第一章

1-1 二人の旅路

 ウィルにとって旅らしい旅と言えば、これが初めてといっても過言ではなかった。

 南からの風を全身に受けながら、無限にも思える程広大な荒野に四頭の馬の手綱を握り、幌馬車を進ませる。おまけに荷台には若くスタイルの良い女性までいる。言う事なしだ。

 もっとも、この女性ってのが少しは女性らしければの話ではあったが……。


「なあなあ、二百ガルだってよ! ほら見ろよ」


 リタは任務に当たって支給された二百ガルの入った財布を両手で持って荷台で投げては掴み、投げては掴みを繰り返してその確かな重みを楽しんでいた。


「あんまり雑に扱うなよ。結構多めに支給してくれたけど、決して多すぎるってほどでもないんだから」


 事実、宿代に食料代、それから銃弾や武器の類を買わなければならないと考えると余裕はそんなにないといったところだ。

 節約しなけりゃなぁ。

 ウィルはいろいろと何を買うべきか考え込んでいた。


「わーってるってんだよ」


 一方のリタはそわそわと落ち着きのない様子で、荷台の中の荷物を物色していた。

 その様子は藁のなかに頭を突っ込んではしゃいでいる犬のようだ。


「散らかすなよ」

「なー、アタシの銃はどこだよ」

「渡すわけねえだろうが」

「じゃあ、どうやってロナスの野郎をぶっ殺したらいいんだよ」

「その時になれば渡すさ」

「その時ってやっこさんの目の前でか?」

「バカ、そんなわけないだろ」

「だいたいな、銃には調子ってものがあるだろうが。アタシが捕まってた間に調子がおかしくなってるかもだろ?」

「……そりゃ、そうかもしれねえが。オレを撃つ可能性だってあるわけだろ? ダメだね」


 その時、ウィルの後頭部に何か固い物がこつんと当たった。


「何やってんだよ」


 気だるそうに振り向いた視線の先にはウィルのイエローボーイの銃口が挨拶しているではないか。

 もちろん、それを持っているのはリタだ。

 どうにも、荷台の側面に隠していたのを見つけたらしい。

 ウィルはもう駄目だと、名も知れぬ荒野に十七年間をともにした脳味噌をぶちまける覚悟を決めて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 彼女のほっそりとした指先が引き金を引き絞る。

 そして──

 ウィルの脳味噌はバラバラに散って良くて荒野の土となり、悪くて──こちらのほうが高確率だが──前を走る馬の尻に付着する……はずだった。


「ばーん」


 リタは愉快にそう言ってにこりと笑い、ひょいっと銃握から手を離すと銃身を握ってウィルに手渡した。


「これで、信じてくれるか?」


 ウィルは何も返せず、手渡されたライフルを握った。

 殺そうと思えば殺せた。

 逃げるならば逃げれらたのだ。それなのに、この女は冗談で済ませてへらへらと笑っている。

 こちらを油断させるためか?

 ウィルは考えてみたが、何のためにこちらを油断させる必要がある? 油断しきっていた背中に銃を向けていたんだぞ。

 殺す気ならばそれ以上都合の良い状況が考え付かない。

 では、生かしておかなければならない理由があるか?

 それも特に考えられない。

 ああ、だとすればこの女は自称する通り伝説の義賊ウルフ・サンチョの精神を受け継いでるってのか。

 義理人情に富んだ盗賊だとでも?

 ウィルは首を振った。

 いずれにせよ、自分の負けだ。

 なによりも、この女の笑顔に負ける。

 ふつう、自分を監視しているやつに銃を突きつけといて、その相手に銃を渡すか?

 まったく、お人よしもいいとこだぞ。

 そんなだから手下に裏切られちまうんだよ。

 ウィルは自分のベルトに吊るしていた革袋を結び付ける生革ローハイドの細紐をほどいて革袋をリタに渡した。


「お前の銃だよ」


 リタは「待ってました」と子供のように無邪気な笑顔でそれを手に取ると、二丁の拳銃リボルバーを取り出した。

 銀色の銃身に、白檀の銃握にはそれぞれハートとダイアをあしらったエースの紋様が刻まれている。

 ウィルはその形状を見て、一瞬ピースメイカー──コルトのS.A.A.シングル・アクション・アーミー──かと思ったが、よく見れば銃握グリップ引き金トリガーが違う事に気づく。

