよ、お前行きたいのか?」
「オレが? オレは……」
ウィルはしばらく何やら考えてから、リタの顔を二度ほど覗いては小さく含み気に笑い、「ああ」と浮つかせた返事を返した。
「是非とも行きたいね」
「な、ならしょうがねえな。行くぞ」
リタとしては我ながらうまくウィルを誘導できたと満足なのだが、事実はその逆で、そう思っているであろうリタを見てウィルは面白がっている様子だ。
ともあれ、二人は明かりの灯る本通りの方に歩みを進め出したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます