1-3 ウッドペッカー・ウィル

 クーロンシティの中央通りは活気にあふれていた。

 白い肌の人間はともかく、茶褐色のアーフィア人や少し色の濃い唐人がまばらに歩き、その間間には獣人やメキシコ人、先住民エルフも見て取れた。

 一見したところで通りには宿屋が三軒あり、ウィルはとりあえず三軒とも尋ねてみてから最も安いところを取ろうと決めていた。

 それから、鍛冶屋を探そう。

 コルトの流派を取得したボウルンというドワーフが営む鍛冶屋は町はずれにあるらしい。それは軍の連中から聞いた情報なので、確かだろうから問題はないのだが、目下ウィルが抱えている一番の問題は、町に着いてからというもの、リタの機嫌がすこぶる悪いということだ。

 砂漠ではあれだけ調子良さそうだったのだが、なぜこうなったのか。

 ウィルは考える。彼女の気持ちになってみろ。

 そうして、彼女の感じたであろうことを考え、思い当たったのは、監獄から解き放たれてすぐだったために心が浮かれていたので気持ちが良かったのだろうという推測だ。

 だから最初は機嫌が良かった。

 だとすりゃ、あのサンドワームの群を待った時に機嫌を損ねたのか? ガキじゃあるまいし……。

 そこまで考えて彼女の行動を脳裏で振り返ってみる。

 好きなものを与えられるとはしゃぎ、嫌いな人間には悪態をついて調子づく。

 ……いや、でもガキっぽいちゃそうだよな。だとすりゃ、砂漠での立ち往生が原因ってわけか、それしか考えられないな。

 ウィルは後ろを歩くリタの方に視線を向けた。


「んだよ」


 腕を組んでから素っ気ない態度で緑色の瞳がウィルに向けられた。

 ガキだ。

 不貞腐れたガキのそれだ。

 ウィルは無表情に頷いた。


「なんでもない」


 どうにかして機嫌を戻さないとな。

 ウィルは兎に角話しかけようと決めた。


「な、なあ。腹は減ってないか?」

「…………」


 リタはムスッとしたまま返事をよこさない。

 ウィルは痛む鼻を押さえてから悩ましげに眉をひそめた。

 どうしたもんかなぁ。

 内心、子供をあやす親の気持ちはこんなものなのだろうなと、とほほと嘆きうなだれる。

 と、そんなウィルの前に弁髪の唐人がひょっこりと現れた。

 紺色のだぼついた服は一見してだらしなく貧相に見えるが、その生地は艶めかしく潤っており、非常に高価な素材なのだと想起させる。


「お兄さん」


 如何にもなあやしい風体の男に、ウィルは眉根を寄せて警戒の表情を浮かべた。


「怪しい者じゃないアルよ」

「つま先からその脂ぎった毛先まで怪しさしかねえじゃねーか」


 そう言ったのはリタである。

 リタお得意の売り文句ではあったが、実際ウィルもこれに関してはリタと同意見であった。


「ああ、怪しい」


 同乗してウィルもそう発する。


「そんなことないネ」

「じゃあ何の用なんだ?」


 ウィルはにこやかな──お客用の──笑顔の唐人に尋ねた。


「お兄さんたち宿探してる思たネ。だから話しかけた」

「どうして話かけんだよ」


 リタは明らかに苛立った様子でウィルを押しのけて上体を前にやった。これ以上リタを苛立たせたら間違いなく次の行動は蹴るか殴るの二択だろう。

 ウィルはそうなる前にこの場を去りたかった──


「それは、ワタシが宿を経営してるからアル」


 この言葉を聞くまでは、であったが。


「いくら?」


 ウィルは爆発寸前のリタを尻目に、話に耳を貸すことにした。


「お兄さん方一部屋でいいネ?」

「いや、二部屋頼む」


 唐人は首をかしげて不思議そうな顔をした。


「お兄さん方、家族じゃないアルか?」

「違う。そんなんじゃない」


 しばらく唐人は何かを考えている様子で腕を組んで右に左に首をかしげていたが、はたと何か思いついたのか、ぽんと手を打って頷いた。


「なるほどかけ落ちというやつネ!」


 ウィルはその場でこけかけたが、リタはその言葉の意味を理解出来てないらしく、数秒前の唐人と同じように首をかしげてウィルのほうを見ていた。


「……違うって」

「なるほど、追われている身というわけネ。だから、二部屋とって一部屋をおとりに使うつもりであったアルか」

「いや──」


 何とかして唐人の暴走を止めようと試みるウィルではあったが、唐人の妄想はとどまることを知らないようで、大爆走を続ける。


「安心するアル。うちはそういう訳有りのお客さまもお泊りできるネ!」

「だから──」


 その時、ぽんとウィルの方をリタが叩いてウィルと唐人との間に歩みを進めた。


「いいんじゃねえか、ここでよ」

「奥様の言う通りアルね」

「誰が奥さんだ」


 リタはそう言って唐人を軽く小突いた。

 そのリタの否定を唐人のほうは、恥じらいからのものと受け取ったらしく、妄想をさらに確固たるものに替えている様子である。

 ウィルはもうこれ以上面倒を起こすのは疲れると、首を横に振った。


「で、いくらなんだ?」

「まあまあ、とにかく宿を見てからそういう話はするネ」


 まんまと唐人のセールストークに負けてしまったわけだが、まあ、構わないだろう。

 そう思っていた時、不意に、唐人がリタの顔を覗き込んだ。


「お姉さん、あなたもしかして──」


 ウィルは心臓が張り裂けんばかりにけたたましく躍動するのを感じた。

 そりゃそうだ。オレは何を考えてたんだ。彼女はあのウルフパック強盗団の首領だったんだぞ。

 ああ、なんてバカなんだ。

 どうして彼女を人目の多い通りなんかに連れだしてしまったんだ。バレない訳が無いじゃないか。

 ウィルはとっさにリタの手を引いた。


「女優さんか何かじゃないアルか?」

「は? んなわけねえじゃねーかよー」


 少し恥じらい交じりにリタは後頭部をかいて照れて見せた。


「……んで、なんだよ」


 リタは自分の手を握るウィルをにらんだ。


「あ、いや……」


 とっさに手を離すのはまずいと直感がそう告げる。

 手を握ったからには何か理由が必要なんだ。それを伝えれば、あるいは殴られずとも済むかもしれない。

 ウィルは当たりをぐるりと見まわし、ふと衣服を売る店を視界にとらえた。


「あのマフラーなんかお前に似合うんじゃないかなーって……」


 そうして、すっと手を引っ込める。

 あふれ出る手汗を茶色のパンツで拭い、何食わぬ顔で微笑んで見せる。

 リタは突然、そんなことを言われ戸惑っている様子であったが、ウィルが示したマフラーをしばらく見てから腕を組んで「まあ、いいんじゃねーか」と頷いた。

 その様子から察してまんざらでもない表情だ。

 ウィルはマフラーに付いていた値札に見えた二ガルをジャケットから取り出して、足早に通りの反対側に渡ると、赤いマフラーを店で買い、急ぎリタに渡した。


「よ、よし。行くぞ」

「いや~お熱いアルねー」


 妄想の世界に生きる唐人にはこれがお熱く映ったらしく、ほほえましそうに二人を眺めていた。

 リタはウィルの隣で、買ったばかりの紅いマフラーの端に垂れる小さな値札をちぎって捨てると、ぐるりと二回り首に巻いてみせる。

 それでも、彼女には少しばかり大きいらしく、マフラーは彼女の下唇の下あたりまで覆い隠していた。

 結果として顔を隠す役目も担ってくれるならオーライってとこだな。

 ウィルは安堵の溜息を漏らした。


「なに汗かいてんだよ」


 リタを見ていたウィルは突然そう言われ、額にあふれ出る脂汗を袖口で拭って「べ、別に」と言い訳をした。

 リタは「ふ~ん」と後頭部で手を組んで先を行く唐人について歩きだしたかと思うと、ふと踵を返し、ウィルのほうに向きなおった。


「ま、いいセンスしてんじゃんか」


 にこりと首元の赤いマフラーを摘まんでひらつかせ、ウインクをしてみせると可憐に踵を返してみせる。

 ウィルは一瞬だけとはいえ、高鳴った心臓をきっと疲れていたからだと自分に言い聞かせ、弁髪の唐人が経営するという宿屋に向かった。

 三人は表の通りをまっすぐに歩く。


「ありゃなんだ?」


 いつの間にか隣に並んでいたリタが真正面に見える明々とした不思議な建物を指差した。


「あれが『九龍閣』さ。この町を仕切ってる娼館だよ」

「なるほどなー」


 リタはきょろきょろとあちらこちらを興味ありげな瞳で見て回っている。

 しばらく歩くと、弁髪の男は町の角を曲がり、奥まった通りに進んだ。

 建物の隙間には歯を磨く痩せぎすの娼婦や、アヘン中毒の金鉱掘りがさながら墓場を徘徊するアンデッドよろしく、虚ろな瞳で壁に頭をもたげていたりなど、お世辞にもまともとは呼べない有様である。

