P-3 謀笑
部屋を出て行く二人をニコニコと手を振りながら送り出すエンジェル・アイ。
暫く笑っていた彼女であったが、廊下から二人の足音が消えたのを皮切りに、表情を消した。例えるならば、蝋燭の火を消した途端に部屋に暗闇が訪れるというのに近い変わり様であった。
それから、部屋に残った壮年の兵士を無言で手招く。
「な、なんでしょうか?」
唐突な変わり様に何か空気の変化を感じたのか、壮年の兵士の声は震えていた。
「お願いがあります」
「はい」
彼女はそっと両手の指の腹を眼前で合わせて、指先越しに青い瞳で兵士の方を見やった。
「ウィル・ウェイン・ウィンターフィールドがこの監獄にいたというこん跡を全て消しなさい」
「は……その、どういうことで?」
「見ていなかったのかしら? 彼は、死刑囚マルゲリタを連れてこの監獄から逃亡したのよ?」
「一体何を言って……」
エンジェル・アイは両の瞳を戸惑う兵士に向けた。それは有無を言わさぬ死神の瞳。抗議の言葉を紡ぎかけた兵士の喉を締め上げるかのごとく、威圧に満ちたものだ。
兵士はごくりと喉を鳴らし、生唾を飲み込んだ。
「彼は、軍人でありながら死刑囚の私的復讐に肩入れし、脱獄を手配した。そうでしょう?」
「…………」
「耳が悪いの? それとも、上官からの質疑に応じないというのかしら?」
兵士の額には大粒の脂汗が浮かび上がり、苦しそうに息を吐き出す。
「…………は、はい」
やっと吐き出した答えは、彼の真に答えようとした声ではない。
けれども、言葉はそれしか許されなかった。
彼女の瞳の前では、そうすることが唯一の方法だと考えられたのだ。
「よろしくてよ。さあ、もう下がってけっこうですわ~」
何事も無かったかのようににこやかな表情でそう言う彼女が一層恐ろしく見え、兵士は急ぎ部屋を飛び出た。
荒ぶる両肩を抑えるように大きく息をつき、額の汗を袖口で拭った。
ああ答えるしかなかった。
それ以外の道はなかったのだ。
自分に必死でそう言い聞かせ、兵士は廊下を虚ろな心持で彷徨い始めたのであった。
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