1-2 九龍街
クーロンシティにつくまでの間に、二人は一度足止めを食った。
砂塵の大河を横断するサンドワームの群に当たったのだ。
15メートルはあろうかという細長い巨体に、赤黒い肌が特徴的なこの広大な砂漠を住み所とする砂漠の家人。目も無く、鋭い牙が環状に並ぶ巨大な口を持つ凶悪な面構え、それがこのサンドワームだ。
肉食ではあるが、彼らが好んで食らうのは死んだ生物の肉。でかい図体からは想像もつかないだろうが、こいつらは腐肉食生物であり、繁殖期を除けば、いたって大人しい生き物だ。
そんな成虫のサンドワームの群れが、南を目指して砂漠を横断するのを小一時間真昼の炎天の下で二人は待ち呆けたのであった。
リタは何度もサンドワームなんていうものは見ていたし、繁殖期でもないので驚きもしなかったが、ウィルは大層たまげて、止めた馬車の御者台から転げ落ちたほどだ。
とはいえ、そこでの立往生は些か情緒不安定な女盗賊を苛立たせたことは間違いないのだが。
そんな道のりを経て、二人の乗った馬車は砂漠の果てにして、緑色のまばらに生い茂る荒れ地の入り口に在る東方の旅人達の開拓前線クーロンシティにたどり着いたのであった。
クーロンシティの外見は二人が見える範囲から言えば、そこはかとなくか細いという形容がしっくりした。それというのも、町の側を囲む策は細い木々を編んでこしらえて作られていたからだ。
町はでかいけれども、外面は薄っぺらい紙みてえな町だ。きっと陸ガメよろしく中身もすかすかだぜ。
リタはクーロンシティをバカにして見ていた。
基本的にこの女は、自分が知見しないモノは小馬鹿にしてからとっかかる節がある。
クーロンシティもその例外ではなかったわけだ。
「どうだ?」
ウィルは御者台から振り向き荷台で胡坐をかいて腕を組むリタのほうを見やった。
その顔は彼の発した言葉と連動した様子で、得意げで優越感をにじみだした顔である。
「お前この町の町長か?」
「は? そんなわけないだろ──ごッ」
リタのブーツがウィルの顔面をけり飛ばした。その威力は半ば抑えてあったが、それでもウィルの鼻から滝のごとく血を噴き出させるには十分に足る威力であることに間違いはない。
「じゃあ、そんな得意げな面見せてんじゃねえ!」
ウィルは鼻を押さえ、指の隙間からどろどろと鼻血を垂れ流しながらリタのほうをにらんだ。
「んだよ」
喧嘩なら受けてたつぜ色男殿?
リタは不敵な笑みを浮かべながら内心でそうつぶやいた。
けれども、そうした一連の流れがリタの思惑通りという事を察したのか、ウィルは何も言わずに視線を前にむけなおして手綱を握った。
そういう反応をされるのが、リタの様な他人からの注目を集めたいだけの女には一番辛い。ウィルの行動というものはその動作の割に、リタの精神に食い込むような鋭い蹴りを決めていたのである。
ウィルのように鼻血こそ出ないが、それと同等かそれ以上の苦痛のこもった溜息をリタは漏らして、自分の胡坐をかいた膝に頬杖をついてからふてくされた表情でクーロンシティの門を見つめるのであった。
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