 その通りを抜けると、少しはマシな通りに出た。

 通りは本通りほどの活気はないし、行き交う人々の身なりもボロ切れのようだが、それでもある程度栄えている印象である。

 一般市民向けって所か。

 ウィルは辺りの様子からそう察した。

 その通りの一角を弁髪の男が指差した。


「あれネ」


 二階建ての四角い建物は少しさびれているが、宿泊するにあたってこれと言って問題のあるような外観ではなかった。

 ある一点を除いて……。


「んだこれ! 娼館じゃねーか!」

「お泊りもできるネ」

「ネじゃねーよ!」


 いやまあ、んな事だろうと思ってたんだけどな。

 ウィルは騒ぎ立てるリタと弁髪の男を尻目に陽に焼けて茶色くなった前髪をなでた。


「誘うからには安いんだろう?」


 ウィルは冷静にそう尋ねた。


「ええ、まあおそらくこの町で宿を取るよりはここで休憩いただいた方が安上がりネ」


 ウィルは「なるほどな」と腕を組んで頷いた。

 クーロンシティは砂漠と荒れ地の境目の町である。

 この町を除けばむこう荒れ地と砂漠には町と呼べる代物はない。砂漠にあるのはそれこそ刑務所だけで、荒れ地にあるのはエルフの遺跡と彼らの保護区だ。

 故に、ここはオアシスのような位置づけの町。

 旅に必要な代物だけでなく、娯楽にも富んでいるわけで、酒場に娼館、賭博場と、娯楽施設はそれこそ腐るほど在る。

 しかしながら、娼館に関して言えば、町の中心にある九龍閣が市場を独占してしまっているような物なので、他の娼館はそのおこぼれにあずかっているような有様、儲けなんて出るわけがないのだ。

 だから、こうして他の儲け方を模索しているという訳なのだろう。

 正直、かなりマシな儲け方だ。

 貴重なお客を脅して金を毟り取るような悪辣な店だってあるらしいのだから、かなり文明的と言うべきか。

 ウィルは「いいさ」とリタの肩を叩いて弁髪の男とリタの間に割って入った。


「安いに越したことはないんだからさ」

「……ま、いいけどな」


 リタは少しむくれていたが、しぶしぶ頷いて了解をよこした。


「さあさ、宿の方へ」


 弁髪の男がいそいそと赤い暖簾をくぐる。

 二人もそれにつられて中に入るが、中は薄暗く、壁にかけられたほのかな明かりが暗がりにそっと添えるように灯るだけ。

 それに加えて妙に甘ったるい匂いが充満しており、少し煙たくもあるのでどうやら香を焚いている様子だ。


「部屋は二階の一番南側ネ。お風呂もついてるから使うとよろし」


 そう言って、鍵をウィルに渡す男。

 リタはそれを確認してからゆっくりと入り口正面にあった階段を登り始めた。


「ちょっと、お兄さん」


 男がウィルの手首を素早くつかんだ。

 反応できないほどの速さであったのでとっさに悲鳴を上げてしまいそうになったが、寸でのところで下唇を噛みしめるだけに至った。


「これはサービスだから、受け取るネ」


 男がウィルの手の中に何かを忍ばせた。


「なんだよ」


 ウィルは暗がりで手のひらを見つめると、そこには黒い小瓶がある。


「漢方ネ。これで、今夜もばっちり! 十月と十日後には赤ん坊を抱けるアル」


 そういう類か……。

 使うまい。そう決め込み、ジャケットのポケットに小瓶を落す。

 ウィルはいちおう親切でやってくれているのだろうから、礼を言うと、リタを追って二階に向かった。

 指示された部屋の内装はいたって普通。

 もちろんというか、やはりというか、ベッドは一つしかなく、無駄にスプリングが緩いようで座るとぎしりと大きく軋みを上げて、体を包み込むように凹んでくれる。

 つまり、ここに二人が横になって寝れば、確実に中央に凹むわけで、側面衝突は免れない。

 このベッドに寝れば否が応にも肌を接してしまう。


「オレは床で寝るよ」

「なんでだ?」


 リタは荷物を入り口の横に置いてあった棚の前で広げながら尋ねた。


「どうしてって……お前そりゃ結婚もしてない男女が同じベッドで寝るわけにもいかねえだろうがよ」


 リタはその回答にしばらく頭を悩ませている風であったが、結局わからなかったらしく、首を傾げて荷物から壊れたライトニングの片割れを取り出して布にくるんで大事そうに脇に抱えた。