 ピースメイカーはその名にもある通りシングルアクションだ。ゆえに、引き金のストロークは極めて短く、トリガーガードの端に張り付かんと言わんばかりに接しているのだが、彼女の銃は引き金がトリガーガードの中ほどにあるのだ。それが何を意味するかと言えば……。


「ダブルアクションなのか!?」

「そう。コルトの38口径『ライトニング』だぜ」


 リタは「ふふん」と得意げに言った。

 そりゃ得意にもなる。コルトのダブルアクションである『ライトニング』と言えば、かつて先住民エルフたちが栄えていた時代の産物であり、人間には複製レプリカ不可能と言われている銃器の一つだ。

 今のご時世にこれを作ることができるドワーフの数は片手の指で数えられるほどだろうし、無駄に複雑に作られた代物なだけあって、好き好んで作る輩もいない。

 つまり、現存しているライトニングは正真正銘、先史時代の純正品オリジナルなのだ。


「お前のなのか?」

「知らねえのか、アタシの二つ名」

「何だって言うんだよ」

「聞きたきゃ聞かせてやる。アタシは────」


 ふと、得意げであったリタの顔が曇った。


「どうした」

「あのクソビッチ……」


 毒々しく呟いて、リタは二丁あるうちの一丁をウィルに見せた。

 その銃の弾倉には斜めにへばりつく鉛玉があり、わずかに弾倉を凹ませていた。


「これは?」

銀髪シルヴェリィの仕業だよ」

「シルヴェリィって、あの賞金稼ぎの?」


 シルヴェリィとは凄腕の女賞金稼ぎの通称だ。

 誰も名前は知らないらしく、『名無しの銀髪シルヴェリィ・ジェーン』や彼女の銃握の銀の薔薇にあやかって『シルバーローズ』、また、無法者の界隈では狙われたら最期、命はないと言われており、『ペイル』と呼ばれていたりする。

 つまり、彼女はその『死』から狙われ、命を保っているという訳で、ウィルを驚かせている次第だ。


「聞いてねえのか? アタシを捕まえたのはあの女だぜ?」

「そりゃ聞いてるよ。オレが聞きたいのは、どうしたって彼女がお前の銃に弾丸を撃ち込まなきゃならないのかって話だ。彼女の腕なら銃じゃなくてお前を殺すことだってできただろう?」

「アタシがお尋ねものだったからだよ。メキシコで革命軍に武器の横流しやらなんやらやってたせいで、いろいろ聞きたかったんだろうよ、生け取りのほうが値打ちが高くてさ」

「ああ。なるほど」

「あの時アタシはランドウェイ荒野に捨てられてたんだ。水なんてねえし、体中痛むしで死にかけてた。んで、そこにシルヴェリィ様のお通りだ。アタシは何とか抵抗しようと銃を抜いたんだけど、先にヤツに銃を弾かれちまってよ……あーあ、元気がありゃあんな奴に負けなかったのによー」


 リタは鉛玉を指先で削ろうとするが、めり込んでいてびくともしない。

 それにしても、とウィルは思う。ドワーフが造ったオリジナルのライトニングを凹ませるとは、シルヴェリィはいったいどんな弾を使っているのやら。並の弾丸じゃこうはならない。

 そんな事を分析しながら、兎にも角にも、現状どうしようもないとウィルは判断する。


「鍛冶屋に行かなきゃな、オレたちじゃ直せない」


 ウィルは手綱を握りなおしてそう言った。


「町に行くのか?」

「ああ。その銃じゃ、それこそロナスの野郎を殺せないだろう?」


 彼女はお前に言われなくても分かってたぜ、と言わんばかりの声色で「んなこた分かってんだよ」と、強めに発した。


「ここからだと……クーロンシティが一番近いか」


 ウィルはその彼女の強がりを無視して言葉を繋ぐ。


「クーロン? どこだそれ」

「唐人たちが作った町だよ。行ったことないのか?」

「ねえよ」

「じゃあ、どの道寄る予定だったし、行くとするか」


 リタは後ろで大きく溜め息をついた。

 結局、彼にリードされる形で会話が終わったのが少し腹立たしかったのだろう。

 ウィルはその少しの優越感に頬を緩めると風を切って馬車を進めた。

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