「ま、なんでもいいんだが、アタシとしては、早いとこコイツの修理に行きてえんだけどよ」


 まだ時間は夕暮れ前、しばらく町をぶらつくだろうし、その間に何かいい案でも考えるとするか。

 ウィルはそう判断し、頷いた。


「そうだったな。じゃあ、行くか」


 その言葉を聞いたリタは腰に巻いたガンベルトの右側のホルスターに仕える方のライトニングを落とし、ホルスターの先で所在なさ気にぶらついていた二本の生皮ローハイドの細紐をぷっくりと肉づきの良い太ももを締め付けるようにむすんだ。

 いわば、戦闘準備と言うやつだろう。

 ウィルもまた、そんなリタに触発され腰のホルスターにさすS.A.A.の黒檀であしらわれた銃握にそっと触れる。

 銃身は5 1/2インチのアーティラリーレプリカ。早撃ちを考慮してのチョイスだ。

 救った相手よりも殺した数の方が多いとも言われるかの有名な早撃ちの名手Dr.ホリデイもこのアーティラリーであるからして幼いころから使うのであれば、アーティラリーだと決め込んでいたウィルなのである。

 当然、ドクにあやかって彼なりのカスタムをいくつか施してはいるが、そのどの機能も未だ陽の目を見る機会に乏しく、ほとんど宝の持ち腐れ状態と言っても過言では無い有り様だ。

 リタはウィルの腰の銃を見つめるや「ははーん」と嫌味な笑みを浮かべた。


「さてはお前、撃ったことねえな」

「な、無いわけないだろ。オレは軍人だぞ」

「隠しても無駄だってんだ。アタシくらいになるとそれくらい分かるんだよ、バーカ」

「射撃の腕は確かだ」

「そりゃ木製の的での話だろうが。動く人間を撃ったことはねえだろ?」


 これ以上隠してもどうにもならない、か。

 くだらない意地の張り合いで時間を食うのも馬鹿らしい。

 ウィルは堪忍してため息を落とした。


「…………そうだよ」


 馬鹿にされ嘲笑われるだろう。

 ウィルはそう思っていた。実際、監獄にいた頃はそうやって年上の兵士に馬鹿にされていた。

 あだ名はウッドペッカー・ウィル。キツツキのウィルって意味だ。

 射撃訓練では高得点を取ることから僻みも込めてそう虐められていた。

 そのため、彼女も笑うだろうと思っていたのだ。

 だが、彼女の反応はウィルの想像していたのと全くと言っていいほど違った。

 少し申し訳なさそうにウィルはしていたのだが、リタはきょとんとした表情で首を傾げた。


「んだよ。なんか問題でもあるのか?」

「いや……そりゃ、足手まといかもだしな」

「何がだよ。お前、これまでアタシの足引っ張ったか?」

「これからだよ」

「有り得ねえよ。アタシは道分かんねえんだ。お前が先行くしかねえだろ? そんなお前が、どうやったってアタシの後ろ足引っ張れるんだよ」

「だから、戦いになった時に、お前の邪魔するかもだろって言ってるんだよ」


 リタは「はん」と鼻で笑い、俯いていたウィルの脳天を指先で弾いた。


「アタシの経験から言わせてもらえれば、木の的を撃つ方が人間を撃つより難しいんだぜ?」


 ウィルはそっと視線を上げた。


「だいたい、木の的はどこ撃ったって死なねえだろ? けど、人間はどこ撃ったって死ぬもんなんだぜ?」


 リタはにこっと無邪気に笑い、「行くぞ」と部屋の入り口に向かった。

 しょ気てても仕方ねえか。

 たく、少しばっかりあの女に付いて行った盗賊の気持ちが分からなくもない気がした。

 なるほど、付いて行きたくなる女だよ。

 ウィルは少し、頬を緩め、リタの後を追った。

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